「私立探偵 濱マイク」が配信開始されたので何か言いたい〜2002年7月2日、あの日、おれたちは全員がマイクだった〜
2002年7月2日の昼頃。あなたは何をしていただろうか?私は服飾専門学校の喫煙室でラッキーストライクを吸っていた。
この日の東京は曇り空で、最高気温は27.2度、最低気温は22.6度だった。つまり結構暑かった。にもかかわらず、室内はクールグリースで髪を流し、ディオールのヴィンテージサングラス、レザーのロングコートを羽織り、ウルフズヘッドのスタッズベルトは高いので原宿で買ったパチもんを代用し、ジョージ・コックスやロボットのラバーソウルを履いた人々で満載されていた。「お前もか、お前もか」と彼らを半笑いで眺めていた己の足元にもジョージ・コックスの3705が装備されていたのは言うまでもない。
服飾専門学校の喫煙室に、同じような格好をした人が次々と入室してくる。なぜこのような現象が起こったのか。
それは昨夜、「私立探偵濱マイク」の1話が放送されたからである。
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「私立探偵 濱マイク」
2002年に放映されたテレビドラマ「私立探偵 濱マイク」は、以前に公開された映画3部作に続くドラマ化で、1話ごとに異なる監督を起用していた。行定勲に青山真治、石井聰亙(現石井岳龍)に中島哲也、さらにはアレックス・コックスまで召喚し、濱マイクマナーに忠実に則ったものから、監督の名前が画面に刻印されているような作品まで、全12話が公開された。
「傷だらけの天使」や「探偵物語」の正統後継者のような顔をしつつも、ペントハウスに住む探偵、あるいはトラブルシューターのスタイルが見事にアップデートされており、そのスタイルを纏うのは永瀬正敏なもんだから、これを観た20歳くらいの人間がどうなるか。真似するに決まっている。翌日にジェネリック濱マイクになってしまう人を量産してしまうのは仕方がない。
主題歌を手掛けるEGO-WRAPPIN'もまた、井上堯之、SHOGUNよろしく「傑作ドラマの名テーマ曲」を余裕綽々で提供している。オープニング映像もまた往年の探偵ドラマを現代的に更新したようなノリで、「よっしゃこの生活感でいこう」と翌日から部屋を土足にしてしまい、敷金が変換されなくなってしまった人を量産してしまうのも、また仕方のないことだった。
自分の周りの体感的な視聴率は160%くらいあったのだが、実際の平均視聴率は6.9%だった。午後10時台の番組としては高くない。だがこれは、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの売上みたいなもので、視聴率に対しての認知度はかなり高かったのではと見積もる。局所的ではあるものの、第1話はかなりの人に影響を与えたはずだ。
そんな「私立探偵 濱マイク」が、ついに配信されたとなれば
どうなるのか。己の中の封印されし中二病もといマイクが覚醒するに決まっている。観た翌日から再びジェネリック濱マイクと化し、このクソ暑いなかレザーのロングコートを羽織ってしまった場合、20歳ならまだしも40の中年がそれをやったら周囲から狂人扱いされてしまうのではないか。とか考えていたのだが、見直してみるとそうでもなかった。誤解があるといけないので補足するが、とても楽しく鑑賞した。
ただ最初の衝撃から20年経った今、私も随分と摩耗し、性格が悪くなり、ひねくれ、少しずつ身体にガタが来ている。そのような状態で観ると、もうなんというか「うらやましさ」しか出てこない。そう、2022年に観る「私立探偵 濱マイク」は、めちゃくちゃにうらやましいのだ。
2002年、東京は渋谷のスクランブル交差点は今よりもずっと汚くて、路上喫煙もできた。センター街では当時合法だったマジックマッシュルーム(※現在は違法)を売る屋台があって、怪しげな外国人は昔も今も違法な物を売っていた。
原宿まで足を運べば、今はなきGAP前にはあらゆる雑誌のスナップ、カットモデルを探す美容師、定点観測をする専門学生、そして「この場所に存在することがお洒落」だと思っている人々で溢れんばかりだった。
マイクの本拠地である黄金町だって、現在に比べて遥かに治安が悪かった。「風俗拡大防止協議会」が結成されて、黄金町の浄化が始まったのはちょうど2002年。2009年には風俗店に対する大規模摘発が行われ、それほど間をおかずに全店が閉店した。
当時は渋谷も横浜も、今より活気があり、雑多で、猥雑で、なんつうか、「危なさ」という色気があった。
だが2022年の今、街を歩いてみれば、どこにも色気など存在しない。だが、画面に映る「私立探偵 濱マイク」には、当時の色気がしっかりと刻まれている。ここがうらやましい。
「ああ、懐かしいな」とか「昔はよかった」という単純な話ではない。なんというか今よりも少しだけ自由で、みんな馬鹿だったと思う。mixiもTwitterもInstagramもなく、マッチングアプリもない。スタービーチはあった。
スタビはさておき、スマホすらもないあの頃は、たとえ日経平均株価が9,000円を割り込んでいたとしても、ある意味で景気が良かった。未だ実験する余力があったと言い換えてもいいし、無意味なものを楽しむ余白があったと言ってもいい。
「今じゃ作れない」という言葉は死んでも使いたくないのだが「私立探偵 濱マイク」は明らかに今では作れないし、作られようともしないだろう。念のために書くが、今のドラマが良いとか悪いとか言ってるんじゃない。だけど、今のドラマには、果たして20年の耐用年数があるだろうか。
20年経った「私立探偵 濱マイク」は相変わらず面白く、実験的であり、時代の風雪に耐えて、今なお新鮮な魅力を放っている。
2002年の夏、おれたちは全員がマイクだった。あの日の喫煙室は、額に入れて飾っておきたい黒歴史だ。すっかり中年に変化した私たちは振り返ることしかできない。だが、配信で初めて観た10代や20代前半の若者は、かつての私たちと同じように少なからずマイクと化しているはずだ。とにかく若い人にも観て欲しいし。観られる価値のあるドラマなのは保証する。「今だからこそ観られるべき」ドラマではないし、今の社会を抉るようなメッセージなど何ひとつない。けれど、優れた映像作品が持つ耐用年数と普遍性がある。
最後に、ここ数年の鬱屈とした、陰険な世界のなかで、2022年のジェネリック濱マイクたちが無茶苦茶やってくれることを祈る。君たちは、あるいは年をとってしまった私たちは、自らが思っているより自由で、「私立探偵 濱マイク」はそれを描いている。
(文:加藤広大)
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