『零落』圧倒的な“孤独”の中で“色気”を放つ斎藤工という稀有な存在
胃の調子が悪い。
浅野いにお原作、竹中直人監督の『零落』を観たせいだと思われる。創作に携わる人間の奥底でぐるぐると攪拌された“業”のようなものを、延々と見せつけられた。
胃がきゅーっとなった。
心臓を直接鷲掴みにされた気もした。
“業”を背負った創作者を演じるのは、斎藤工だ。
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深澤薫=斎藤工
深澤薫(斎藤工)は漫画家。長期連載作『さよならサンセット』終了後、次回作の構想がうまくいかなかったり、それで妻(MEGUMI、漫画編集者)に八つ当たりして離婚を切り出したり、エゴサーチに腹を立ててパソコンを叩きつけて壊したり、とにかく諸々こじらせためんどくさい人物である。
暗い。声が小さい。猫背。頭ボサボサ。無精ひげ。野暮ったい服装。風俗好き。そして、風俗嬢に本気になる。
これだけ読むと、なんか気持ち悪い人物だと思うだろう。いや、かっこいいのだ。それが斎藤工の斎藤工たる由縁である。
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過去の竹中直人監督作では、監督自ら主演というパターンが多かった。だが今作は、斎藤工主演で大正解だ。
近作『シン・ウルトラマン』(2022)でもそうだったが、一般社会に馴染めない“異形の者”がよく似合う。そういえば『麻雀放浪記2020』(2019)では、戦後すぐに活躍した雀士“坊や哲”が、2020年にタイムスリップしたお話だった。
そして斎藤工は、その世間からの“浮き具合”が色気に繋がるという稀有な存在だ。
石井隆への鎮魂歌
▶︎『零落』画像を全て見る筆者が、明るくもなく、ハッピーでもなく、明日への活力にもならないこの作品に大きく心を揺さぶられたのには、ちゃんと理由がある。
2022年5月22日、石井隆監督が亡くなった。
竹中直人は、石井隆の盟友的な存在だった。
石井隆の初監督作である、ロマンポルノ『天使のはらわた 赤い眩暈』(1988)の主演は竹中直人。同作の続編のような、パラレルワールドのような、ブラッシュアップ作のような一般作『ヌードの夜』(1993)の主演も、竹中直人。堕ちていく男女の物語ばかり撮る石井隆に、「今度は男しか出てこない映画が観たいな~……」と囁いて、あの名作『GONIN』(1995)を撮らせたのも竹中直人である。
その竹中直人の監督最新作である『零落』には、石井隆へのオマージュが散りばめられていた。
独特なタテ書きの書き文字でオープニング・タイトルが浮かび上がった瞬間に、筆者は「石井隆だ……」と思って感極まった。
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そして、雨の夜、ネオン、ラブホテル。極めつけは、濡れ場のワンシーンだ。
薫が妻とセックスする際に、あることがきっかけで嘆き悲しむ(詳しくは書かない)。その際のセリフも、咆哮の上げ方も、涙の流し方も、『天使のはらわた 赤い眩暈』でのワンシーンをそのまま再現していたのである。その瞬間、あろうことか、斎藤工と竹中直人がオーバーラップした。
「あっ、このシーン『天使のはらわた』と一緒!」と気づいた人が、日本中に何人いるだろうか。気づいたあなたは、自慢していい。共感してくれる人は極めて少ないと思うが。
ただ筆者は、この発見を公共の記事に書けて、大変幸せである。
『ソラニン』と『サヨナラCOLOR』と『零落』
▶︎『零落』画像を全て見るこの作品の原作者、浅野いにおには『ソラニン』という名作がある。
この作品の監督、竹中直人には『サヨナラCOLOR』(2005)という名作がある。筆者の大好物であるこの2作には、共通点がある。
どちらも、主役、もしくは準主役が死んでしまう。どちらも、死んでしまうのは恋人同士の男性側である。そしてどちらも、(いろいろあった末に)立ち直った女性は強く生きていく。
どちらの作品も、重要人物が死ぬにも関わらず、読了後・鑑賞後の気持ちは爽やかである。人間の“強さ”が描かれているからだ。
それに比べて、この『零落』の後味の悪さはどうだ。誰も死なないのに。
この作品で描かれているのは、圧倒的な“孤独”である。創作者、とりわけ“天才”に属するような人間は、恐ろしいほどに孤独だ。
筆者は凡人で良かったと、心から思う。
創作者にはゴールがなく、「ヒット作を描いたから優勝!」ではない。なまじ一度ヒットを出してしまったら、今度は「永遠にヒット作を生み出さねばならない」という呪縛に囚われる。それが途切れると、ネットで「終わった漫画家」などと揶揄され、薫のようにパソコンを叩き壊す羽目になる。
一度ハマってしまうと二度と抜け出せない…いわば無限地獄だ。
そして、誰も無限地獄を並走してはくれない。妻も、編集者も、アシスタントも、里帰りにまでついていくほどに入れ込みすぎた風俗嬢も、みんな自分の元を去ってしまった……。
「もしかしたら自分の作品の本質をわかってくれているのではないか……」と密かに思っていた、Twitterの向こうの女性。その女性にサイン会で初めて会った時、結局なにもわかってくれていなかったことがわかる。そのシーンでの主人公の涙が、絶望的に悲しい。
実は主人公が無限地獄に墜ちる未来は、新人漫画家時代にすでに予言されている。当時の彼女によって。
「あなたが漫画を描き続ける限り、あなたが漫画家の夢を諦めない限り、あなたは誰かを傷つける。死ぬまでひとりぼっち」
「……先輩。あなたは、化け物なんです」
浅野いにおと竹中直人の暗黒面をまじまじと見せつけられた。絶望の、底の底のさらに底に叩きつけられる。でも、実はそれがクセになる。
一度ぐらい、底の底のさらに底まで、堕ちてみることを勧める。
あとは、昇るだけだ。
(文:ハシマトシヒロ)
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