「らんまん」妾候補の寿恵子が本妻に話しかけてひりひり<第50回>
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2023年4月3日より放送スタートしたNHK連続テレビ小説「らんまん」。
「日本の植物学の父」と呼ばれる高知県出身の植物学者・牧野富太郎の人生をモデルにオリジナルストーリーで描く本作。激動の時代の中、植物を愛して夢に突き進む主人公・槙野万太郎を神木隆之介、その妻・寿恵子を浜辺美波が演じる。
ライター・木俣冬が送る「続・朝ドライフ」。今回は、第50回を紐解いていく。
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生きてるもののことわり
印刷の歴史を通して、時代というものを考える、とーっても深い回でした。万太郎(神木隆之介)に石版印刷のやり方を見せてくれることになった職人・岩下(河井克夫)。
万太郎がお金を払って勉強に来ていると知ったから、頑なな心を解いたのかもしれません。そこは合理的な考えなのかも。もちろん万太郎が善人であることはわかったうえですが。万太郎が岩下と同じ職人の、徒弟制度のレールに乗っていない、よそ者だから親切という感覚は、観光地と同じような感覚ではないでしょうか。
観光地は観光客には割り切っていてやさしいですが、いざその地に住もうとした人に対してはそうでもありません。
閑話休題。
岩下はかの国芳に褒められた猫の絵を描いて、試しに刷って見せます。
河井克夫さんは漫画家ですから、絵を描く姿が様になっています。風格があります。
石版印刷がどういうものかがここで説明されました。これがのちのオフセット印刷という現在の主流の印刷のもとになっているようです。
万太郎が自分の絵を自分で印刷したいと考えていることについて、
「あたしらに消えろということだな」と岩下は言い出します。
「あたしもこの手でかつてのあたしらを殺してる」
(岩下)
この重要なセリフがアヴァンにあることに注目したい。
こんな重いセリフをアヴァンで…というところに作者の本気を見ます。
朝ドラのルーティンで書いてない。書かなきゃいけないことに突き動かされて書いているように感じます。
岩下のセリフの真意は、技術革新によって、過去の技術に携わっていた者が必要なくなることを物語っています。
かつては錦絵を印刷するために大人数でやっていたが、石版印刷によって大人数は必要ではなくなった。岩下自身、石版印刷の第一人者になったため、ひとり生き残ったわけです。そのことに彼も苦しんでいるのかもしれません。
絵師や版元の名は残るが、携わった人たちの名前は残らない。
それは、映画やドラマの主演や監督や脚本家の名前は残るが、たくさんのスタッフの名前は顧みられないことと同じかも。でもクレジットは残る。だからクレジットにたくさんの人の名前が出るのでしょう。でもそのクレジットに載らなかった人もいたりするんですよね。
そういう人の悲しみが岩下のセリフにはあります。
ところが、万太郎は、彼らは決して消えないと考えます。
「新たな場所に根付いて そして芽吹いていくのじゃと思います」
(万太郎)
命が枯れても再び生まれてくる、”生きてるもののことわり”を語る万太郎。植物を観察し続けてきたことで、世界の道理を理解しているのです。すばらしいセリフを全部引用するのはもったいなさ過ぎて、ここには記しません。
大畑(奥田瑛二)も、印刷は「一番新しい時代の切っ先。その静かな指先から皆の度肝を抜くもんを生み出しているんだ」とやや歌舞伎調のセリフで希望を語ります。ここはあまりにかっこ良すぎたので引用させていただきます。
印刷はその後、ジャーナリズムとして力を発揮します。でも、今はもう印刷もウェブにとってかわられてしまいましたけれど。
万太郎の絵は、うまくはなく、ありのままを描いたものだと理解する岩下。絵を描く者として、万太郎の絵の本質をすぐ感じ取るのです。例えば、国芳の絵は、猫や金魚が擬人化されていて、想像力が豊かです。実際はこんなふうじゃないけどこうだったらおもしろいという自由な発想で生き生きしていますが、万太郎の絵は、見えたままを実直に描いている。おもしろさはないけれど、そこに意味があります。
その頃、寿恵子(浜辺美波)はダンスが上達し、馬車で送ってもらっています。歩行人を蹴散らしてやけに速く道を走る馬車に、「もうすこしゆっくり走れませんか」と訊ねる寿恵子。これが時代が急速に進んでいっていることの現れのように見えます。
寿恵子は、高藤(伊礼彼方)の妻・弥江(梅舟惟永)に高藤とダンスを踊る相手は「奥様のほうが」などと話しかけます。当然、奥様はむっとします。寿恵子は男女の色恋に関して鈍いんでしょう。
不倫ドラマ「あなたがしてくれなくても」の挿入歌「ダンスはうまく踊れない」を思い出してしまいました。
奥様に話しかけた寿恵子は「世が世なら」と注意されます。価値観がどんどん変わって混沌としている時代なのです。
(文:木俣冬)
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