映画ビジネスコラム

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2023年08月06日

長期化するハリウッドのストライキ、勝者は結局Netflixなのか?

長期化するハリウッドのストライキ、勝者は結局Netflixなのか?


5月2日から始まったハリウッドの脚本家組合(WGA)によるストライキが始まってすでに3ヶ月が経過しました。7月12日には、俳優の組合であるSAG-AFTRAもこのストライキに加わり、63年ぶりのダブルストライキへと発展。これによって、アメリカ映画産業では大部分の新作制作がストップすることとなりました。

スト決行の動機の一つとなっているのは、筆者も以前書いた通り、Netflixに代表される配信作品の増加により二次使用料が減少したことです。配信という新たな事業モデルに対して、現行の契約体系が合っていないことから生じる軋轢があるわけです。

この渦中ともいえるNetflixは今、さぞ大変なのだろうと思えますが、案外そんなことはなさそうです。ダブルストが開始されたその数日後、Netflixの株価は今年一番の高値をつけ、一部のアナリストからはストはNetflixの追い風になるという予測さえ出ていました。

株価が伸びた最大の要因は、広告モデルやパスワード共有禁止措置などの効果による会員数の増加ですが、ストによって製作費の出費が抑えられたことも遠因のという分析のようです。

しかし、ストがNetflixをかえって利することになるかもしれない要素は確かにあると思われます。

【関連記事】ハリウッド脚本家のストライキで米映画業界はどうなる?諸外国にとってはチャンスの面も

ストはNetflixを強くし、他のスタジオを弱くする?

普通に考えて業界で大規模なストライキが起きれば、投資家は業界の企業にとってマイナス要因になると考えることが多いと思いますが、Netflixのストの影響についてアナリストは、このストの期間中、Netflixは15億ドルの節約が見込めると分析しています。

ストによって米国で作品が作れなくても、Netflixのコンテンツ供給は止まることはありません。今年の4月、スト開始直前に同社CEOテッド・サランドス氏は、投資家に対して「我々は世界中からコンテンツを供給できるので、他の会社よりも影響が少ないだろう」と語っていたそうです。

これは確かにその通りで、その象徴が韓国への投資でしょう。ちょうどストが始まる直前の4月、同社は韓国のテレビドラマや映画製作などに今後4年間で25億ドルを投資すると発表していました。今から考えると絶妙なタイミングの発表です。

CNBCは、自動車産業に例えるアナリストの言葉を紹介しています。「国内での製造に問題が起きれば、国際メーカーの自動車がそれに取って代わる」ことと同じようなものだというのです。

確かに他のハリウッドメジャーはアメリカを中心に製作してきましたから、Netflixのようにいかない可能性があります。元パラマウント・ピクチャーズCEO、バリー・ディラー氏はストの長期化はハリウッドの「絶対的な崩壊を招きかねない」と危機感を表明しています。

この危機感は、コロナ禍のダメージから映画産業が完全に回復しきっていないことにも要因があります。アメリカの劇場の売上がまだコロナ前の水準に戻ってきておらず、さらにハリウッド各社はコロナの最中にストリーミングへの投資を増やしましたが、どこも赤字状態で戦略の見直しを迫られている段階です。テレビ局も、日々の番組を収録できずに再放送などで対応せざるを得ないことが多く、これも配信企業の競争力を高めることに繋がってしまっている状態です。

映画・テレビ・配信とストを起こされている側にも、影響には格差があり、一番の原因になっている配信が最も影響が少ないという皮肉な状態になっています。

ハリウッドのストで困るのはアメリカ映画産業だけではありません。例えばイギリス映画界も大きな打撃に見舞われます。イギリスで制作されるアメリカの作品はかなり多く、2022年にはアメリカのスタジオに支援される同国のプロジェクトは13億6000万ドルもあり、イギリス映画産業の従業員86000人ほどがストの影響を受けていると言われています

しかし、イギリスにとってはチャンスの面もあるという指摘もあります。アメリカで制作ができない中、HBOの「ハウス・オブ・ザ・ドラゴン」シーズン2の撮影は続行されるという報道がありましたが、この作品はキャストがイギリスの俳優で構成されているからアメリカの組合の影響を受けないのです。

ということはアメリカではなく拠点をイギリスに移して同国の俳優を使えば作品は作れるので、このチャンスにより多くのプロジェクトをアメリカから呼び込めると考えている人もいるようです。

組合外のインフルエンサーにも影響が?

さらには、このストライキがエンタメ産業全体を変化させるのではという指摘も出ています。ワシントン・ポストでは、映画業界の製作停止を受けてSNSのインフルエンサー文化が大きく伸びる可能性を指摘しています。

同紙は、15年前の脚本家の大規模ストライキが、台本を必要としないリアリティショーの発展を促したと指摘。元映画プロデューサーのデイヴィッド・クレイグ氏の「ストによる製作中止が数ヶ月に及べば、スタジオはインフルエンサーのコンテンツで作品リリース予定を埋めようとするだろう」という言葉を紹介し、今回のストで新たなスターたちの台頭があり得ると語っています。

現在、SAG-AFTRAに所属する俳優たちは作品の撮影に参加できないだけでなく、プロモーション活動にも加わることができません。プロモーションにはSNSでの活動も含まれます。そうなると、映画のプロモーションにインフルエンサーが起用される可能性が高まるわけです。

一方で、インフルエンサーたちはストで出演できない俳優たちにとって代わることで、炎上のリスクがあると出演を渋る動きもあるという指摘もあります。実は、SAG-AFTRA側も役者の仕事を奪わせないためか、わざわざストライキの公式サイトにインフルエンサー向けのFAQページを作り、組合に加盟していないインフルエンサーがスト期間中にスト対象の会社から仕事を請けた場合、将来的にSAG-AFTRAに加盟できなくなると書いているのです。

非組合の人間に、自由に仕事するなと言える権利があるのか疑問ですが、NYタイムズはこの声明を受けて多くのインフルエンサーが慌ててスト支援を表明したと報じています。あるインフルエンサーは映画のプレミアに出席したことで非難され、謝罪ビデオを投稿せざるを得なくなったそうです。

SNSで活躍するインフルエンサーの産業規模は、アメリカでは50億ドル程度にもなっているそうで、スター不在となったスト最中により存在感を出したくても頭を押さえつけられている状態といってところでしょうか。

ストはその点でハリウッドの外側にも多大な影響を生んでいます。8月4日にはスト後初のWGAとAMPTPの間で会合の場が設けられましたが、交渉再開の合意はできなかったようで、ストの終わりはまだ見えず、エンタメ産業全体がどう転がっていくのか、予断を許さない状況です。

(文:杉本穂高)

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