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2024年04月12日

『かがみの孤城』が原作小説も映画も傑作である理由|本屋大賞発表記念!

『かがみの孤城』が原作小説も映画も傑作である理由|本屋大賞発表記念!

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6年間の小学校生活を経て、少しだけ大人に近づくのが中学生。筆者の中学時代を振り返ると、誰とでも仲良くできた小学生の時とは違い、クラスでは「グループ単位での行動」が顕著になり、異性を意識し始める頃であった。これまでの学生生活の中で、最も人との距離感を気にしたり、「自分がどう見られているか」を考えたりした時期である。

当時感じていた中学時代特有の「生きづらさ」を思い出したのが、辻村深月の「かがみの孤城」を読んでからである。

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【インタビュー】『かがみの孤城』原恵一監督インタビュー「居場所がないのは当たり前」と教えてあげたい

読みながら泣いた原作小説


「かがみの孤城」は、2018年に史上最多得票数で本屋大賞を受賞。その他、「ダ・ヴィンチBOOK OF THE YEAR2021」(文庫部門)など9冠に輝いた辻村深月のベストセラー小説だ。

学校での居場所をなくし部屋に閉じこもっていた中学生・こころが、ある日突然部屋の鏡に吸い込まれると、おとぎ話に出てくるようなお城と「城に隠された鍵を見つければ、どんな願いでも叶えてやろう」と告げる「オオカミさま」に出会う。こころの他にお城に招かれた見ず知らずの中学生6人(リオン・アキ・スバル・フウカ・マサムネ・ウレシノ)と共に、鍵を探すところから始まる本作。


正体不明な「お城」や「オオカミさま」が登場するため、ファンタジーやミステリーな要素がありつつも、「学校に居場所がない」と感じる中学生たちそれぞれの機微に触れている。

第32回吉川英治文学新人賞を受賞した「ツナグ」や第147回直木賞を受賞した「鍵のない夢を見る」を読んで、“綺麗なことだけでない”人間を描く辻村作品のトリコとなった筆者は、「かがみの孤城」に描かれていた、隠したくなる“汚い”感情に共感したり、些細な一言でがらりと変わる人間関係の脆さを思い出したりした。


本作を読んで一番印象的だったのは、現代では「いじめ」と表現されてしまいがちな出来事を、一言で終わらせなかったところ。それぞれ学校で何があったのか、それによって心はどう変化したのかを丁寧に描いている。それは辻村が「人によって、起きたことも、負った傷もそれぞれ違う」と考えているから。

私のような小説家がしなくてはいけないのは、容易な名づけではなくて、それがどういうことなのか、主人公の心の動きをきちんと描いて、物語として届けることです。「いじめ」という言葉では認められないことが、本を読んだ後に「こころにあったようなこと」「『かがみの孤城』に出てきたようなこと」、と言ってもらえるようになったら、それが当事者の心に届いたということなのだと思って書きました。(※)

中学時代に、喧嘩した友人に身に覚えのない噂をクラスメイトに吹き込まれて居場所がなくなりかけたときがあった。当時の孤独感や辛さは、テレビで見聞きする「いじめ」とは少し違うと感じていたので、「自分は大丈夫」と思い込もうとしていた。

だが少し大人になって出会った「かがみの孤城」は、あのときの自分の傷に寄り添ってくれた気がする。読んでいて「よく闘った」と、中学生の頃の自分を労ってくれた。こころを支える友人や大人たちの言葉が自分に突き刺さり、読んでいて思わず泣いてしまったのである。

アニメ映画も傑作だと感じたポイント



私にとって“味方”のような存在になってくれた原作小説だからこそ、アニメ映画化されることが不安であった。文庫版だと上下巻合わせて776ページにも及ぶ大変ボリューミーな原作小説。映像化に際してどこもカットしてほしくない……というのが率直な意見であった。

だが、こうした不安も杞憂に終わる。

ここからは「アニメ映画も傑作だった」と感じた3つのポイントを紹介したい。

1:こだわり抜かれた「キャスティング」


小説からアニメ化する際、大きな変化のひとつが「声」である。

城に集められた中学生を演じたのは、當真あみ(こころ役)、北村匠海(リオン役)、吉柳咲良(アキ)、板垣李光人(スバル役)、横溝菜帆(フウカ役)、高山みなみ(マサムネ役)、梶裕貴(ウレシノ役)。高山みなみや梶裕貴といったベテラン声優に並び、『かがみの孤城』で声優初挑戦となる10代の若手俳優も抜擢されている。こうしたキャスティングについて原監督は「バランス」を考慮したと話す。

こころ役を演じた當真あみは1000人を超えるオーディションで原監督に見出された。キャスティングした理由について、「(當真あみは)こころに近い年齢で近い性格を演じられる」「こころのキャラクターデザインと(當真あみの)オーディションの時の声が一番しっくりきた」と舞台挨拶で話していた。確かに、堂々としているよりはどこか遠慮がちな印象を受ける、當真あみの初々しい声は、こころのキャラクターにぴったりであった。


アニメを観るたびに毎回笑う場面が、マサムネによる某名探偵の定番台詞を言うシーン。そもそもマサムネ役は高山みなみがいいと提案したのは、原監督だったそう。マサムネのキャラクターデザインが某名探偵に似ていたことからオファーに至ったという。緊張感のある場面だったからこそ、その一言があることでふっと気が緩んだ。監督の遊び心を感じた描写であった。

ベテランから新人で構成された7人だったのが功を奏し、“大人にはなりきれていない”絶妙な中学生たちとして映ったのだろう。

2:アニメならではの「演出」


「声」もそうだが、小説ではなくアニメだからこそ描けることがある。原作小説を読んだうえでアニメを観ると、「ヒント」の描き方がさりげなくて上手だと感じた。

そして当然だが物語の進み方も、小説とアニメで異なる。

小説はこころの視点で主観的に進むのに対して、アニメは客観的にキャラクターを映していた。

例えば、こころの6人に対する第一印象は原作小説だと「ジャージ姿のイケメンの男の子」「ポニーテールのしっかり者の女の子」「眼鏡をかけた、声優声の女の子」「ゲーム機をいじる、生意気そうな男の子」「ロンみたいなそばかすの、物静かな男の子」「小太りで気弱そうな、階段の手すりの陰に隠れた男の子」(『かがみの孤城』上・ 66ページより)と表現されている。これにより、読者はなんとなく6人の印象を持ちながら読み進めることになる。


一方でアニメは、彼・彼女らがどういう人物なのかを誰かの視点で紹介する場面はなく、見た目、声や言葉遣い、他人に対する態度でどんな人物かを想像しながら物語を追うことになる。ちょっとした所作に個性が現れているので、観ていて楽しい。

またアニメを観る際、「音」にも注目してみてほしい。これまでも何度か原監督と組んできた富貴晴美による劇伴、フウカのピアノ演奏、そして原作小説には登場しなかったオルゴールの「トロイメライ」など、本作は音にもこだわりを感じる。セリフでは表現しきれないキャラクターたちの心情を音楽で表しており、ドラマに厚みを持たせていた。

3:アニメでしか表現できない感動的な「クライマックス」


※以降、結末の内容に触れています。


「これはアニメでしか表現できない」と感じたのは、物語の終盤、こころがルールを破ったアキを救い出す描写だ。

願いの鍵は「大時計の中」にあるとわかると、アニメでは、こころと大時計を光輝く階段がつないだ。大時計の中には、歯車だらけの空間や、異様な雰囲気を醸し出す願いの部屋の入り口がある。文字だけでは表現が難しかった幻想的な空間を、アニメで見事に作り上げていた。


最後は原作小説と同じく「大きなカブ」のようにこころたちが連なり、アキの手をただただ強く引っ張る。誰か1人でも欠けていたら、アキを救い出せなかったかもしれない。まさに「助け合っている」7人の関係性をそのまま画で表していたクライマックスであった。

また個人的に好きだったのが、“答えを明確にしていない”ラスト。「オオカミさま」の正体や、“城の記憶の有無”をはっきりとは描かず、観る者の想像力に委ねる余白があった。

同じ歩幅で学校に向かったこころとリオンは、その後どんな未来を歩むのだろうか。ずっと心に残り続けている。

【関連コラム】『かがみの孤城』の原恵一監督をもっと知りたい!実写からアニメまでおすすめ“5選”

それぞれの関係がより濃く描かれた原作小説


贅沢を言うと、映画を観て唯一「足りない」と感じた部分は、7人が仲良くなる「過程」の描写である。

7人全員が最初から仲良くなれたわけではなかった。「学校に行ってない」という共通点はあるものの、7人いれば7通りの価値観や考え方で行動している。言葉遣いがキツい人や陰口を言う人など、こころが学校にいて「嫌だ」と感じていたことをする人もいた。些細なことで喧嘩になったこともある。

原作小説は、1年かけて城が7人にとっての「居場所」となっていく過程を丁寧に描いていた。アニメが素晴らしかったからこそ、あの場面もあの場面も原監督が手掛けるアニメーションで観たい……!と貪欲になってしまった。


映画ではあまり描かれていなかった「家にいる時のこころ」も原作小説ではしっかりと描かれている。1年かけて変わっていくお母さんとこころの関係も胸にくるものがあるので、アニメ映画を観て原作小説をまだ読んでいない人がいたら、ぜひ読んでみてほしい。 

『かがみの孤城』は、読んだ者、観た者の「居場所」となってくれる傑作。こころたちに救われたアキが、数年経ってこころたちを救うように、『かがみの孤城』によってやさしさが連鎖する世界になることを願っている。

(文:きどみ)

【参考】
(※)ソーシャルアクションラボ「自分を傷つける人を、許さなくてもいい 作家・辻村深月さん」

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