ブラピ主演『ウルフズ』フランスでも公開中止——原因は配信系会社の事業モデルにある?
Appleスタジオ製作で日本ではソニー・ピクチャーズ エンタテインメントが配給予定だったアメリカ映画『ウルフズ』の公開が突如中止となったことが、映画ファンをざわつかせています。
ジョージ・クルーニーとブラッド・ピットという2大スター共演作で、その内容に期待していた人も多かっただけに、落胆が大きいニュースでした。
その要因として「昨今日本国内で洋画が苦戦していることが要因では」と噂されることもあります。しかしどちらかというと「AppleというIT企業が合理的な事業判断を下した」という側面の方が大きいと思われます。
そして、その決断が合理的になってしまう事業モデルにアメリカ映画産業が巻き込まれてしまっていることが、今回の一件で改めて表面化したということではないかと筆者は考えています。
その事業モデルが映画という文化にとって良いことなのか、日本国内ではこのような露骨な動きがあまり起きにくいのはどうしてなのかを振り返った上で、劇場という文化を維持するために必要なことは何かを考えてみることにします。
※『ウルフズ』は9月27日(金)よりApple TV+にて配信開始予定
フランスでも公開中止となった『ウルフズ』
『ウルフズ』は、Appleスタジオが自社の配信サービス「Apple TV+」で配信用に作ったオリジナル作品です。
Apple TV+では、アカデミー賞受賞作『Coda コーダ あいのうた』やマーティン・スコセッシ監督の『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』など、質の高い映画を意欲的に配信し、配信系の会社としては珍しく劇場公開にも積極的でした。
Apple TV+としては、劇場公開によって高評価を得たうえで、自社サービスに誘導することでユーザーを獲得していくという戦略で、劇場公開はプロモーションの一環という側面があります。
しかし最近、Apple TV+のユーザー数が順調に伸びておらず赤字続きだという報道がされており、コスト削減を迫られていると言われています。Apple TV+は米国のテレビ視聴者数のわずか0.2%しか獲得できておらず、Apple TV+における1ヶ月あたりの総視聴数は、Netflixの1日あたりの数字よりも少ないのだそうです。
そこにきて、スカーレット・ヨハンソンとチャニング・テイタム主演の『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』の興行成績が世界的に厳しく、「Appleはコスト削減のために、積極的な劇場展開を抑制する方向なのでは」と言われるようになってきました。
実際、「観客は映画館での鑑賞に満足してしまい、配信サービスと契約する動機を持てないのかもしれない」とAppleが考えても不思議ではありません。ならば最初から配信で展開して、契約しないと観られないようにした方がいいのかもしれません。
『ウルフズ』は本国アメリカでも1週間の限定公開となり、イギリスでも同様に1週間だけの公開です。さらにフランスでは日本と同様に、劇場公開中止と報じられています。公開中止は日本だけではないため、日本人の洋画離れが原因ではないことがうかがえます。
もちろん、日本で確実な特大ヒットが見込まれていた場合は公開されていたかもしれないので、洋画離れは背景要因として多少関係しているかもしれません。しかし第一の要因は、Appleの方針転換にあるでしょう。要するに、配信会社の都合が「劇場公開という大義名分」に勝っているということです。
とはいえAppleは映画会社ではなくIT系企業で、展開しているサービスは配信であるため、自社の利益を考えて事業展開を変えていくのは当然のことです。彼らにとっての最優先事項は、配信サービスの利益を上げていくことで、映画館にお客さんを呼ぶことではありません。
これは、他の配信事業者も同様です。Netflixは、そもそも劇場公開に積極的ではありません。賞レースに絡めそうな作品を限定的に公開することはありますが、本気で映画館の興行収入で利益を上げようとはしていないですよね。AppleがNetflixと異なり、劇場公開に積極的だったのは、映画館での興行にプロモーション効果があるだろうと判断していたに過ぎません。
そもそも配信系の会社は、その事業モデルの観点から見て、劇場文化を尊重して維持していこうというモチベーションを持ちにくい構造になっています。映画館が儲かっても自社には大した利益がないわけですから。
日本映画の垂直統合は劇場文化の維持に都合がいい?
映画産業において配信系会社の存在感が大きくなってきたのは、時代の流れの必然のほかに、新型コロナウイルスのパンデミックがあります。アメリカでは、映画会社もこぞって自社で配信サービスに力を入れました。日本ではこのような動きはあまり起こらず、現在も映画館の売り上げは比較的落ちていませんし(※コロナ禍期間中を除く)、国内の映画会社は上映供給の手を緩めていません。
日本の映画会社は、ハリウッドの各社や配信系の会社と比べて、劇場を大切に思っているということなのでしょうか。実際にはそうかもしれませんが、シンプルに事業モデルとして、映画館を維持するモチベーションが強くなる構造になっているからだと筆者は考えます。
それは日本の映画会社が、製作・配給・興行を一手に担う垂直統合の事業モデルを採用しているからです。自社で映画館を運営しているため、映画館に人が来なくなると困るビジネスモデルになっています。
この垂直統合の事業モデルは、独占・寡占を招くとして批判もあります。実際、アメリカの映画産業が垂直統合式になっていないのは、1948年に出た違法判決によって、映画製作会社が劇場を運営することを禁じられたからです。(パラマウント判決)
アメリカの映画会社は劇場を自社で持っていないからこそ、映画館が潰れても直接のダメージはない状態でした。言い換えれば、映画館以外に作品を出せる場所さえあればいいという状況でもあったわけです。そのため、自社の配信サービスに作品を出すという動きを活発化させました。
日本の映画会社は劇場を多数所有しているため、コロナ禍でも緊急事態宣言によって営業できない時期を除けば、(公開延期などはありましたが)概ね作品を公開し続けました。
かつてアメリカでは違法とされた垂直統合モデルは、劇場文化を維持するために合理的な面もあるのではないかと筆者は考えています。映画の上映場所を映画会社自体が守っていくことは、合理的な面があるのではないでしょうか。
ソニーの劇場チェーン買収など、米国でも新たな動き
アメリカで垂直統合を禁じたパラマウント判決が出た当時とは異なり、今はテレビも配信もあるため、作品を出す場所は多彩になっています。そもそもNetflixのように、自社で製作・独占配信しているのであれば、垂直統合モデルの事業といえます。そこで時代にそぐわなくなったパラマウント判決は、2020年に無効化されることになりました。
パンデミックの中で廃止されても、今から映画館を買収したい映画会社はないと思っていましたが、2024年にソニー・ピクチャーズ エンタテインメントがアラモ・ドラフトハウス・シネマの買収を発表。映画館の垂直統合がアメリカでも実現することになりました。
前述したように、配信会社は映画館を守ろうという動機を持ちにくいですが、映画会社が映画館を自ら所有する場合、話は別です。映画館の売り上げ低下は自社グループの成績低下につながるため、むしろ積極的に映画の劇場公開を盛り上げないといけません。
アラモ・ドラフトハウス・シネマは35館のミニチェーンのため大きな動きではありませんが、ソニー・ピクチャーズが映画館事業を軌道に乗せられれば、追随する映画会社が出てきても不思議ではないと思っています。
今後も配信系の会社は、劇場公開に積極的ではない状態が続くでしょう。メリットが見込める場合は、劇場公開も考えられますが、そうでなければ公開する理由がありません。
『ウルフズ』の公開中止は、映像産業の構造自体をどうすべきかという重大な問題を突きつけていると思います。配信会社がイニシアチブを取るなら、こうした事例は今後も増えていくでしょう。
「映画館で映画を観る」という文化を維持するためには、映画会社自体が奮起するべきかもしれません。そのためには垂直統合も、(デメリットもあるとはいえ)ある程度見直されてもいいのかもしれません。
(文:杉本穂高)
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