思わぬ傑作『キックス』、印象的なタイトルに込められたもう一つの意味とは?

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他人に比べて体も小さく何の取り柄もない、劣等感の塊だった15歳の黒人少年が、偶然に憧れのスニーカーを手に入れたことから、様々な黒人社会の厳しい現実に直面する姿を描いた作品『キックス』が、12月1日から公開された。何故かポスターに登場している宇宙飛行士? の姿からは、今年公開された『ワンダー 君は太陽』を連想させる本作。ただ、ストーリーを読んだ限りではファンタジーや心温まる物語ではなく、黒人社会で必死に生き抜こうとする少年の姿を描いた作品に思えるのだが、果たしてその内容とはどの様なものだったのか?

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ストーリー

カリフォルニア州、リッチモンド。15歳の少年ブランドン(ジャギング・ギロリー)は背が低く女子にもモテず、いつもボロボロのスニーカーを履いていてバカにされていた。だが、彼のそんな人生も転機を迎える…はずだった。コツコツ貯めたお小遣いで最強のスニーカー“エア ジョーダン1”を手に入れた! 仲間からは羨望の眼差しで見られ、女子からも気にかけられ、これで自分の人生もイケイケになると思っていたブランドン。だが、そんな最高な時間の終わりは瞬時にやってきた。仲間と別れた帰り道、地元のチンピラに襲われスニーカーを盗られてしまう。ブチ切れたブランドンは、友だち二人を巻き込み、命よりも大切なスニーカーを奪い返しに行くことを決心するが…。(公式サイトより)

予告編

タイトルの『キックス』に込められた、もう一つの意味とは?

本作の主人公は、ブランドンという15歳の黒人の少年だ。

冒頭で触れた通り、体が小さくバスケも上手くない彼は、家庭の貧しい経済状態もあって、いつもボロボロのスニーカーを履いている。そのため、友達のように女の子に対して積極的に行動出来ず、常に周囲や社会との違和感を抱えながら日々を生きている。

そんな生活の中で、自身が他者より優れた“何者か”であると証明し、同時に地位や権力の象徴となるのがスニーカーであり、周囲の世界に溶け込めずにいたブランドンにとって、やっと手に入れた一人前の男への切符こそが、正にこの最強のスニーカー“エア ジョーダン1”だったというわけだ。

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こうして、スニーカーの威力で周囲からの扱いが変わったことにより、自分に自信が持てるようになったブランドンは、次第に積極的な行動が取れるようになっていく。実際映画の中でも、今まで周囲の女の子たちから男として扱われなかったブランドンが、“エア ジョーダン1”を履いた途端、急に女の子の方からアプローチしてくるという描写があるほど!

実は本作のタイトルにある「KICKS」とは、スラングでスニーカーのことを指す言葉だが、実はもう一つ、この言葉には「満足」という意味もあるのだ。

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現実の自分に満足出来ずにいたブランドンに、初めて一人前の男としての自尊心と満足感を与えてくれた、命よりも大事なスニーカー。それを暴力で無理矢理奪い取られた彼が、恐怖と闘いながら自身の力で奪い返そうとする展開は、きっと多くの男性観客の共感を呼ぶはず!

一人の少年の成長と仲間との友情の物語で片付けるには、あまりに苦い現実が描かれる本作こそ、正に年齢や世代を問わず共感出来る、青春映画の傑作だと言えるだろう。

過酷な黒人社会で生き延びる少年の姿に燃える!

まだ15歳で少年っぽさを残すブランドンは、過酷な現実から逃避するかの様に、度々目の前に非現実的な空想を出現させる。彼の空想の中に必ず現れる宇宙飛行士が象徴する通り、自分の足下にある過酷な現実から、憧れていた世界へと飛び立たせてくれた大事なスニーカー。だが、それが逆に周囲の注目を引いてしまったために、理不尽な暴力により大切なスニーカーを奪い取られてしまうことに…。

束の間でも自分を一人前の男にしてくれた、重要なアイテムが暴力で奪われてしまったことで、ついに男としての誇りを賭けた行動に出るブランドン。彼の行く手に待つ厳しすぎる現実とは、果たして何だったのか?

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基本は少年の成長物語でありながら、ブランドンがギャングである叔父の助けを借りた結果、加害者であるフラコとブランドンの親類の双方に犠牲が出てしまうなど、最後まで緊迫感が途切れない本作。

そんな中でも観客に救いと希望を与えてくれるのが、ブランドンと友人たちとの絆や彼の男としての成長、そしてブランドンの靴を奪った憎い敵であるフラコの息子の行動だった。

特に、まだ自分で判断が出来ないはずの幼児が、暴力を振るう父親のフラコに対して無意識の内に取ったある行動こそ、実は人間が本来“善なる存在”としてこの世に生を受けたことの証明であり、周囲の生活環境や教育、そして何より両親の存在が人間の成長には大事であると我々に教えてくれるものなのだ。

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本作は一見、少年の勇気と誇りを賭けた一種の冒険・成長物語の様に見せて、実は他者に対する思いやりの無さや、自分の家族だけを考える利己的で余裕の無い生活環境が、この“負の連鎖”の原因だと我々に訴えかけてくる。

更に、そこには親からの教育の重要性だけでなく、親の間違った教育や生き方を、子供の純真な心が逆に正しい方向へと変えてくれる可能性も描かれていて、実に考えさせられる内容となっているのだ。

本作のラストで描かれる、この“負の連鎖”を止める唯一の方法こそ、正に本作が描きたかった真のテーマだと言えるだろう。

最後に

本作鑑賞後、観客の印象に強烈に残るのは、やはり黒人社会が抱える問題とその過酷な現実だろう。何か優れた部分を持って周囲から尊敬を得るか、あるいは自ら強くなって他人を支配して生き抜くしかないその状況は、15歳の少年にとってはあまりに厳しい試練の連続であるからだ。

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時に人間の命が靴より安い町で、自分の尊厳やプライドを守るために15歳のブランドンがどう行動し、最終的に何を得たのか?

その結末は是非劇場でご確認頂ければと思うが、やはり本作で重要なのは、本来ブランドンにとってその行動の手本となり守ってくれるはずの父親が不在だという点だろう。

実はそれは、ブランドンからスニーカーを奪った本来憎むべき悪役であるフラコが、自分の息子にとっては良き父親であろうとする描写とも呼応している。

加えて、本来正義の側であったはずのブランドンが、スニーカーへの執着のあまり、最終的にフラコと同じ行動を取ってしまうという描写も、本作で描かれる様々な問題が、単純に善悪で割り切れるものでは無いことを観客に伝えてくれていて、実に見事なのだ。

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こうして、あまりに重い経験を経て一夜にして少年から大人に成長させられたブランドンだが、果たして彼はこの後どう変化していくのだろうか?

このまま暴力に目覚めて、ギャングである叔父の様な道を歩むのか?

いや、この冒険で友人達との絆を深くした彼には、きっと明るい将来が待っていると信じたい。

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暴力に暴力で立ち向かうことが、決して有効な手段では無い、その尽きることのない負の連鎖こそが原因なのだ! そう我々に教えてくれる本作。

きっと憎い悪役のフラコ側にも、息子の行動がきっと良い影響を及ぼすのでは? そんな将来への希望と深い余韻を観客に与えてくれるこの『キックス』。

公開規模は小さいが、絶対に観て損は無い作品なので全力でオススメします!

(文:滝口アキラ)

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    ライタープロフィール

    滝口アキラ

    滝口アキラ

    滝口アキラ 映画ライターにしてブルース・リー研究家。主な著書に、「ブルースリー超全集」「俺たちのジャッキーチェン」「俺たちの007」などがある。映画のコミカライズや、日本オリジナル映画主題歌などの、「失われた映画カルチャー」にも造詣が深く、TBSラジオ「ウイークエンドシャッフル」へのゲスト出演、今関あきよし監督作品への声優出演、更には「実際に映画に出演する映画ライター」として、現在「毎月1本必ず映画に出る」をノルマに活動中。その抜群の企画力と、交友関係の広さには定評がある。

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