松竹130年と歩む、“家族”の物語──山田洋次『TOKYO タクシー』から辿る笑いと涙のフィルモグラフィ

金曜映画ナビ

松竹創立130年の歴史は、日本映画史そのものと言っていいほど、数々の名匠と名作に彩られてきました。

小津安二郎、木下惠介・・・渥美清と歩んだ「男はつらいよ」シリーズ──そして、その長い系譜の中でも、庶民の暮らしと家族の姿を丁寧に描き続けてきた偉才こそ、山田洋次監督です。

90代にしてなお新作を撮り続ける稀有なフィルムメーカーは、いま再び“東京”という街と、人と人の出会いを見つめ直そうとしています。

本日11月21日公開の最新作『TOKYOタクシー』の魅力を紹介しつつ、山田洋次監督の近作から3本──『東京家族』『家族はつらいよ』『キネマの神様』──を辿りながら、その作家性と魅力に迫ってみたいと思います。


『TOKYOタクシー』──たった一日の“タクシーの旅”が人生を揺さぶる ※若干ネタバレありです

(C)2025映画「TOKYOタクシー」製作委員会

松竹創業130周年記念作品『TOKYO タクシー』は、山田洋次監督にとって通算91本目となる最新作。

主演には、山田作品には欠かせない名女優・倍賞千恵子と、『武士の一分』以来19年ぶりの“山田組”参加となる木村拓哉という、これ以上ない顔合わせが実現しました。

物語の主人公は、毎日休みなく働き続けるタクシー運転手・宇佐美浩二(木村拓哉)。

娘の入学金や車検代、家賃の更新料……次々と押し寄せる現実に疲れ果てた彼の前に現れるのが、85歳のマダム・高野すみれ(倍賞千恵子)です。

(C)2025映画「TOKYOタクシー」製作委員会

依頼は「東京・柴又から、神奈川・葉山の高齢者施設まで」。

最初はよそよそしい二人ですが、道中でマダムが「東京の見納めに、寄ってみたい場所がいくつかあるの」と言い出したことから、タクシーは“終着地へ向かうだけの車”から、“人生を振り返る旅の車”へと変わっていきます。

東京タワー、湾岸の景色、下町の路地──
マダムの“寄り道”に付き合ううちに、浩二は彼女の壮絶で、しかしどこかユーモラスでもある過去を聞かされます。

たった一日きりの付き合いのはずが、いつしか二人にとってかけがえのない時間となり、終点に着く頃にはお互いの人生の見え方すら変えてしまう。

山田監督お得意の「一期一会」と「人生の機微」を、タクシーの密室空間というごく限られた舞台にぎゅっと凝縮した一本です。

原作は、2023年に日本でも公開され話題を呼んだフランス映画『パリタクシー』。
その“骨格”は受け継ぎつつも、日本版は舞台を柴又から葉山へと走るルートに置き換えています。
寅さんの故郷・柴又から旅が始まる構図には、長年「男はつらいよ」を撮り続けてきた山田監督らしい、ちょっとした遊び心も感じられるはずです。

車内の会話劇が中心となる作品だけに、倍賞×木村の掛け合いも見どころ。
ぶっきらぼうだけれど人が悪くない運転手と、どこか謎めいた上品なマダム。

やり取りのテンポが段々とほどけていくにつれ、観客もまた“同乗者”になったような感覚で、二人の表情の変化を見守ることになります。

最初の一歩を踏み出せないまま日々をこなしている人ほど、「こんな出会いが、自分の人生にも訪れたら」と静かに背中を押されるはずです。

【公開情報】
タイトル:『TOKYOタクシー』
公開情報:11月21日(金)全国ロードショー
出演:倍賞千恵子 木村拓哉 蒼井優 迫田孝也 優香 中島瑠菜 神野三鈴 
    イ・ジュニョン マキタスポーツ 北山雅康 木村優来 小林稔侍 笹野高史
監督:山田洋次
脚本:山田洋次 朝原雄三
原作:映画「パリタクシー」(監督 クリスチャン・カリオン)
配給:松竹
©2025映画「TOKYOタクシー」製作委員会
公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/tokyotaxi-movie/
公式X:https://x.com/tokyotaxi_movie
公式Instagram:https://www.instagram.com/tokyotaxi_movie/

(C)2025映画「TOKYOタクシー」製作委員会


『東京家族』(2013年)──“平成版・東京物語”が映す、震災後の日本

(C)2013「東京家族」製作委員会

続いて紹介したいのは、2013年公開の『東京家族』。

小津安二郎の名作『東京物語』へのオマージュとして作られた本作は、監督生活50周年の節目に山田洋次が挑んだ“現代の家族映画”です。

瀬戸内海の小さな島で暮らす老夫婦・平山周吉(橋爪功)と妻のとみこ(吉行和子)が、東京で暮らす子どもたちを訪ねる──という骨格は『東京物語』と同じ。

しかし、時代は平成、そして舞台となるのは東日本大震災を経験したあとの日本社会です。
忙しすぎる都会の生活に追われる子どもたちは、親をもてなしたい気持ちはあっても、仕事や自分たちの家庭で精いっぱい。
“ありがちなすれ違い”の積み重ねが、小さな寂しさとして老夫婦の胸に刺さっていきます。

キャストは、橋爪功・吉行和子の老夫婦を中心に、西村雅彦、夏川結衣、中嶋朋子、林家正蔵、妻夫木聡、蒼井優といった実力派が勢ぞろい。

とりわけ、次男・昌次を演じる妻夫木聡と、彼の恋人・紀子を演じる蒼井優の存在が、作品全体にささやかな温度を与えています。

(C)2013「東京家族」製作委員会

家族の中にありながら、まだ「家族になりきれていない」恋人同士という立ち位置だからこそ見えるものがあり、観客はそこに自分たちの姿も重ねてしまうでしょう。

震災後という時代背景を正面から描き切ったわけではありません。
それでも、ふとした会話や、日常の風景の端々に漂う不安と、それでも前を向いて暮らそうとする人々の強さが、じんわりと画面から伝わってきます。

「親を実家に残して都会に出てきた」世代、「子どもを送り出した親」のどちらにも刺さる、静かで滋味深い一本です。

(C)2013「東京家族」製作委員会


『家族はつらいよ』(2016年)──“熟年離婚騒動”から見える、家族の現在形

(C)2016「家族はつらいよ」製作委員会

『東京家族』と同じキャスト陣を再結集しつつ、今度は一転してドタバタ喜劇に舵を切ったのが、『家族はつらいよ』です。

タイトルからも分かる通り、『男はつらいよ』へのセルフ・オマージュでもある本作は、山田洋次が20年ぶりに本格コメディへと戻ってきた記念碑的な一本でもあります。

物語の発端は、結婚50年を迎えた平田家の“金婚式”前夜。

家族が「お母さん、何か欲しいものは?」と問いかけると、妻の富子(吉行和子)は照れ隠し半分に「離婚届が欲しい」と爆弾発言。

頑固一徹の夫・周造(橋爪功)はまるで取り合わないものの、子どもたちは大慌て。

長男夫婦、長女夫婦、次男とその恋人まで総出で“緊急家族会議”が開かれ、そこから家族中の不満と本音が、雪崩のようにあふれ出していきます。

(C)2016「家族はつらいよ」製作委員会

この作品のうまさは、誰か一人を悪者にしないところにあります。

浮気性なわけでもDV夫でもない、けれどどこか“昭和の価値観”のまま止まっている父親。
黙って家族に尽くしてきたけれど、「自分の人生はなんだったのか」とふと立ち止まってしまった母親。

その間に挟まれた子ども世代は、自分たちの仕事や子育てにいっぱいいっぱいで、親に構う余裕がない……。

どの立場の人物にも「分かるなぁ」と共感できてしまうからこそ、笑いながらも、ふと胸がチクリと痛む瞬間が訪れます。

興行的にもヒットを収め、のちに『家族はつらいよ2』『妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII』とシリーズ化されたことからも、テーマの普遍性がうかがえます。

高齢ドライバー問題、主婦の怒りなど、続編で扱われる話題を含めて、「ニュースでは見聞きするけれど、家の中ではどこかタブー視されがちな問題」を、山田監督はあえて笑いのど真ん中に持ち込んでみせました。

深刻さに飲み込まれないよう、ユーモアのバランスを保ちながら社会問題を描く──これは、若い頃から続く山田洋次の真骨頂です。

(C)2016「家族はつらいよ」製作委員会


『キネマの神様』(2021年)──映画を愛したすべての人へ

(C) 2021「キネマの神様」製作委員会

3本目に挙げたいのが、原田マハの同名小説を山田洋次が映画化した『キネマの神様』。

“名匠の中の名匠”が、映画館にとって最も苦しい時期でもあったコロナ禍の最中に送り出した、文字通りの“映画賛歌”です。

主人公は、若き日に映画監督を志しながら、夢半ばで挫折してしまったゴウ。
現在のゴウを演じるのは沢田研二、若き日のゴウを演じるのは菅田将暉。
この“二人一役”の構成が、本作の大きな魅力になっています。

(C) 2021「キネマの神様」製作委員会

昭和30年代、日本映画黄金期の撮影所。
助監督として走り回る若きゴウは、名監督やスター俳優に囲まれながら、いつか自分の作品を撮ることを夢見ています。

しかし、初監督作『キネマの神様』の撮影初日、ある出来事をきっかけに、その夢は呆気なく潰えてしまう──。

時は流れて現代。
老人となったゴウは、酒とギャンブルに溺れるダメ親父となり、家族からも見放されかけています。

そんな彼の前に、かつての相棒である映写技師・テラシンと、幻の脚本『キネマの神様』が再び姿を現す。

そこでようやく、止まってしまった時間が少しずつ動き出す……というストーリーです。

映画館、フィルム、映写室、地方の名画座。

スクリーンの光が観客の顔を照らす瞬間や、暗闇に集う人々のざわめきなど、山田監督は“映画を見るという体験”そのものを、これでもかというほど愛おしく撮っています。

「映画が好きでよかった」と、少し照れくさい言葉を、真正面から言わせてくれるような作品です。

また、この作品には、当初主演を務める予定だった志村けんさんの存在も大きく影を落としています。

志村さんの急逝を受けてキャストを一新し、それでもなお「映画の神様」を信じる物語として完成させたことに、山田監督の執念と責任感がにじんでいます。

映画館に足を運ぶことが当たり前でなくなってしまった時代だからこそ、スクリーンの前にいる“あなた”に手を差し伸べるような、あたたかな一本です。

(C) 2021「キネマの神様」製作委員会


山田洋次作品の「らしさ」とは何か

ここまで4作品を振り返ってくると、山田洋次作品の“らしさ”がいくつか浮かび上がってきます。

1. いつも「家族」から始まる

地方と東京、親と子、夫と妻、恋人同士。

どの作品でも、物語の中心には必ずと言っていいほど“家族”がいます。

それは血縁という意味だけでなく、『TOKYOタクシー』のように、偶然出会った他人同士が一日を共にすることで生まれる“仮の家族”のような関係も含まれます。

山田監督は、そこにこそ人生の喜びも哀しみも、すべてが凝縮されていると知っているかのようです。

2. 時代の空気をさりげなく織り込む

『東京家族』における震災後の日本、『家族はつらいよ』シリーズで扱われる熟年離婚や高齢ドライバー問題、『キネマの神様』で描かれるコロナ禍の映画館。

山田作品は決して“社会派”を前面に打ち出しませんが、その時々の日本人が抱えている不安や葛藤を、さりげなく物語に織り込んでいます。

「ニュースで見たあの話」が、劇中の家族の悩みとして目の前で立ち上がってくる感覚は、山田監督ならではのバランス感覚の賜物でしょう。

3. 笑いと涙の温度差が心地いい

人生はしんどい。
けれど、時々どうしようもなくおかしい。

山田作品の笑いは、誰かを傷つけるためのものではなく、登場人物たちの不器用さや、ちょっとした勘違いから生まれるものがほとんどです。

『家族はつらいよ』の大騒動も、『TOKYOタクシー』の車内でのやり取りも、観客は笑いながら、「ああ、人間ってこういうところあるよね」とどこか安心させられます。

その笑いのあとにふっと訪れる静かな涙の時間が、作品を見終えたあとも長く心に残るのです。

4. “変わらないもの”と“変わっていくもの”を見つめ続ける

昭和、平成、令和──。

山田洋次は、時代が変わっても変わらない人の温かさを信じながら、一方で社会や家族の形が大きく変化していく現実から目をそらしません。

『東京家族』と『TOKYOタクシー』を並べてみると、東京という街の姿も、人々の働き方もずいぶん変わったことに気づきます。

それでもなお、人が人に心を開き、ささやかな時間を分かち合う瞬間の尊さは、何一つ色あせていない──。

そのことを、山田作品は繰り返し教えてくれているように思えます。


松竹創立130周年という節目に公開される『TOKYOタクシー』は、そんな山田洋次の“今”を映し出す一本です。

タクシーに乗り合わせた二人のささやかな旅路は、きっと私たち観客の心にも、小さな変化をもたらしてくれるはず。

そして、そこから『東京家族』『家族はつらいよ』『キネマの神様』へとさかのぼっていくと、一本の映画では見えなかった“山田洋次という監督のスケール”が、じわじわと立ち上がってきます。

今日、新作を観る人も。
過去作を配信やDVDで追いかける人も。

130年続いてきた松竹映画の歴史の中で、山田洋次という監督が紡いできた物語の数々に、あらためて触れてみてはいかがでしょうか。

きっとそこには、「こんなふうに年を重ねたいな」と思える人たちが、今日も静かに、そしてちょっと照れくさそうに、笑って生きています。

配信サービス一覧

『東京家族』
U-NEXT
Hulu
Lemino
Amazon Prime Video
J:COM
FOD
RakutenTV
AppleTV

『家族はつらいよ』
U-NEXT
Hulu
Lemino
Amazon Prime Video
J:COM
FOD
TELASA
RakutenTV
AppleTV

『キネマの神様』
U-NEXT
Hulu
Lemino
Amazon Prime Video
J:COM
FOD
RakutenTV
AppleTV

タイトルとURLをコピーしました