『魔性の夏 四谷怪談より』『時代屋の女房』『魚影の群れ』――80年代、スクリーンが最も熱を帯びた夜を、もう一度。
イントロダクション
27年という短い生涯で、夏目雅子は何度生まれ変わったのだろう。
テレビの三蔵法師で全国を虜にしながら、映画の中では 「可憐」「魔性」「野生」 を同時に発光させるカメレオンだった。
しかも、その光は刹那的ゆえに濃い。気付けばこちらの心拍数を上げたまま、フッと視界から消える――。
今回は、彼女が頂点を駆け抜けた80年代前半の3作を一気に再訪。
“今この瞬間に上映を見届けた”かのような熱で、夏目雅子という奇跡を体感してほしい。
1 『魔性の夏 四谷怪談より』(1981年)

(C)1981 松竹株式会社
〈怨みの黒髪が揺れた――“妹・そで”に宿す未熟な狂気〉
蜷川幸雄が江戸怪談を青春ドラマへ転地。
夏目が演じるのは、お岩(関根恵子)の妹・そで。
毒気が充満する座敷で、姉の破滅を見届ける若い瞳――その 「哀れ」と「発火寸前の怒り」 が同時に映るカットは、観る者の呼吸を止める。
- 父と義兄を一度に失い、畳へ崩れ落ちる瞬間。頬を伝う涙は少女のもの、しかし背中に走る硬直は女の決意。
- クライマックス、“怨霊”に変貌した瞬間の絶叫。陰影を裂くあの声に、客席の体温が一気に下がる。
無垢と狂気の境界線を歩かせたら右に出る者はいない。
これが夏目雅子の“磁場”の始まりだ。

(C)1981 松竹株式会社
2 『時代屋の女房』(1983年3月)

(C)1983 松竹株式会社
〈銀色の日傘と昭和の埃――“真弓/美郷”一人二役で魅せる二色の残像〉
森崎東の人情喜劇にふらり現れる 銀傘の女・真弓。
野良猫を抱えた第一歩で、骨董屋〈時代屋〉の空気は一変する。
夏目はほとんど説明台詞をもたず、 「視線の動かし方」と「沈黙の笑いジワ」だけで背景を語る。
(C)1983 松竹株式会社
- 真弓がレコードに針を落とし、ちあきなおみ「アゲイン」が流れる。樂曲より先に心が震えるのは、彼女の“首筋の切なさ”のせいだ。
- 一方、そっくりだが温度の違う 美郷。指先で髪を払う癖、薄暗い喫茶店で見せる微笑――同じ顔なのに「別れの影」が匂い立つ。
“同じ容姿でまったく異なる余韻”。
夏目雅子は二役の呼吸数まで変えてみせる。

(C)1983 松竹株式会社
3 『魚影の群れ』(1983年10月)

(C)1983松竹株式会社
〈潮風と血の匂い――漁師の娘“トキ子”が放つ原始のエネルギー〉
相米慎二のカメラが捉えたのは、都会性をそぎ落とした夏目雅子。
“マグロ一本釣り”の町・大間で、トキ子は 「潮で焼けた肌」「素足の荒れ」「黒目の濁り」 までも役に溶かす。
(C)1983松竹株式会社
- 自転車で急坂を下りながら〈涙の連絡船〉を唄う 1 分超ロングショット。“風”すら演技に巻き込む、映画史級の疾走感。
- 父(緒形拳)に背中でぶつかり、恋人(佐藤浩市)とは波止場でキス――愛憎の両極を一日で切り替える表情筋。
- ラスト、マグロとの死闘を見守る眼差し。泣かない。叫ばない。ただ海と男を睨む “生き物”そのものの強度。
観終わる頃には、スクリーンの潮の匂いが喉奥に残る。
夏目雅子は「風景」さえ変えてしまう女優だった。

(C)1983 松竹株式会社
エンディング:瞬きの後にも残る“熱”
三作を立て続けに浴びると、あなたは気づく。
夏目雅子の真価は「役柄」ではなく「温度差」で出来ている。
妖艶→ミステリアス→野性――80年代の短い期間にここまで表情を変え、なおかつ一本一本に“決定版”の匂いを残す女優が他にいただろうか。
27年で燃え尽きた流星。
しかし、フィルムの中の彼女は今も 体温37.5℃のまま こちらを見つめ返してくる。
観客は再生ボタンを押すたび、毎回あの瞬間に恋をする。
さあ、あなたの目で確かめてほしい。
スクリーンが暗転した次の瞬間、鼓動が速まる――それが“夏目雅子”という現象だ。

(C)1983 松竹株式会社
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