映画コラム

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2016年03月24日

流麗な映像美とアヴァンギャルドな物語から日本の“今”が見える 『リップヴァンウィンクルの花嫁』

流麗な映像美とアヴァンギャルドな物語から日本の“今”が見える 『リップヴァンウィンクルの花嫁』

■「キネマニア共和国」

日本映画界をリードし続ける岩井俊二監督と、現代若手女優を代表する実力派・黒木華。両者の強力タッグによるユニークな映画が誕生しました……

キネマニア共和国~レインボー通りの映画街~vol.118

リップヴァンウィンクルの花嫁


(C)RVWフィルムパートナーズ


『リップヴァンウィンクルの花嫁』。しかしその中身は見て仰天、見終えて不思議なカタルシスに包まれる、至福の3時間を体感できること請け合いの快作です。

スリリングかつ優雅な映像美で進む
ヒロインの心の軌跡と変貌


黒木華演じるヒロイン皆川七海は、気弱で生徒からもバカにされがちな派遣教員。まもなくして七海はSNSで知り合いになった若者と結婚しますが、このとき親戚の少ない彼女は、何でも屋の安室(綾野剛)に結婚式の代理出席を依頼し、何とか事なきを得ます。

しかしある日、夫が浮気していることを知らされた七海は、これを機に転がり落ちるように運命を狂わされていきます……。

実はこの作品、あまりにも多くの複雑な仕掛けが張り巡らされていて、ストーリーを明かせば明かすほどネタバレになってしまう危険性があるので、これ以上は記しません。またご覧になる方も、あまり前情報を入れずにいたほうがよろしいでしょう。

ただし、ここであえて訴えておきたいのは、どちらかというと保守的で覇気のないヒロインが数奇な運命に弄ばれながら次第に健気で美しく、しかもこれみよがしではなくごくごく自然に変貌していく面白さで、そのための上映時間3時間は全然長くなく、スリリングかつ優雅で幻惑的です。

これまで数々の魅惑的ヒロインを構築してきた岩井俊二監督ですが、総じて女性の持つ少女性に立脚した純粋で複雑で繊細、ときにずるさも伴う魅力を引き出すことに秀でています。

リップヴァンウィンクルの花嫁


(C)RVWフィルムパートナーズ



ウソと不条理まみれの人生の中
しあわせとは……?


そんな岩井監督が黒木華と出会ったのは、2012年に日本映画専門チャンネルで岩井監督がホストを務めた番組『マイリトル映画祭』のアシスタントのひとりとして黒木華を起用したことに始まるようですが(映画に愛される未来の女優を探すというモチーフのオーディションで選ばれたとのこと)、その意味ではおよそ4年の月日を経てようやく映画での邂逅がなされたことになります。

地味で保守的な女性を演じながら、そこに嫌味なく存在感を醸し出しながらヒロインとして屹立していく黒木華の女優としての資質には改めて唸らされますが、一方ではヒロインを支え続ける何でも屋の安室を演じる綾野剛の飄々とした個性の中にも現代日本の光と影が見え隠れしています。

後半登場する真白役のシンガーソングライターCoccoの存在感も際立っていますが、このあたりアーティストを魅力的な俳優に転化させることに長けた岩井演出の賜物のようにも思われます。

さて、岩井監督は2011年の東日本大震災後、日本の置かれた状況を認識しながらの活動を続けていますが、本作にもさりげなく現代日本を指し示すキーワードがちりばめられています。

クラムボン、ガンダム、マザコン、メイド、AV女優、その他もろもろ、これらの要素を包括した“リップヴァンウィンクルの花嫁”とは現代日本においてどういう意味を持つのか、謎は解き明かすことよりも、その過程こそがスリリングであるといわんばかりのトリックの数々にぜひ酔いしれていただけたらと思います。

数えきれないウソと不条理に見舞われながら生き続ける人生において、しあわせとは一体何なのか?

本作を見終えて、そのストーリーだけを文字にしていったら、なんだかとてもアヴァンギャルドな印象を受けることでしょう。

しかしながら、それを岩井ワールド独自の淡く流麗な映像世界で展開させていくことによって、巧みに“今”が浮かび上がっていき、さらには不思議と前向きな気持にさせられていくのです。

今年の日本映画を代表する快作です。

公開後、作品を見終えた方々の感想などが、今からとても楽しみです。

■「キネマニア共和国」の連載をもっと読みたい方は、こちら

(文:増當竜也)

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