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持ち駒の中で必死にリベラルに振れたアカデミー賞、そして浮き彫りになった問題点
持ち駒の中で必死にリベラルに振れたアカデミー賞、そして浮き彫りになった問題点
ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2016からの帰路。第88回アカデミー賞の受賞結果が舞い込んできた。
レオナルド・ディカプリオが念願の受賞で、ピーター・オトゥールにはならずアル・パチーノになり、偶然にも同じ会場には「タイタニック」(97年、ジェームズ・キャメロン監督)の共演者ケイト・ウィンスレットがいて熱い抱擁を交わした。
他方、受賞すればなかなか素敵な展開になるなと思われた「クリード チャンプを継ぐ者」(15年、ライアン・クーグラー監督)のシルベスター・スタローンが賞を逃したなど話題が尽きないが、その一方で、今年のアカデミー賞は苦闘ぶり、蓄積した問題点が浮き彫りになった年だった。
近年のノミネートを振り返ってみる
まず今年の本命は「レヴェナント:蘇りし者」(アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督)が12部門ノミネートを受けた。作品のルックから見ても賞レースの中心となるに足る映画ではあるが、何分イニャリトゥ監督は昨年「バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」で作品・監督を含む4部門を受賞している。過去にも連続受賞はないわけではないが、やはりチョイスにバイアスがかかる。撮影のエマニュエル・ルベッキの3年連続受賞は素晴らしい結果だが・・・。
対抗に上がったのが10部門ノミネートの「マッドマックス 怒りのデス・ロード」(ジョージ・ミラー監督)。もはや神格化されつつあるシリーズの27年ぶりの新作で、映画ファンからの熱狂的な支持を集めていたが、なにぶんバイオンレンス・カー・アクション映画である。
かつて「スター・ウォーズ」(78年、ジョージ・ルーカス監督)「E.T」(82年、スティーブン・スピルバーグ監督)も主要部門から漏れた経緯がある。アカデミー賞はジャンル映画にはハードルが高いのである。「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」(03年、ピーター・ジャクソン監督)が受賞した歴史もあるが、これは1部、2部を経た結果の合わせ技のような受賞だった。これは「オデッセイ」(リドリー・スコット監督)にも当てはまる。「ヘイトフル・エイト」のクエンティン・タランティーノ監督も毎作品ごとにノミネートを受けてはいるが受賞は脚本賞までに留まっている。
これに続く作品が「スポットライト 世紀のスクープ」(トム・マッカシー監督)「マネー・ショート 華麗なる大逆転」(アダム・マッケイ監督)、演技部門では「リリーのすべて」「キャロル」(トッド・ヘインズ監督)「スティーブ・ジョブス」(ダニー・ボイル監督)「ルーム」(レニー・アブラハムソン監督)が並んだが、これらもテーマ的にオスカーが及び腰になるものばかり。
結果的に作品賞を受賞した「スポットライト」はカトリックの一大スキャンダルを、「マネー・ショート」はハリウッド同様ユダヤ系で構成されているウォール街が出し抜かれる姿を描いている。
「キャロル」と「リリーのすべて」はLGBTが絡んでいる。「ブロークバック・マウンテン」(05年、アン・リー監督)も本命とされながらも作品賞は逃した。そして「スティーブ・ジョブス」は苦手とするITのテーマの話。10年には「ソ―シャル・ネットワーク」(デヴィッド・フィンチャー監督)が「英国王のスピーチ」(トム・フーパー監督)に敗れた。面白い話だが同年の英国アカデミー賞では「英国王のスピーチ」ではなく「ソ―シャル・ネットワーク」に作品賞を送っている。
こんな具合に、何を選んでもアカデミー賞自身が築き上げてきた選考基準に自縄自縛状態になってしまった。
#Oscars So White
ここまでで、すでに連続受賞、テーマ、ジャンルなどの敬遠条件がそろってしまっている中で、さらに追い打ちをかけたのがスパイク・リー監督による「百合のように白い」発言である。イニャリトゥ監督がメキシコ系である以外はすべて白人がノミネート枠を埋めた。
これを受けてスパイク・リー監督が百合のように白いと批判し、ボイコットを呼びかけ始めた。賞レースの一角を占めていたウィル・スミスらがこれに呼応。司会者を務めたクリス・ロックにもボイコットを求める声も上がった。今年の賞レースを見ると「ストレイト・アウタ・コンプトン」(F・ゲイリー・グレイ監督)「クリード チャンプを継ぐ者」(ライアン・クーグラー監督)「コンカッション(原題)」(ピーター・ランデズマン監督)など黒人製作者、黒人俳優が絡んだ作品があった、ほぼ無視されてしまった。
また同じように長年叫ばれ続けてきたハリウッドの女性軽視についてもオスカー女優ジェニファー・ローレンスが発言したことで耳目を集めた。
これらの流れを受けて2020年までに白人男性が大多数を占める会員構成を変え、女性と非白人の会員を倍にするという改革案を発表した。
とはいえ、今回はすでにノミネートを発表してしまった。この状況の中でどれだけ保守的に見えないようにしなくてはならなくなった。
そして、発表
では、どれだけ開明的になったかというと、疑問が残る結果となった。オスカー側の言い訳が透けてみえている。
助演女優賞は「リリーのすべて」のアリシア・ビガンダーに贈った。LGBTについて少しは理解がありますよと見せつつも主演のエディ・レッドメインだと二年連続になってしまうので、苦肉の選択のように見えてしまう。
助演男優賞はスタローンにあげて涙を誘えばよかったものの、英国籍(非アメリカ人)で地味なキャリアの俳優のマーク・ライランスに決めた。
主演女優賞だけは恵まれていて、新星とベテラン女優の会心の演技がローテンションを構成できているので何とか着地できた。
主演男優賞は今年はディカプリオに贈っていいんじゃないか?という空気ができていたのでそれに甘えた。
そして、監督賞と作品賞。二年連続で同じ監督作品に贈ることへの最後まで抵抗があったようで、結果として割れた。といっても本命の「レヴェナント」を軽視するわけにはいかず、監督賞はイニャリトゥを選んだ。2年連続受賞は13回・14回のジョン・フォード、22回・23回のジョーゼフ・L・マンキーウィッツ以来、約65年ぶりの出来事である。
最後の作品賞は宗教、LGBT、ジャンル、ITという苦手なテーマの中から、ジャーナリストの活躍と、アメリカがプロテスタント系国家であるということから、消去法的に「スポットライト」を選んだ。監督賞と作品賞はセットであることが大半だ。割れた時にはそれ相応の理由や、志向、想いが感じられるものである。
Photo by Kerry Hayes (C) 2015 SPOTLIGHT FILM, LLC
ところが今年の結果はまるでアリバイ作りのように賞を配分したように見えてしまう。過去にはこの2賞を割った意味合いを感じられることもあった。第75回では、監督賞に「戦場のピアニスト」のロマン・ポランスキーを選び戦争の悲惨さを見せた一方で、作品賞は「シカゴ」(ロブ・マーシャル監督)を選び、映画の娯楽性を信じて見せた。
ところが、最近はどうもアカデミー賞の顔が見えない。85回は「アルゴ」に作品賞を送る一方で監督賞はアン・リーになった。作品賞の枠だけ広がって監督賞が5枠のままということの弊害が出てベン・アフレックが候補から漏れてしまった結果である。翌年の86回も3Dジャンル映画「ゼロ・グラビティ」に作品賞まで贈るのには腰が引け、「それでも夜が明ける」(スティーブ・マックイーン監督)と分けた。
見えてこないアカデミー賞の志向
同じ表現になるが、目下アカデミー賞は自縄自縛状態にある。敬遠して回ってきたテーマに対して逃げられなくなっている。自分たちの考え方・選び方と時代にズレが生じていることを半ば認識していながらも回を重ねてきてしまい、とうとう、今年は表出してしまった。
自分達の選び方に苦しんでしまっている。こうなると賞の顔が見えなくなり、賞の重みも消えていく。大衆受けを狙えというわけではなく、アートに極端によるのでも構わない(興行的には大問題だが・・・)。
こういう理由で選びましたということが胸を張って言える結果を出せるように、アカデミーには意識改革が求められている。
第88回アカデミー賞受賞結果
【作品賞】「スポットライト 世紀のスクープ」
【主演男優賞】レオナルド・ディカプリオ「レヴェナント:蘇えりし者」
【主演女優賞】ブリー・ラーソン「ルーム」
【助演男優賞】マーク・ライランス「ブリッジ・オブ・スパイ」
【助演女優賞】アリシア・ヴィカンダー「リリーのすべて」
【監督賞】アレハンドロ・G・イニャリトゥ「レヴェナント:蘇えりし者」
【脚本賞】「スポットライト 世紀のスクープ」
【脚色賞】「マネー・ショート 華麗なる大逆転」
【撮影賞】「レヴェナント:蘇えりし者」
【美術賞】「マッドマックス 怒りのデス・ロード」
【音響編集賞】「マッドマックス 怒りのデス・ロード」
【録音賞】「マッドマックス 怒りのデス・ロード」
【編集賞】「マッドマックス 怒りのデス・ロード」
【作曲賞】「ヘイトフル・エイト」
【歌曲賞】“Writings On The Wall”「007 スペクター」
【衣装デザイン賞】「マッドマックス 怒りのデス・ロード」
【メイクアップ・ヘアスタイリング賞】「マッドマックス 怒りのデス・ロード」
【視覚効果賞】「エクス・マキナ(原題)」
【外国語映画賞】「サウルの息子」(ハンガリー)
【長編アニメーション賞】「インサイド・ヘッド」
【短編アニメーション賞】「ベア・ストーリー(原題)」
【短編実写映画賞】「スタッタラー(原題)」
【長編ドキュメンタリー賞】「AMY エイミー」
【短編ドキュメンタリー賞】「ア・ガール・イン・ザ・リヴァー(原題)」
(文:村松健太郎)
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