『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』が魅せる切なすぎる恋の魅力
(C)2016「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」製作委員会
七月隆文のベストセラー小説を映画化した『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』が昨年の12月17日より公開となっています。監督は『ソラニン』『青空エール』など若者の青春を描く手腕に定評のある三木孝浩。脚本は『僕等がいた』(前・後編)や『ホットロード』、『アオハライド』でも三木監督とタッグを組んだ吉田智子が務め、きらめきだけではない、胸に深く迫るような青春ラブストーリーを描き続ける二人の名手が本作でも安定のコラボレーションを見せています。
今回の「映画音楽の世界」では、そんな『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』を紹介したいと思います。
彼女の涙の理由。たった30日だけの恋
前述の通り、原作は100万部を突破した七月隆文のベストセラー小説。一風変わったタイトルと、人気イラストレーターのカスヤ ナガトの描いたカバーに寄せられて目にしたり手に取った方も多いのではないでしょうか。そんなベストセラー小説の映画化の主演としてキャスティングされたのは、共に破竹の勢いで出演作品を重ね上げていく福士蒼汰と小松菜奈。二人の人気若手俳優が、古さと新しさが混在する風光明媚な京都の風景の中で、柔らかな空気の中でかけがえのない大切な時間を過ごします。映画は下手に導入部を作っていないため、すんなりと物語に入ります。いつものように通学の電車に乗った高寿が同じ車両に乗り合わせた愛美に一目惚れ。思いがけず声を掛けたことから二人の距離は縮まり、東出昌大演じる上山の助言もあって高寿は愛美とデートを重ねながら想いを確かめ合います。
高寿と愛美の二人が共有する時間の描き方は、青春映画で評価の高い三木監督の演出手腕がまさに冴え渡ります。胸をくすぐられるような、透明感にあふれた二人の時間。すべてが愛しく、誰もが二人の未来に思いを馳せたくなるような描写の連続です。
しかし、「涙もろい」と自ら認める愛美が流す涙が同時に高寿と観客の心に小さな引っかかりを植え付けます。それは愛美が残した手帳を見たことで不安になるほど大きく膨らみ、やがて愛美から衝撃の事実が語られ、物語は大きく動き出します。
この時点で映画は「よくある青春もの」からシフトしていきますが、過剰な演出は見せず、二人に寄り添い続ける視点がしっかりと青春映画としてのテーマを維持し続けるのが心地良い。そして同時に、高寿の苦悩と愛美の痛み、そのどれもが止めようもない時間の渦の中で観客もともに巻き込まれ、共有します。
愛美がこぼした涙の意味。計り知れない想い。そんな愛美が目の前にいる意味を理解し、あまりにも大きな壁を乗り越えて走り出した高寿の姿が、実に男らしいではないですか。
巡り巡る運命の輪を主軸に置いた本作には暗示的に輪を示すものがたびたびスクリーンに映り込みます。アンティークや円形の窓枠、メリーゴーランドだったり。高寿の実家の店舗で父親が自転車のタイヤを修理しているのも、運命の輪を象徴する意図だったのかもしれません。そんな運命の輪の中で交錯する高寿と愛美が迎える結末に、誰もが胸を締め付けられるはず。
(C)2016「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」製作委員会
二人の恋を彩る音色
本作の音楽を担当したのは、ピアニストの松谷卓。三木監督作品への登板は、『僕等がいた』(前・後編)、『くちびるに歌を』に続いてとなります。オープニングから鍵盤の優しげな旋律が高寿の初々しい性格を表現。そのまま高寿、愛美二人の美しくも儚げな時間を決して邪魔することなく、そっと寄り添い続けるように流れ続けます。昨今の恋愛映画にありがちな誇張的な音楽は当てはめず、常に二人の心情を表現するに徹した、温もりと、哀愁感を帯びたメロディ。奏者一人一人のつま弾く弦の音が、叶わぬ想いにシンパシーを感じているかのように音色を紡いでいくイメージが脳裏を過ります。それほど、一音一音が大切に扱われ、高寿と愛美のかけがえのない時間を彩ると同時に観客の感情と映画を橋渡しする役目も担っているように思えました。
市川拓司原作の映画『いま、会いにゆきます』や『そのときは彼によろしく』など、「切ない恋愛感情」で手腕を発揮する松谷卓だけに、まさに本作はうってつけの題材だったのではないでしょうか。金髪ルックの容姿からは思いもよらない、ピアニストらしい実に繊細な松谷卓の奏でる音楽が、『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』の世界を優しく包み込みます。
主題歌[ハッピーエンド]を担当したのは人気グループback number。小林武史プロデュースのもと、「愛する」ということの意味を、言葉を丁寧に積み重ねながら綴る壮大なバラードに仕上がっています。すべてに答えが出た終幕に響き渡るフレーズに耳を傾けると、一層高寿と愛美の睦まじい姿が愛おしく思え、本作のメッセージ性に気付くのではないでしょうか。運命の輪を象徴していた本編から、[ハッピーエンド]が流れるエンドクレジットの映像も、答えを見出し愛美との結末を迎えた高寿が辿る道筋を示したものなのかも知れません。
まとめ
一見すると青春映画のように見えて、物語が大きく動き出す「愛美の告白」からは現在、過去、未来と時間軸が重要な要素を持つことになる本作。緻密な設定に驚くと同時に、それは既にオープニングから種を撒かれていたので改めて劇場に足を運ぶリピーターも多い様子。愛美の流す涙の意味に気付いた高寿のように、二回目以降の鑑賞は二人の行動のひとつひとつが胸に迫り、一度目の鑑賞以上に二人が過ごす時間が愛おしく思えるはず。原作小説を読み、鑑賞時に足りなかった部分を補填しつつ、改めて劇場に向かうというのも本作を隅々まで楽しむ方法の一つではないでしょうか。これから初めて鑑賞される方も、既に鑑賞された方ももう一度、スクリーンの中で輝き続ける高寿と愛美の偽りのないピュアなラブストーリーを見守りましょう。
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(文:葦見川和哉)
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