『雪女』監督&主演・杉野希妃インタビュー、どんなキラキラ映画よりもキラキラと、美しくも哀しく輝く雪女の愛と絆
本当に自分が大好きな俳優だけをキャステイング
── その伝で、あえて誤解させていただくと、本作の水野久美さんも、またある種の“物の怪”だったのではないかと思える瞬間がありました。
杉野「合ってます」(笑)。でも水野さんが演じてくださった“ばあば”の、どこか超越した特異な存在感は本当に素晴らしかったですね。
── ただし水野さんと言いますと、我々東宝特撮映画世代にとって『マタンゴ』をはじめとしてハイカラかつ妖艶な美女というイメージがずっと固定化されていましたので、今回はその点でも驚きでした。
杉野 実はそこを意識していたのですが、またそれ以上にご本人も「メイクなんかしなくていいわよ。ばあばって、もっとこうなんだから」っておっしゃってくださって、すごく意欲的に、それこそあの役に身を捧げてくださったんです。お母さん役の宮崎美子さんも同じですね。そう、今回は本当に私自身が大好きな俳優さんたちを、贅沢にキャスティングさせていただきました。
──巳之吉役の青木崇高さんも悪人をやらせると本当に憎々しく、善人をやらせると本当に友達になりたくなるような役者力を持った俳優ですが、今回は後者の魅力が素朴に醸し出されていましたね。
杉野 ホント、青木さんはすごく素敵で、人間的にも熱い方なんですよ!
──そもそも雪女はなぜあの吹雪の夜に彼を殺さなかったのか? そしてしばらくして彼のもとに現れたのか? 原作だとまったくその理由は描かれていないわけですが、こうして画にするとすべてが理解できる。また彼自身が孤独なキャラクターでもあるので、お互い惹かれあっていく過程にも違和感がない。
杉野 青木さんみたいな“動”が似合う役者さんが得体のしれないものに翻弄されていくとき、どういう風な葛藤を示すかにすごく興味があったんです。
──“動”が似合う人って“静”も似合うんですよね。
杉野 そうなんですよ。危険だとわかっていながらも突き詰めてしまう人間のサガみたいなものを、現代に想いを馳せながら巳之吉に託したところも多分にあります。
──娘ウメ役の山口まゆさんも非常に印象に残りますね。
杉野 私もまゆちゃんで本当に良かったと思っています。 子供でもない大人でもないアンバランスな色気が、人間と雪女の混血の存在を際立たせていました。
── 現在公開中の『相棒 劇場版Ⅳ』でも彼女は好演していましたが、それ以前にこの作品の撮影で“映画”の洗礼を受けていたからこそだなと。
杉野 校庭のちょうちんブルマ姿もそうですが(笑)、川での成人の儀式のシーンの彼女もすごく映えていました。
── 美術もいいですね。特に雪女に襲われるときの古びた山小屋は、その後も幾度か登場して、この映画のひとつの大きな象徴にもなり得ています。
杉野 美術は種田陽平さんのお弟子さんの田中真紗美さんにお願いしたのですが、本当に頑張ってくださいました。 山小屋のセットも一から作ってくださって。期待以上の世界観に仕上げてくださいましたね。
──音楽のsow jowさんは、これまでの杉野作品の音楽を担当し、本作では脚本にも参加している富森星元さん。今回は“音楽”という要素もさながら“音響”という感覚も濃厚で、やはりストイックに仕上がっているなと感じました。
杉野 そうですね。今回は音楽的ではなく“音”としての響きを大事にしながらやっていただきました。 クラシックとモダンの融合を音でも表現できたと思います。
全編を故郷・広島で撮影そして先達へのリスペクト
── ところで、今回は全編を広島で撮影しているとお聞きしました。劇中の台詞も広島弁で統一されています。正直、あんなに雪深いところが広島にあるとは驚きでした。
杉野 実は広島と島根の県境手前にある庄原という地域は、 豪雪地帯と言われるくらい雪が積もることで有名で、日本最南端のスキー場もあるんですよ。ですので今回そこを活かして撮影したいと。また運命的だったのが、ちょうど尾道から松江に向けて尾松道という道ができたばかりで、今回はその道に沿いながらロケしていくことができたんです。渡り舟のシーンは三次(みよし)市で、その上の上下町(じょうげちょう)で町並みを撮ったりしながら北上し、 庄原にたどり着く形で撮影していきました。私が広島の出身なものですから、いつか地元で映画を作るというのが夢だったんですね。そして雪女の映画を撮るにあたって、台詞を標準語にしたくなかったんです。方言のほうが、村の閉鎖感が出ると思いまして。ならば、どこの方言がいいかというところから連想していくうち、「広島なら雪も降るし、いいじゃん!」と(笑)。
── そういった作り手の想いも反映されているのでしょうか。この映画、見る側を幻惑的にさせると同時に、文字通り凍りつくような雪女の所業や人の業などを描きつつ、良い意味で画が冷たくない。むしろ温かいのです。でも、だからこそ後々のドラマの悲劇性も高まっていく。
杉野 それも自分ではまったく意識していなかったので、今言われて驚きましたが、 雪女の自我の形成や人間化していく過程も描いているのでそう思われたのかもしれません。また、小津安二郎監督や吉村公三郎監督の映画のような雰囲気を出したくて、カラコレで画を調整したことで、そういう雰囲気になったのかなという気もします。 撮影の上野さんやカラリストの廣瀬さんともご相談して、色使いは小津監督が多用されたドイツのアグファ・カラーを参考にしました。
──ご自身のこだわる画や空気感といったものが、巧まずして自然に出てしまうのが、創作者というものなのでしょうね。何よりも、杉野作品における厳しくも温かい視線は、こちらは常に感じておりますので。
杉野 映画って見終わってみんなで議論することもまた楽しみのひとつだと思いますし、この作品もどんどんみなさんに語っていただきたいです。
──溝口健二監督作品がお好きだというのは『マンガ肉と僕』でも如実に顕われていますが、増村保造監督作品も大好きだと最近お聞きして、それも面白いなと思いました。増村監督は過剰なまでの説明台詞をある種の凄みに変えながら、もはや言葉では説明のつかない独自のストイシズムを醸し出していった天才だと思っています。そう考えますと、杉野監督も今回とは真逆の台詞まみれの映画を作ってみたらどうなるのか? そんな興味もわいてきました。
杉野 それも面白そうですね(笑)。実際、これまで監督した3作品ともすべて傾向が違いますし、今は何でもやってみたいと思っています。ウディ・アレンみたいな都会派の映画もやってみたいし、後はもう10年くらい前からずっとミュージカル映画を作りたいと思っていたところに『ラ・ラ・ランド』が出てきて、まだ見てないんですけど、先にやられてしまったなぁとちょっとだけ悔しくもあります (笑)。今回みたいな寓話的なものもいっぱいやっていきたい。ただ、どんなジャンルのものであっても、私自身は“豊かな映画”を作り続けていきたいですね。これだけは変わることはないです。
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(取材・文:増當竜也)
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