『愛がなんだ』が原作以上となった「3つ」の理由。影の主役、若葉竜也の演技に注目!
©2019映画「愛がなんだ」製作委員会
人気作家・角田光代の同名恋愛小説を、岸井ゆきのの主演で映画化した『愛がなんだ』が、4月19日から全国公開された。
上映劇場によっては満席で観られない回もあるなど、映画ファンの間でもかなりの話題となっている本作。
ストーリーや予告編の印象からは、どこか『勝手にふるえてろ』を思わせるのだが、果たしてその内容と出来は、どの様なものだったのか?
ストーリー
猫背でひょろひょろのマモちゃん(成田凌)に出会い、恋に落ちた。その時から、テルコ(岸井ゆきの)の世界はマモちゃん一色に染まり始める。会社の電話はとらないのに、マモちゃんからの着信には秒速で対応、呼び出されると残業もせずにさっさと退社。友達の助言も聞き流し、どこにいようと電話一本で駆け付け(あくまでさりげなく)、平日デートに誘われれば余裕で会社をぶっちぎり、クビ寸前。大好きだし、超幸せ。マモちゃん優しいし。だけど。マモちゃんは、テルコのことが好きじゃない…。(公式サイトより)
予告編
理由1:思わずヒロインの行動に共感、応援したくなる!
友人の結婚式の二次会で、何となく意気投合したテルコとマモルの二人。最初はマモルの綺麗な"手"に魅かれたテルコだったが、次第に彼女の生活はマモル一色に塗り替えられていく。
好きなマモルの都合に自分の生活パターンを合わせ、ついには仕事まで変えてしまうテルコの姿は、原作小説でも語られる通り、一歩間違えればストーカー? とも取られかねないもの。
実際、あまりにマモルの好みに合わせたり、風邪で寝込んだ彼の役に立とうと張り切り過ぎた結果、マモルから距離を置かれたり、彼の部屋から追い出されたりする始末。
©2019映画「愛がなんだ」製作委員会
マモルのことで頭が一杯なテルコはついに会社をクビになるが、次の就職先の条件も、最重要なのはマモルからの誘いにすぐ対応できる様に、時間的に融通の利く仕事だという有様。しかもその面接でさえマモルから頼まれた買い物のために、面接に向かう途中でドタキャンしてしまうのだ。
この様に、マモルからの誘いのためなら、自分の仕事までも犠牲にできるテルコのキャラクターや、相手と体の関係があっても、なお片思いであるという関係性、そして何よりも「自分の好きな人になりたい、相手と同化したい」という、実現不可能に思える彼女の最終目的だけに、テルコの行動やマモルへの強すぎる想いに共感できるかどうか? そこが本作を楽しむための重要なカギとなってくる。
©2019映画「愛がなんだ」製作委員会
当人は充実した日々を送っているのかも知れないが、観客側から観ると非常に苦しい恋愛関係の中にいるとしか思えないテルコ。だが、演じる岸井ゆきのの好演により、観ているこちらも彼女を応援したくなるし、テルコに優柔不断な態度を取るマモルに対しても、いまいち否定的になれないのは、やはり演じる成田凌の透明感によるところが大きい。
現実にいたら非常にやっかいで重そうな登場人物たちを、愛すべき"恋愛挑戦者"として見事に命を吹き込んだ出演キャスト陣の演技により、ヒロインのテルコに共感できて、その恋の行方を見届けたくなってしまう本作。
果たしてあなたは、テルコとマモルの関係性に何を思うだろうか?
理由2:影の主役、若葉竜也の演技に注目!
本作で観客の注目を集めるのが、カメラマン志望のナカハラを演じる、若葉竜也の演技と存在感だ。
テルコとマモルの様に微妙な関係を保っている葉子(深川麻衣)の言いなりになって、ひたすら彼女のために尽くすナカハラを、そのセリフ回しや表情まで原作通りに再現する演技力は必見!
実は原作小説中のナカハラは、映画ほど前面に出てくるキャラクターではなく、原作では別荘での1泊旅行にも彼は参加しないし、何より彼の葉子への想いが報われることも無かったりする。
それだけに、ラストに用意された映画オリジナルの展開も含めて、本作がナカハラのキャラクターを膨らませて登場シーンを多くしたのは、やはり若葉竜也という素晴らしい役者の存在があったからでは? そんな考えも浮かんでくるほど。
恋愛においては、お互いに似たような状況にいるテルコとナカハラだが、決定的に違うのはナカハラが今の状況に諦めを感じているのに対して、テルコには恋愛感情を超えた先の目標があり、何よりマモルとの関係性がテルコに生きる意味を与えてくれている点だ。
事実、原作では、最後に自分から葉子のことを諦めたナカハラは、そのまま皆の前から去ってしまうのだが、映画では独自の名アレンジにより、ナカハラにも男としての成長と再挑戦の機会が与えられるのは見事!
©2019映画「愛がなんだ」製作委員会
もちろん、若葉竜也以外の出演キャスト陣も皆素晴らしい演技を見せてくれるのだが、中でもテルコが再就職した健康ランドの同僚、蒔田さんを演じる片岡礼子の存在感は、正に絶品の一言!
原作で描かれる様な、おだやかな話し方の太った女性とは正反対の、一見冷たそうで近寄り難く見えた彼女が、テルコと一緒に風呂に入って話を聞いてくれている、というシーンだけで、この人が本当は優しい人だと観客に分からせるからだ。
実は、蒔田さんが離婚して2人の男の子(10歳と8歳)を育てていることが原作では語られるのだが、それも映画では、彼女が乗る自転車にチャイルドシートが付いているのを見せることで表現するのは、さすが!
ちなみに映画では説明されていないのだが、テルコが働く健康ランドは住宅街の中にあって、しかも彼女の勤務時間帯は平日の午前10時から午後4時まで。なるほど、これならマモちゃんから夜に誘いがあってもすぐ対応できるというわけだ。
原作にあった脇役の設定を膨らませて作品中の人間関係をより深く描こうとする、今泉力哉監督の原作小説からの名アレンジは、必見です!
理由3:原作との違い・改変が、より豊かな恋愛模様を生んだ!
原作小説が映画版と異なる点は、テルコとマモル、それにすみれとの関係性を中心に描かれていること。
そのため、後半の別荘に遊びに行くエピソードでも、原作ではナカハラが参加することはないし、葉子とテルコが盛大にケンカして疎遠になるという展開も登場しない。
©2019映画「愛がなんだ」製作委員会
ヒロインであるテルコの一人称で進む原作小説は、彼女の語りのテンポの良さや言葉の選び方が、時に"ラップ"を思わせる箇所もあるため、彼女の心情やマモルへの想いが加速度的に高まっていく様子が、読者に実によく伝わってくる。
更に原作では、映画で描かれなかったテルコの高校時代のエピソードも紹介されるため、現在の彼女の恋愛観や性格が形成された理由や経緯が分かるのに加えて、現在28歳のテルコが今まで好きになった男が、マモルを含めて3人だけであり、しかも前の二人は大学時代の恋人と、マモルと出会う頃まで付き合っていた妻子持ちの男ということも明らかにされている。
過去に大学時代の彼氏の浮気が原因で別れているなど、今まで恋愛の成功体験が少なく、自己評価が非常に低いテルコ。それだからこそ、自分が好きな相手に必要とされたり役に立つこと=自分の存在意義を確認できる、と思ってしまい、相手のためを思って尽くし過ぎた結果、逆に重く取られたり、距離を置かれるという悲劇を生むわけだ。
こうした映画を補完してくれる記述が原作小説には多いのだが、それ以上に、映画独自のアレンジがより面白さと完成度を増している点も見逃せない。
実は今回、映画を鑑賞後に原作を読んだのだが、正直「え、ここで終わりなの?」と思ってしまったほど、テルコとマモルの関係が先の見えないままで決着がつかずに終わる原作に対して、映画版ではオリジナルの結末が用意されていることで、鑑賞後の余韻と満足度は原作を超えるものがあると感じた。
©2019映画「愛がなんだ」製作委員会
「マモちゃんになりたい」そんなテルコの願いが叶った様にも見えるこの結末は、一瞬どういう意味か分からないのだが、鑑賞後に思い返すと実に深い意味を持つことが分かってくる。
逆に言えば、マモちゃんの言った何気ない一言(おそらく本人は覚えていないのだが)を、テルコがちゃんと覚えていて、しかも彼女の目的がある意味実現したことの象徴として、ある種のハッピーエンドとも取れる素晴らしいものとなっているからだ。
理由1で触れた様に、ヒロインにどれだけ共感・感情移入できるかが結構重要な要素となる作品だけに、テルコの過去が語られる原作に目を通されてから鑑賞すると、より彼女を理解しやすくなるので、時間に余裕のある方は是非!
最後に
他人に必要とされることで、自分の存在価値を確認したいという気持ち。そして、好きな人についつい世話を焼いたり過剰に気を遣ったりして、逆に重たがられてしまうというのは、恐らく誰でも経験のあることではないだろうか。
果たして本当に相手のことが好きでやっているのか? それとも自分がやりたいことを、相手の気持ちを考えずに、ただ押し付けているだけなのか? こうした恋愛においての永遠の問題点が、三者三様の恋愛模様を通して描かれる本作は、多くの観客に過去の恋愛体験を思い起こさせるものとなっている。
©2019映画「愛がなんだ」製作委員会
恋愛に対しての主導権を放棄してもなお、マモルのことを第一に考えて仕事まで変えるテルコの行動は、一歩間違えるとストーカーへとエスカレートしかねないもの。だが、テルコが執着しているのはマモルに対してではなく、マモルを第一に考えて行動する彼女自身なのでは? そう思えてならなかった。
原作では、「愛がなんだ、そんな言葉の意味に関係なく、自分の想いに忠実に生きていく!」といった様に、テルコの日常は続いていくのだが、それに対して映画では、テルコとマモル以外の登場人物の役割を膨らませて、その対比の中で「愛とはなんだ?」と、観客に考えさせる様な構成になっているのは見事!
特に、映画『勝手にふるえてろ』が好きな方には、絶対に共感できる作品なので、全力でオススメします!
(文:滝口アキラ)
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