映画コラム

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2020年10月03日

『ある画家の数奇な運命』レビュー:邦題に偽りなしの、個人とドイツの激動史!

『ある画家の数奇な運命』レビュー:邦題に偽りなしの、個人とドイツの激動史!



それぞれの時代と環境の中
人々の生きる営みが描出


ナチス独裁から戦後の東西分断と激動の歴史を歩んできた20世紀のドイツですが、それは当然ながら国民のひとりひとりの人生にも多大な影響を及ぼしていきます。



本作の主人公クルトもまた、いわゆる初恋の女性と思しき叔母をナチスに殺され、戦後の東西分断後は社会主義国たる東ドイツでの日常、ベルリンの壁が構築されることでの決断、芸術家としての試練、義父との葛藤……などなど、様々な試練と対峙していきます。

しかし、幼い頃に叔母から聞かされた言葉が、彼の苦悩と葛藤の多き人生の支えとなっていくのです。

「目をそらさないで。真実はすべて美しい」

本作の監督フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクは、東ドイツの秘密警察“シュタージ”に属する主人公が芸術家を監視していく中での心の揺れを描いた『善き人のためのソナタ』(06)でアカデミー賞外国語映画賞を受賞した俊英で、本作も第91回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされました。

実は本作にはモデルがいます。

現代美術界の巨匠ゲルハルト・リヒターです。

もっとも映画化にあたり、リヒターは登場する人物の名前はすべて変えること、何が事実で何が事実でないかは絶対に明かさないことを条件にしたとのこと。

このことによって映画ならではの虚実交えた膨らみがもたらされるとともに、人生そのもののファンタスティック性まで醸し出されることに繋がった感もあります。

現代ドイツ映画界の俳優陣の層の厚さにも毎回うならされるものがありますが、今回もキャストひとりひとりの名演は強調しておきたいところで、特に義父を演じたセバスチャン・コッホの存在感には目を見張らされるものがあります。

さらには撮影監督がキャレル・デ・シャネル!

古くは『チャンス』(79)や『ワイルド・ブラック 少年の黒い馬』(79)、『ライトスタッフ』(83)『ナチュラル』(84)などで当時の映画ファンを熱狂させ、その後も『パトリオット』(00)『パッション』(04)『リンカーン 秘密の書』(12)、そして昨年の『ライオンキング』(19)と、この人の名前がクレジットされていれば何はともあれ見てみたくなるほどの名匠です。

今回もナチス、東ドイツ、西ドイツといった、時代と環境の変化が巧みな空気感をもって描出されており、そのことでどの時代にも人々の生活の営みがあったことまで訴えられています。

まもなく年末になるとともに恒例の映画賞やベストテンなどが発表されますが、本作もまた海外映画部門の中でどれだけの支持を得られるか、実に楽しみな一作ではあります。

私? 今のところ2020年に見た洋画の中で、これがベスト1です!

(文:増當竜也)

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