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2020-12-24

【ネタバレ】『囀る鳥は羽ばたかない The clouds gather』<R18+>レビュー|百目鬼、頭を頼むぞ

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殴る、蹴る、セックスする——。

過激な暴力・性描写も描かれるBL漫画『囀る鳥は羽ばたかない』が、まさか劇場アニメになるとは思ってもみませんでした。

今回は『囀る鳥は羽ばたかない The clouds gather』の魅力について、とことん語らせてください。

※鑑賞済みの方向けの記事です。未鑑賞の方、ネタバレを避けたい方はご注意ください。

矢代という人間に迫る90分



恋愛作品のストーリー展開と言えば、ふたりの関係性の変化を追っていくものが多いと思います。それは男同士の恋愛を描くBLでも同じです。しかし『囀る鳥は羽ばたかない The clouds gather』では、主人公の矢代にスポットライトをあてたストーリーが、約90分間のフィルムにまとめられていました。

1人の人物に焦点をあてるとなると、その人の心情の変化は分かっても相手や周囲のことまで把握するのは難しくなります。しかし本作の場合は「矢代を知る」という土台がなければ、今後繰り広げられていく「複雑かつ切ない人と人との関係性の変化」を深く追えなかっただろうと思わされたのです。

「ドМで変態、淫乱」な自分でありたい、矢代



矢代は「真誠会」というヤクザ組織の若頭です。何を考えているか分からない、いかにも切れ者な彼に、多くの組員が恐れをなしています。

一方で矢代には“好色家”な一面も。ドMで普段からセックスのことしか頭になく、友人の情事を盗撮しようとするなど、一見すると「理解できない」言動が目立つ人物として描かれています。

しかし彼がこうなったのには理由があります。それは幼い頃から義理の父親に受けていた性的暴力です。辛くて苦しい、誰からも救いの手が差し伸べられることはない環境を生き抜くために彼が選んだのは、「どんなセックスをも快楽として受け入れること」でした。

一方的な欲をぶつけられるセックスに、本当は心を大きく痛め、苦しみ続けている。しかし快楽と受け入れてしまえば、自分はかわいそうな存在ではなくなる——。矢代にとって自分の中に矛盾を抱き続けることこそが、彼なりの自尊心の保ち方であり、生きていくための手段だったのではないかと思います。

物語の構成上、もしも矢代の壮絶な過去がさらっとしか触れられていなかったとしたら、彼は“ちょっと異常な人”止まりだったかもしれません。矢代はなぜ自分がされてきた行為をあっけらかんと話しているのか。ドMで淫乱であろうとするのか。その背景にあるあまりに辛すぎる過去を知ってはじめて鑑賞する側は、その後の矢代にほんの少し歩み寄れる気がするのです。

誰よりも綺麗な、矢代


常に“シモ”のことし考えていないと言う矢代ですが、実は誰よりも純粋で初心な人物だとも思います。


実は矢代には、高校時代からずっと想いを寄せている影山という友人がいます。しかし矢代はこの想いを影山に伝えることはありません。なぜなら、叶わない願いだと知ってしまったからです。

矢代は影山に高校時代、親友として大事だと打ち明けられています。加えて影山は大人になってから、矢代のお気に入りでチンピラの久我と付き合うようになります。つまり影山への想いが成就しないのは、「矢代じゃダメ」というシンプルかつ残酷な理由によるものなのです。


高校時代から大人になった今に至るまでずっと、影山への想いが叶わないと突きつけられている矢代。そんな矢代が本作中で唯一感情をむき出しにするシーンがあります。それは高校時代に影山のコンタクトケースを握りしめて、独り自宅で涙を流す場面です。

映画のラストで流れたこのシーンにのる、「人間を好きになる孤独を知った」という矢代のモノローグ。成就することのない想いの切なさ、苦しさを知りつつも、「“人間に”惚れたのは後にも先にも一度だけだ」と言うくらい一途に影山を想う矢代に、ドМで変態、淫乱な面影は感じられないでしょう。

また矢代は、影山への一途な想いを宝物のように大切にしているのではないかと思うのです。健全とは到底言えない関係を持ってきた矢代にとって、誰かを一途に思える“綺麗な自分”がいるという事実は、壮絶な人生における束の間の救いにもなっていたのではないでしょうか。

恋愛初心者な、矢代


セックスの経験値が豊富な矢代ですが、恋愛となると話は別です。

そもそも矢代は本気で好意を持たれた相手とは、何かと理由をつけてなんとしてでも距離を置くようにしてきました。また寝る相手も誰でもいいわけではなく、どうでもいいやつ限定という徹底ぶり。つまり想いが交わることのない行為しかしてこなかったわけです。

そんな彼のもとへ性的不能の百目鬼(どうめき)が、付き人兼用心棒としてやってきます。一方通行の関係性に安心感を抱いていた矢代にとって百目鬼は、絶対に性的興奮を覚えないという点で心地よい存在になるべくしてなっていったと言えるでしょう。そのため矢代からは「百目鬼に構いたくて仕方ない」という気持ちが伝わってきます。


またそれは「構ってほしい」という気持ちの裏返しでもあるようにも思えます。その証拠に膝枕をしてもらう、風呂で背中を流してもらう、映画館で肩を貸してもらって寝るといった“柔らかな身体的接触”が百目鬼との間にだけ見られるのです。百目鬼が矢代の知らないところで影山と久我と交流しているのを知ったシーンでは、機嫌を悪くするという無自覚の嫉妬まで見せてくれました。

百目鬼と出会ったあとの矢代の言動を見ていると、やはり彼は心が通い合う関係性を心の奥底では願っているのではないかと思わずにはいられません。矢代は性的に求められることのない百目鬼に“疑似恋愛”を無意識のうちに求めているからこそ、彼を側に置きたがっている気がしてならないのです。

映像から垣間見える作り手たちの挑戦

『囀る鳥は羽ばたかない The clouds gather』は、矢代という人間を知るための映画だと語ってきました。やはり恋愛作品を描く作品として矢代に焦点をあてるという制作陣の選択は、非常に挑戦的だったように思います。

また作り手の挑戦は、他の部分にも見えました。

タバコがいざなうヤクザの世界


昨今の映像作品において喫煙シーンは、WHOが若者への影響を鑑みて年齢制限をかけるよう世界各国へ勧告するほど厳しい状況下にあります。そのため描写をカットしたり控えたりする作品も少なくありません。



ただ本作は年齢制限がかかっていることを鑑みても、喫煙シーンが非常に多い作品です。分煙なにそれ、受動喫煙よろしくの環境でスパスパとタバコを吸い、煙が充満するシーンが映像のあちこちで見られます。 なんならパンフレットの表紙にタバコの煙が使われているほどです。

喫煙描写に対する世間の見方も厳しい中、なぜこんなにも喫煙シーンを多用したのでしょうか。それは本作における喫煙シーンが、鑑賞する側に「違う世界を生きる人々」を実感させるうえでとても重要だったからです。



本作は、一般常識が通用しない極道の世界を舞台にしています。今の世の中では当たり前に配慮されている禁煙・分煙という概念のないヤクザの日常を見せることで、「矢代が自分たちとは違う世界で生きている」という事実を鑑賞する側に強く刻み込めると思うのです。 

また矢代にとってタバコは、なくても生きていけるはずなのに依存してしまう、なければ心が落ち着かなくなるという点で、セックスと同じくらいの位置づけなのではないかと思います。だから矢代がタバコを吸うシーンからは特に、濡れ場と同じくらいの猛烈な色気も感じられました。

心にしまっている痛みを表す高湿度の雨




本作の特徴は他にも。それは、全体的に彩度を落とした薄暗い映像です。

映像が薄暗いと、どうしてもキャラクターの動きや表情が見えにくくなります。それでも映像の鮮やかさを抑えたのは、“日陰者”である極道の世界と本音に蓋をし続けている矢代を表現するのに、薄暗さが必要不可欠だったからだと思います。

そしてその薄暗い映像の中でも、雨のシーンは特筆すべきポイントでしょう。映像作品における雨は、涙を流したり、悲しみや苦しみを伝えたり、これから起こる不吉の予兆を知らせたりする演出として用いられることが多いと思います。本作においても、百目鬼の過酷な過去が明らかになるシーンで雨が用いられました。

ただその回想シーンは悲しみに暮れるというよりも、起こった事実を述べていく淡々としたものだったため、過去を打ち明ける百目鬼の本心を捉えるのは難しいと思います。




そのシーンのバックに使われていたのが、窓にしたたる雨だれとそれが壁に反射する様子。まるで水族館の深海魚エリアのような薄暗さと不快指数の高そうな湿度感が、百目鬼の心に秘めている大きくて重い苦しみを物語っているように見えました。またその空間を共有している矢代も、心に特大の痛みを抱えているわけです。水槽にも似た外部から閉ざされた空間からは、傷を抱え不自由に生きるふたりの今を感じ取ることができるでしょう。

濡れ場にかける本気


また『囀る鳥は羽ばたかない The clouds gather』を語るうえで避けては通れないのが、映倫区分でしょう。


タイトルにも書いた通り、本作の映倫区分はR18+です。区分指定理由に「大人向きの作品で、極めて刺激の強い性愛描写がみられる」との記載があります。

本作に限らず言えることですが原作となるBL漫画は比較的、性描写の多いジャンルです。しかしそれがアニメや実写で映像化されると、性描写はカットもしくははっきりとは分からない表現に変えられます。つまり性描写がなくても、話自体は成り立つのです。

しかし本作は、原作の濡れ場もありありと表現する選択をとってくれました。その理由はやはり、矢代にとってセックスが「生き抜くための手段」だったからだと思います。


激しさが伝わる作画。行為中の矢代や相手の声。映像にかかるフィルター。さまざまな要素が合わさることで、矢代にとって欲をぶつけられるだけのセックスが本当に快楽なのかを問いかける作品になっていました。なにより性描写があったからこそ、普段は飄々としている矢代が時折見せる純粋で恋愛ビギナーな言動に、説得力が増していたと思います。

そもそもBL作品ということもあり、観る層はある程度限られていたでしょう。それに加えて18歳以上の大人しか観られないという制限もかかるとなれば、濡れ場を描くこと自体が興行収入的に見ても大きな挑戦だったのではないでしょうか。それでもキャラクターの本質を伝えるために性描写を丁寧に描いてくれたところに、制作陣の原作への大きなリスペクトを感じずにはいられないのです。

物語は第二章「The storm breaks」へ


『囀る鳥は羽ばたかない The clouds gather』は正直、観ていて苦しい作品です。共感できない、理解できない、怖い……。そんな感想を持つ人がいても不思議じゃない作品だとも思います。

ただ人間は、多かれ少なかれ自分の中に矛盾を抱えて生きている生き物ではないでしょうか。だからヤクザで好色家、理解しがたい矢代が自己矛盾に苦しみ続けている姿に、どうしようもなく“人間”を感じるのです。



本作は第一章で序章。物語はすでに製作が発表されている『囀る鳥は羽ばたかない The storm breaks』へと進みます。第一章で矢代という人間について知ってしまえばきっと、あなたはもう彼のことを放っておけなくなるでしょう。そしてきっと、こうも思うはずです。

「百目鬼、頭を頼むぞ」



(文:クリス)
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