2021年03月18日

『椿の庭』レビュー:静謐な時間の流れがそのまま映画に

『椿の庭』レビュー:静謐な時間の流れがそのまま映画に


住む人の映し鏡としての家屋の在り方



物語はこの古民家かからほとんど外に出ることはありません。映し出されるのは手入れの行き届いた庭と、これも手入れが行き届いた邸宅の中だけ。外に出るのは散歩のシーンぐらいです。

これはそのまま今の絹子の生活を現していると言えるでしょう。日本文化に慣れていない孫の渚と、東京から何かと世話を焼きに来てくれる陶子が絹子と外界を繋ぐ存在です。

あとは月に訪ねてくる茶道の教え子とごくたまに遠方から訪ねてくる古い友人ぐらいです。これは人が老いることが孤独になることであることを示してくれています。このことが良いことなのか悪いことなのかという話ではなく、ただ、自然の流れとしてそうなるものだと映画『椿の庭』は語っています。



その一方で家の美しさ、庭の手入れの良さはそのまま絹子という人の人生(時の流れ)の“これまで”と“今”がとても輝いている、美しくあるものだとも映画は示しています。時の流れ、ある種の自然の在り方をそのままに穏やかで慈愛に満ちた視線で描き、切り取った映画、『椿の庭』はそんな映画と言えるでしょう。富司純子の凛とし佇まいがあるがゆえにそんな部分がより一層際立って見えます。

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