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弘兼憲史人生を学べる名画座 Vol.02|『ゴッドファーザー』|家庭を大切にしない奴は男じゃない
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弘兼憲史人生を学べる名画座 Vol.02|『ゴッドファーザー』|家庭を大切にしない奴は男じゃない
『ゴッドファーザー』は、この後にどんどん出てきたイタリアン・マフィア映画の走りな のですが、これを超える作品はいまだにありません。他の作品は、『ゴッドファーザー』の足元にも及ばないといってもいいでしょう。
監督は、フランシス・フォード・コッポラ。彼はこの後に、カンヌ映画祭のグランプリを獲った『カンバセーション・・・盗聴・・・』(1973年)、『ゴッドファーザーPARTⅡ』(1974年)、『地獄の黙示録』(1979年)などを撮った巨匠ですが、この当時はほとんど知られていない無名の監督でした。
無名の監督なのに演出やカメラワークに執拗にこだわり、マーロン・ブランドやアル・パチーノといったキャスティングも彼が決めたために、撮影中はなにかと映画会社の幹部たちともめて、何度もクビになりかかったそうです。
しかし、そのこだわりがアカデミー賞作品賞、主演男優賞、脚色賞を受賞し、後に「70年代最高の娯楽大作」とまでいわれる名作を生んだのです。
この映画の冒頭シーンは、ドン・コルレオーネ(マーロン・ブランド)の暗い書斎の中で、襲われた自分の娘の復讐をドンに依頼している葬儀屋の顔のアップです。そしてその一方で、窓の外の庭ではドンの長女の結婚式が盛大に行なわれている。飲んで食べて歌って踊ってという華やかなパーティのすぐ横で、「殺す、殺さない」といった恐ろしい相談事が行なわれているのです
この明と暗、表と裏の対比が実に素晴らしい。
この冒頭の数分間で、映画のテーマ、本質がすべて提示されています。そしてその数分間は、登場人物のキャラクターまでを紹介しているのです。
金ではなく、ファミリーへの忠誠心を見せれば、どんなことをしてでも仲間は助けるというドン。ドンの指示をてきぱきと事務的にこなしていく相談役のトム(ロバート・デュバル)、女好きで気性の荒いドンの長男・ソニー(ジェイムズ・カーン)、父への愛がありながらも、組織には関わりたくないと思っているドンの三男・マイケル(アル・パチーノ) .....。こういった人間像を、くどく説明せずに観客にわからせていくというコッポラの優れた演出です。
感心してしまうのは、この映画は羊かんのどこを切り取っても味が変わらないように、どこをとっても面白いところです。どこから観ても、最後まで観客を惹きつけるストーリー 展開と映像の美しさがある。だから、「どこが面白いのか?」「一番の名場面はどこか?」と問われても、ワンシーンだけを選ぶことができませんね。
印象に残っているシーンを挙げればきりがありません。非常に美しかったのは、果物店の店先でドンが撃たれるシーン。これは色調と構図がものすごくよかったですね。撃たれて倒れるときに、持っていたオレンジがバラバラと道路に散らばるのを真上から撮っている。まるで自分がアパートの窓から目撃しているような感じで、すごい臨場感がありました。スクリーン全体の暗い色調に鮮やかなオレンジが映えて、本当によくできているシーンだと思います。
その後、入院したドンをマイケルが見舞いに行くというシーン。ここでそれまでは素人だったマイケルが様々な機転を利かせて、ベッドを移動させたり、偶然来たパン屋を見張りに見せるために、襟を立てさせ拳銃を持っているような振りをさせたりしてドンを救う。
このシーンは、サスペンス・タッチでスリリングでした。
スリリングということでは、マイケルがマフィアとして最初の犯罪を行なうシーンはドキドキものでした。マイケルは単身で、敵対する組織のソロッツォ(アル・レッティエリ) と悪徳警部(スターリング・ヘイドン)の頭を撃ち抜くためにレストランに乗り込む。相手も警戒しているもので、拳銃は持って行けない。そこで、トイレの水槽の裏に、仲間があらかじめ拳銃を隠しておく。交渉がはじまり、途中でマイケルがトイレへ立つのですが、あるはずの拳銃が見つからなかったり、ソロッツォに疑いの眼差しを向けられたりして非常に緊張感があるのです。
監督をクビになりかかっていたコッポラは、このシーンで初めて映画会社の幹部に手腕を認められたそうですが、それも頷ける名シーンでした。
ドンに永遠の忠誠を誓っていた屈強な殺し屋・ルカが殺されるシーンもショッキングでした。バーのカウンターで、いきなり手の甲をナイフで刺され動けなくされてから後ろから首を絞められる。いくらタフな殺し屋でも、こうやられたらたまらないという殺され方でした。
そんな『ゴッドファーザー』のテーマは、やはり冒頭シーンに象徴される表と裏の対比、マフィアの二面性ではないかと思います。
ここでは、ドンを名付け親に持つハリウッド・スターのジョニー(アル・マルティーノ) が、ドンの書斎に頼みごとにやってくるシーンを選んでみました(ジョニーのイメージはフランク・シナトラだそうです)。
ジョニーはスターですが、年齢からくる声の衰えもあって自分の行く末を心配している。 状況を打破するためには、どうしてもある映画に主演したい。ところが、その映画のプロデューサーがどうしても首を縦に振らないために、「なんとかならないか」と、ドンに泣きついてきたのです。
ドンは、自ら名付けたジョニーがかわいいものの、泣き言をいう彼が情けないとも思っている。そんなジョニーを叱責するのです。
ドン「家族は円満か? 」
ジョニー「はい」
ドン「よし」
〜遅れて書斎に入って来たソニーを一瞥して〜
ドン 「家庭を大切にしない奴は男じゃない」
こうして、ドンはジョニーの依頼を請け、トムをロサンゼルスに派遣する。トムはプロデューサーに交渉するものの決裂する。そしてある朝、ベッドで眠っていたプロデューサーが起きると、彼がとても大切にしていた馬の生首がベッドにある.......、というショッキングなシーンへと続いていくのです。
こんなに荒っぽい仕事をするファミリーのドンが、「家族は円満か?」「家庭を大切にしろ」となにかにつけて言うのは少し意外な感じがしますが、イタリアからの移民がアメリカで成功を収めるためには、まずは家族の結束が重要だったということでしょう。
「家庭を大切にしない奴は男じゃない」という台詞はジョニーに向けてのものですが、浮気者のソニーに対する忠告でもあるのですね。
でも、彼らは正真正銘のマフィアです。堅気の世界で「親が悲しむよ」といわれるようなことを毎日のように行なっている。「家族を大切にしろ」と言う一方で、血で血を洗う抗争を繰り広げているのです。ここに、マフィア社会の二面性が生じるのですね。
結婚式での対比と同じようなシーンは、ドンの跡を継いでゴッドファーザーとなったマ イケルが、「今日一日でケリをつける」と言って対抗組織の幹部を次々に殺させる日に、自分が名付け親となった甥っ子の洗礼式を行なっているという描写があります。
洗礼と殺戮、忠誠心と裏切り、これを交差させていくテクニックは見事でした。
しかもマイケルは、その甥っ子の父親・カルロまでもその日に殺させてしまう。カルロは、マイケルの実の妹・コニー(タリア・シャイア)の夫です。それを知ったコニーは、半狂乱になって抗議にくる。
「名付け親になった子の親を殺すなんて、あなたは人間じゃないわ!」
それを、偶然書斎にいたマイケルの妻・ケイ(ダイアン・キートン)が聞いてしまう。
ケイは信じられないといった表情で「本当に殺したの?」とマイケルに聞きます。マイケルは一瞬躊躇して、静かに首を振る。それに安心したケイが書斎を出る。書斎にはマイケルをドンとして、幹部たちが顔を連ねている。ケイが書斎を振り向くと、幹部の一人がドアを静かに閉じる。
これがラストシーンです。閉じられたドアは、妻のいる社会とマイケルのいるマフィア社会とを隔絶する象徴なのでしょう。
表と裏ではまったく違う、それがマフィアの世界です。いくら忠誠を誓った人間でも、手のひらを返したように平気で裏切る。義弟のカルロはわざと夫婦喧嘩をして、ソニーを対抗組織に売り渡す。何十年もずっと一緒だった腹心のテシオも、マイケルを騙そうとする。そして一度でも裏切れば、元はファミリーの一員であろうが容赦なく報復する。
『ゴッドファーザー』は、組織に対する忠誠心と裏切りを描いています。ヤクザ世界というものは、一見すると任侠心や忠誠心がありそうですが、すぐ隣には裏切りがある。
日本でも『仁義なき戦い』(1973年)という映画がありましたが、これも結局は裏切り、まさに仁義なき戦いです。昨日の友は今日の敵。忠誠心というものは、そんなもんだという哀しさや儚さを描いていますよね。
こういったことは、なにもマフィアの世界に限られたことではないかもしれません。一般社会でも、昨日まで会社に忠誠を誓っていた社員が、明日にはライバル会社に鞍替えするという話もあります。そしてそれは、もはや非難されることでもなく、キャリアアップという一言で片付けられてしまう。一方の会社側も、いくら忠誠を誓った社員でも業績が悪くなればリストラしてしまうのですから文句は言えないわけです。
だからこそ、「一番大事なのは家庭」ということになるのでしょうが、男が外へ出て仕事をしている以上、家庭を犠牲にしなければならないことも多い。ここが実に難しいわけです。仕事と家庭との両立、これは男として、非常に難しい永遠のテーマなのかもしれませんね。
『ゴッドファーザー』でも家族愛が一つのテーマとなっていますが、主人公の家族関係は うまくいっていません。続編では夫婦間の亀裂がもっと深くなって、結局ケイは去って行ってしまう。一人残されたマイケルが、ぽつんと椅子に座っているシーンが印象的でした。
監督のコッポラは、家族をとても大切にする人のようで、『ゴッドファーザー』の音楽を手がけているのは実の父親、マイケルの妹を演じたタリア・シャイアは実の妹です。その後、監督として映画界に進出した娘のソフィアや、甥のニコラス・ケイジにもなにかと力を貸したそうです。
そんなコッポラの人間性が、この映画にも表れているのでしょう。
コッポラはワインに凝っていて、カリフォルニアのナパバレイに「ニーバム・コッポラ」というワイナリーを所有しています。昔からあったニーバムという畑をシャトーごと買い取ったのです。僕も実際そこに行ったのですが、半分は観光コースになっていて、 二階に行ったら『タッカー』(1988年)で使った赤いスポーツカーが展示されていました。ワインもとてもよくできていました。
撮影当時、ほとんど無名だったアル・パチーノやジョン・カザール、タリア・シャイアなどを抜擢したコッポラですから、ワインを見る目も確かなのかもしれません。
弘兼憲史 プロフィール
弘兼憲史 (ひろかね けんし)1947年、山口県岩国市生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)勤務を経て、74年に『風薫る』で漫画家デビュー。85年に『人間交差点』で小学館漫画賞、91年に『課長島耕作』で講談社漫画賞を受賞。『黄昏流星群』では、文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、第32回日本漫画家協会賞大賞を受賞。07年、紫綬褒章を受章。19年『島耕作シリーズ』で講談社漫画賞特別賞を受賞。中高年の生き方に関する著書多数。
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