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『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング』レビュー:義賊と呼ばれた無法者、その真実のひとつの実証


■増當竜也連載「ニューシネマ・アナリティクス」SHORT

19世紀後半オーストラリアのブッシュレンジャー(盗賊)として知られ、徹底して権力に逆らい続けた無法者ネッド・ケリー。

処刑された後、母国の人々からは「義賊」「英雄」として伝説化されていった彼の人生は、これまでにもさまざまな形で映画化されています。

最近ではヒース・レジャー主演の『ケリー・ザ・ギャング』(03)がありますし、実は1906年の無声映画時代に早くも彼を主人公にした映画がオーストラリアでは製作されているのですから、アメリカ西部劇におけるビリー・ザ・キッドやジェシー・ジェームズらに匹敵する人気者であることがおわかりでしょう。



しかしジャスティン・カーゼル監督による本作は、いわゆる英雄伝説としてのネッド・ケリーではなく、ピーター・ケアリー著「ケリー・ギャングの真実の歴史」を原作に、彼の真実の姿を探ろうという趣旨の作品。

……ではあるのですが、冒頭いきなり

“nothing you’re about to see is true(この物語に真実は含まれていない)”

といったテロップが現れたかと思うと、続いてタイトル“true history of the Kelly Gang(ケリー・ギャングの真実の歴史)”の文字が、そして主人公ネッド・ケリー(ジョージ・マッケイ)による「作り話を事実と混同するな」とでもいったモノローグがつぶやかれることに心ざわつかされます。

「名探偵コナン」では「真実はいつもひとつ!」などと説かれたりしていますが、本当にひとつなのは事実のほうであって、真実はその事象に触れる者それぞれの数だけ存在するのではないでしょうか。

そう考えると本作もまた作り手の想いを込めたひとつの真実の実証にすぎないのかもしれません。

実際この作品、ケリーの少年時代から大人になって無法者となり、やがて処刑されるまで、一切ヒロイズムを鼓舞させることなく、生きていく上でのさまざまな苦悩や困難のキャリアが彼を無法者に押し立てていくさまが、豊かな詩情とそれに相反するパンク感覚、そしてどこか倒錯しているのような艶めかしいエロティシズムをも秘めつつ、不可思議な融合をもって綴られていきます。



特に母親エレン(エシー・デイヴィス)の存在は彼にとって良くも悪くもの影響を与えているようで、彼女への愛憎がひいては無法者としての彼を育んでいくかのようです。

手法的にユニークなのは、この作品ビスタサイズの画角で始まるのですが、次第に上下の黒味が増していき、最終的にはスコープサイズへと着地します。

これはネッドらが強盗を働く際の鉄装束(まるで実写TV版「鉄人28号」のよう!?)かぶりものの覗き穴から見える横長の世界を現わしているのと同時に、歳を経るごとに世界や可能性などがどんどん狭まっていく彼の人生そのものを象徴しているのかもしれません。



『1917 命をかけた伝令』(19)のジョージ・マッケイをはじめ名優ラッセル・クロウ、チャーリー・ハナム、ニコラス・ホルトなど渋めのオールスター・キャストの中、ネッドと愛し合うメアリー役に『ジョジョ・ラビット』(19)でユダヤ人少女を好演したトーマシン・マッケンジーが起用されているのも嬉しいところ。

見る前はそのヴィジュアルなどからかなりとんがった作品かと思いきや、テレンス・マリック監督『地獄の逃避行』(73)やアンドリュー・ドミニク監督『ジェシー・ジェームズの暗殺』(07)などと並べて語りたくなるような、伝説の裏側に秘められた人生の真実を、叙事詩の中の叙情をすくいあげながら描いた意欲作として大いに支持したくなるものがありました。

(文:増當竜也)

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