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映画コラム

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2022年02月26日

映画『ライフ・ウィズ・ミュージック』の「自閉症役を、そうではない人が演じた」論争について思うこと

映画『ライフ・ウィズ・ミュージック』の「自閉症役を、そうではない人が演じた」論争について思うこと


2:荒削りな魅力もあるが、看過できない問題も

『ライフ・ウィズ・ミュージック』の本編で描かれているのは、アルコール依存症の女性が、疎遠だった自閉症の妹と、心優しい隣人との暮らしを始め、少しずつ変わろうとしていく、というドラマだ。

物語からは、自閉症に限らない「生きづらさを抱えた人たち」に寄り添う優しさを感じたし、自閉症についても真摯に向き合う姿勢では作られていたと思う。貧困に伴う厳しい状況や社会問題が容赦なく描かれ、また妄想の中に入りこむような音楽パートがあることから、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(00)を思い出す方も多いだろう。

【関連記事】『ダンサー・イン・ザ・ダーク』が賛否両論である理由と、それでも観て欲しい理由をいま一度考える。

だが、作品そのものは手放しで賞賛はできない。作りとして明らかに荒削りなところがあり、賛否両論を呼ぶのも頷ける内容でもあった。特に、シーアが手がけた脚本は、さすがにブラッシュアップの余地があっただろう。

物語の序盤は登場人物の背景や特徴がスムーズにわかるようになっていて期待させるのだが、中盤からは様々な要素が並行して描かれすぎて、物語の推進力が弱くなってしまっている。さらなる大きな問題はクライマックスからラストにかけての流れで、これは自閉症を扱う作品としてだけでなく、これまで描いてきたドラマに対する結論としても「安易」と思ってしまうものでもあった。

肝心のマディ・ジーグラーが演じる自閉症者の少女の描写に、少し「しつこさ」や「過剰さ」も感じてしまうのも事実。劇中で挟まれる、自閉症者の脳内世界をイメージしているとも取れる、ポップな音楽パートは楽しいのだが、その奇妙にも思える印象も含め間違いなく賛否を呼ぶポイントだ。目を白目に近くなるまで見上げるといった表情も、少々やりすぎに感じてしまったというのも正直なところだ。



自閉症についても真摯に向き合う姿勢があるとはいえ、それを扱った物語の結論そのものが安易であったり、過剰に思える描写をしたことは、「初監督作品だからこその荒削り」ではすませてはいけない問題ではあるだろう。

だが、この役のために頭を剃り上げて音楽パートでの見事な歌声とキレキレのダンスも披露したケイト・ハドソンの熱演、メロディアスな楽曲の数々など、スクリーンで見届ける価値のある、唯一無二と言ってもいい魅力があるのは事実。第78回ゴールデングローブ賞で、コメディ/ミュージカル部門の最優秀作品賞、最優秀主演女優賞(ケイト・ハドソン)にノミネートされたことも、存分に納得できる。

一方で、その年の最低映画を決定する2021年のゴールデン・ラズベリー賞ことラジー賞では、ケイト・ハドソンが最低主演女優賞、マディ・ジーグラーが最低助演女優賞、そしてシーアが最低監督賞をそれぞれ受賞してしまう不名誉な結果も残している。個人的には、ケイト・ハドソンの演技は掛け値なしに素晴らしかったし、マディ・ジーグラーの演技には過剰さを感じてしまったものの悪いというわけでもなく、初監督作としても画作りは十分なすぎるほどのクオリティを保っていたと思うのだが……(むしろ、問題となるのは前述した通り脚本のほうだと思う)。

個人的にはラジー賞は一種のジョークとして好きであるし、ある意味でとても権威もあるため受賞は一周まわって意義のあることだとも思うのだが、今回の3部門の受賞はさすがにかわいそうで、センスに欠けた選定だと思ってしまった。少なくとも、口を極めて罵るだけではもったない、志の高さも、チャレンジ精神もある内容だと心から思えたのだから。

結論としては、『ライフ・ウィズ・ミュージック』は、作品の出来自体は手放しには褒められないが、一方でひたすらに酷評されるだけではもったいない魅力も持っており、自閉症者役についての問題も考えるという意義でも観る価値がある内容だった。前述した通り、結末などには看過できない要素があるが、それも含めて観る人が「(自閉症を扱う上で)良くないこと」を再認識することも、意義深いことであると思う。

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