『秒速5センチメートル』タイトルの意味、そして新海誠監督が「距離」を描く理由を解説
4:英題の「A」の意味
この『秒速5センチメートル』の英題では、テーマがストレート表れていたりもする。それは「A Chain of Short Stories About Their Distance.」、つまり「彼らの距離についての短い物語の連なり」であり、まさに短い(3話の)物語での構成そのものを示している。新海誠監督作は、前述もしたように、多くの作品でほぼ一貫して「精神的な心の距離」を「物理的」または「時間的」に表してきた。今回はそれを『秒速5センチメートル』というタイトルおよび曖昧な情報の桜の花の落ちるスピード、それぞれ関連のある3つの切ない物語と、「大雪で止まってしまう列車」「ずっと遠くの場所を目指すロケット」などの種々のモチーフを通じて、まさに「彼らの距離」を表現していた、というわけだ。
しかも、今回の英題には不定冠詞の“A”が付いている。この“A”は「(その他にもたくさん)ある1つの」という意味であり、「他にも同じような物語がどこかにあるのではないか」という含みを持たせていると言っていい。それまでの新海誠作品『ほしのこえ(The voices of a distant star)』『雲のむこう、約束の場所(The place promised in our early days)』では共に英題に「The」がついていて「ただひとつ」として強調されていたので、これは明確な変化と言っていいのではないか。
その英題に「The」がついている前2作は現実ではあり得ないSFファンタジー作品であったが、『秒速5センチメートル』は(近場でのロケットの打ち上げはあるものの)極めて現実に近い世界での男女のすれ違いと、人生の節目に訪れる別れを切り取った作品となっている。言い換えれば、「このようなすれ違いや別れの物語は現実のどこかにもあるかもしれない」「それはあなたの物語かもしれない」と、この英題の「A」は示しているのではないか。
その証拠と言うべきか、新海監督は『君の名は。』公開後となる2017年の朝日新聞社のインタビューで、この『秒速5センチメートル」について「登場人物たちを美しい風景の中に置くことで、「あなたも美しさの一部です』と肯定することにより、誰かが励まされるのではないかと思っていた」と語っている。
新海監督は、いつも「心の距離」を描く物語と、現実よりも美しい風景が映し出されるアニメを作ってきた。それをもって、どれだけ心の距離があったとしても、結果として残酷に思えるすれ違いが別れがあったとしても、それもまた美しいものであるし、それはあなたの人生をも肯定するものなのだと、やはり新海監督は優しいメッセージを投げかけていると思うのだ。
※これより『天気の子』のラストについて触れています。未見の方はご注意ください。
5:『天気の子』と一致していた「大丈夫」
余談ではあるが、第1話で貴樹と別れる直前に明里は、「貴樹君は、この先も、きっと大丈夫だと思う。絶対!」と言ってくれている。この「大丈夫」は、後の『天気の子』のラストでもリフレインされる言葉だ。『天気の子』の「大丈夫」という言葉は、野田洋次郎(RADWIMPS)の提供した歌がまさに「大丈夫」だったからこそ、それまで脚本では未定だったラストが決まったという逸話がある。偶然か必然か、若者へのこれからの人生を鼓舞する「大丈夫」というメッセージが、時を経て、劇中アーティストが提供した歌もあって、一致したということも、感慨深いものがあった。
新海監督はスタッフや観客の反応も鑑みながらも反省し作品に挑み、それでもなお自身の作家性を打ち出そうと試行錯誤をしてきた。2022年11月11日公開の最新作『すずめの戸締まり』で、またどのように美しく、また若者を鼓舞するメッセージを提示するのか、楽しみにしている。
(文:ヒナタカ)
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