(C)2022「貞子DX」製作委員会

Jホラーと海外ホラーの決定的な“違い”と“魅力”とは?


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10月28日(金)公開の『貞子DX』で活躍(?)する貞子といえば、間違いなく「ホラー映画のアイコン」と呼んでいい存在だろう。いまでこそ街頭をジャックしたり始球式に出たりと体を張っているが、それはあくまで映画の外の話。時には化け物をぶつけられたりもするけれど、本編で観客を恐怖のドン底に叩き落とす役割に変わりはない。

筆者は映画『リング』の公開がもたらした異様な熱気、つまりJホラーブームの隆盛をリアルタイムで目の当たりにした。幼少の頃からテレビで流れるホラー映画を見ていた子どもだったが、『リング』ほど「なんかヤバいもんを観ちまった……」と戦々恐々したことはなかった。それほどまでに貞子という存在が脅威に思えたのだ。

今回はホラー映画における“恐怖の根源とは何か”という点に注目しつつ、Jホラーと海外産ホラーの違いや魅力について迫っていきたい。

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Jホラーアイコンの共通点


(C)2019「貞子」製作委員会

『リング』
は同時公開の『らせん』とは異なるルートをたどり始め、映画オリジナルの続編『リング2』と呪いのはじまりを描いた『リング0 バースデイ』が誕生。その恐怖は海を渡ってハリウッド映画『ザ・リング』へと変異を遂げた。その後も日本国内において、貞子の呪いがいまなお解かれていないのはご存知のとおり。『貞子3D』シリーズと『リング』の生みの親である中田秀夫監督が手がけた『貞子』、そして今回の『貞子DX』へと至っている。

貞子がなぜこれほど恐怖の象徴になったのか改めて振り返ると、(もちろん各監督の演出力もあるが)やはり貞子のビジュアルそのものが大きい。長い黒髪・白い衣装・若い女性──。これほどわかりやすい“イメージどおり”の視覚的インパクトは、そうそうないのではないか。『リング』では長髪で顔を隠し続け、ここぞというところで憎悪に満ちた目だけが映し出される演出がなんとも心憎い。



『リング』がJホラーブームを巻き起こす前、その礎となった作品がある。『リング』と同じ監督・中田秀夫×脚本・高橋洋のタッグによる『女優霊』だ。映画制作現場を舞台にした本作に登場する“それ”も長い黒髪、白い衣装、若い女性。ざらついたフィルムの向こう側に“いる”“それ”の恐怖は、貞子にも匹敵する。


(C)2014「呪怨 終わりの始まり」製作委員会

そして貞子に勝るとも劣らないホラーアイコンとなった『呪怨』シリーズの伽椰子も、同じく長い黒髪・白い衣装・ビデオ版と共通しているなら28歳とまだまだ若い。彼女の場合は「力こそパワー」と言わんばかりの能力で被害者を屠っていくので、幽霊や怨霊というよりもはや殺人マシーンに近い印象もあるのだが……。

近年の作品では乙一こと安達寛貴監督の『シライサン』も含めていいだろう。シライサンは異様に大きな目や手から伸びる鈴など意図的に貞子や伽椰子と描き分けをしているように思えるが、根底にはやはり「日本人が最もイメージしやすい幽霊」の遺伝子を孕んでいる。


(C)2019「貞子」製作委員会

なぜこれほどまで「長い黒髪・白い衣装・若い女性」を恐れるのか。その根源をたどると「四谷怪談」の“お岩さん”が連綿と語り継がれているように、もはや遺伝子レベルで日本人に恐怖の対象として刷り込まれているのではないかと思える。そもそもお岩さんに限ったことではなく、死者と白い衣装の組み合わせが想起させるイメージといえば“死装束”だ。本来なら純白で清らかなはずの衣装が呪いの一部として目の前に存在するというのも、ある意味では皮肉が効いているのかもしれない。

では長い黒髪はどうか。ショートの幽霊がいたっていいじゃない。しかしこの疑問については、「人は亡くなった後も髪や爪が伸びる」という(誤った)イメージがそのままキャラクターにリンクしているように思える。もちろん「その方がビジュアルのインパクトがあるから」と否定されればそれまでの話。しかし貞子の場合は暗い井戸の底で1人ずっと取り残されていた怨念が、ボサボサの黒髪や薄汚れた白いワンピースにも反映されていたことは確かだ。

ハリウッドは子供が怖い?


TM & (C)2005 DREAMWORKS LLC

ここで海外のホラーキャラに目を向けると、日本とは明らかに概念から大きく違うことがわかる。逆を言えば、たとえばハリウッドホラーで「長い黒髪・白い衣装・若い女性」キャラを探そうにもパっと挙げられるほどのアイコンが見当たらないのだ。

わかりやすい例が『ザ・リング』だろう。本作はハリウッドリメイクながら、忠実とは言えなくともそれに近いくらい要所要所でオリジナルへのリスペクトが垣間見える。とはいえ、貞子が若い女性からサマラという名の少女に変更されているのは大きい。


『エスター』(C)DARK CASTLE HOLDINGS LLC

ハリウッドホラーではサマラのように、まだ幼い子どもが恐怖の対象になることが多い。『オーメン』のダミアン然り、『エクソシスト』のリーガン然り。『チャイルド・プレイ』のチャッキーも見た目は子ども、ずの…… いや魂は殺人鬼のキャラクターだ。近年では『エスター』が幼い子どもへの恐怖心を逆手に取った作品として記憶に新しい。

また和製ホラーの核心が“呪い”であるとすれば、ハリウッドホラーは“悪魔”であることが多い。貞子は井戸、伽椰子は佐伯家を起源として呪いが拡散されていくが『エクソシスト』では子供を依代にした底知れぬ悪意が描かれている。また子供ではない場合でも『死霊のはらわた』の悪霊のように特定の個人が凶行に走るのではなく、“何か得体の知れないもの”に憑依されて異様な行動に出るケースが目立つ。


(C)2018 Hereditary Film Productions, LLC

悪魔を主題にしたホラー映画といえば、思い出されるのはアリ・アスター監督の『へレディタリー/継承』だろう。こちらは悪魔崇拝というオカルティックなテーマが衝撃的だったが、筆者は本作について恐怖よりも──語弊があるかもしれないが──興味の方が勝っていたような気がする。もちろんゾクっとさせる描写もあった。一方で悪魔崇拝や悪魔信仰に馴染みのない日本人としては、土着的な恐怖以上に“異様な光景”に対する好奇心が上回ったのだ。

舞台や環境が恐怖を増殖させる



改めて『ザ・リング』を例に出すと、オリジナル版同様に終盤でサマラがテレビから這い出してくる描写がある。とはいえ幼いサマラが降り立ったのはだだっ広くお洒落感のあるアパートの一室。映画館でそのシーンを目の当たりにした際、オリジナル版より恐怖を感じなかったのが本音だ。しかしそのおかげで、オリジナル版は“畳の部屋”“じめっと澱んだ狭い空間”という純和風的な背景だったからこそ恐怖を身近に感じていたのだと気づくこともできた。

何が言いたいかというと、信仰や文化が異なれば当然“恐怖の対象”だけでなく周囲の環境も描写が変わってくるということ。ここ数年で台湾ホラーの『返校 言葉が消えた日』や『呪詛』などが映画ファンだけでなく一般層にも響いているが、同じアジア圏であり、仏教や(日本統治後の)神道信仰という共通点が恐怖をより身近なものにさせたのではないか。

アイコン化した“殺人鬼”


(C)2008 by PARAMOUNT PICTURES. All Rights Reserved.

それにしても不思議なのは、日本に男性ホラーアイコンがいないのはなぜだろう。もちろん和製ホラーの歴史を紐解けば黒沢清監督の『地獄の警備員』で松重豊が演じた元力士の殺人鬼・富士丸や、直近では『死刑にいたる病』で阿部サダヲ演じる榛村大和(もはや目の前に存在するだけで怖い)といった魅力的なキャラはいる。ただそれが貞子や伽椰子のようなホラーアイコンかといえば、「イエス」とは明言できないころだ。

一方ハリウッド作品では、男性殺人鬼キャラが豊富なこと豊富なこと。代表例はホッケーマスクでお馴染みのジェイソンが登場する『13日の金曜日』シリーズだろう。当初はスラッシャーホラーとして観客に衝撃を与えていたが、徐々につなぎ姿の大男が若者たちを血祭りに上げていく様がエンタメ化。恐怖よりも、いかに登場人物を殺すか博覧会的な様相を呈していった。本編の外側でキャラが独り歩きしたという意味では、貞子のセンパイキャラに当たるかもしれない。


(C) MMX NEW LINE PRODUCTIONS, INC.

ジェイソンと並ぶ人気キャラが『エルム街の悪夢』シリーズの鉄爪男・フレディだ。ジェイソンに比べて理知的でユーモアセンスがあり、長年待ち望まれていたジェイソンとの対決も『フレディVSジェイソン』で実現した。化け物には化け物をぶつける本作なくして『貞子vs伽椰子』は生まれなかったかもしれないし、二大スターを激突させる『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』も生まれなかった──かもしれない。

他にも『悪魔のいけにえ』のレザーフェイスや『ヘル・レイザー』のピンヘッド、『キャンディマン』などハリウッドのホラーアイコンは数多い。犯人当ての面白さをプラスした『スクリーム』がヒットしたことからも、この先まだまだ新たな殺人鬼が生まれる可能性は高い。


(C)2021 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

中でもジェームズ・ワン監督の『マリグナント 狂暴な悪夢』は、ぜひともシリーズ化してほしいと願わずにはいられない。本作に登場する殺人鬼・ガブリエルの存在は、筆者にとって『エスター』以来の衝撃だった。その出自こそ古典ホラーの趣を見せつつ、警察署内で繰り広げられた殺戮シーンは興奮するほどに現代的でスタイリッシュ。シリーズ化されれば、ビジュアルセンスから見ても“彼”が新たなホラーアイコンになることは確実だ。

北欧ホラーから感じる“怖さ”の正体は何か


(C) EFTI_Hoyte van Hoytema

環境が変わればホラーの毛色も変わる。そういった意味では北欧ホラーが最もわかりやすいかもしれない。日本やハリウッドホラー作品における風景や環境は、それそのものが舞台であってもあくまで背景として機能することがほとんど。一方北欧ホラーは、ロケーション自体が醸し出す薄寒さや得体の知れない感覚も鑑賞に影響するところが大きい。

“得体の知れない感覚”を敢えて言語化するなら、北欧ホラーが注目されるきっかけとなった『ぼくのエリ 200歳の少女』のように「神秘的」と表現するのが一番しっくりくるかもしれない。神秘という大枠が内包する恐怖の核心。それが紐解かれ、環境そのものと一体化することで、恐怖から畏怖へとすり替わっていく。この感覚はハリウッド作品でもなかなか味わえない。


(C)2021 GO TO SHEEP, BLACK SPARK FILM &TV, MADANTS, FILM I VAST, CHIMNEY, RABBIT HOLE ALICJA GRAWON-JAKSIK, HELGI JOHANNSSON

純粋なホラーとは異なるが、9月に公開された『LAMB/ラム』も当てはまる。アイスランドの雄大な自然と、羊から産まれた羊ではないアダという存在。この作品のすごさはクライマックスの衝撃もさることながら、広大な余白の中におとぎ話や神話にすら通じる可能性を残したことだ。クライマックスの展開も含めて、この作品は北欧を舞台にしたからこそ現代の神話として成立する。


(C)2021 Silva Mysterium, Hobab, Film i Vast

これは少女が育てた異形の恐怖を描いた『ハッチング -孵化-』にも同じことが言えるだろう。両作品が仮にハリウッドリメイクされても、その世界観を正確に再現できるかはわからない。下手をすれば幻想性が手放され、たとえばビッグフットのような未確認性に焦点を当てたモンスター映画になるのではないか。(決してモンスター映画の格が低いと言っているのではなく)


(C)2019 A24 FILMS LLC. All Rights Reserved.

アメリカ映画ながら、スウェーデンを舞台にしたアリ・アスター監督の第2作『ミッドサマー』も環境が作品そのものに影響を与えた好例だろう。太陽が沈まない状況は視覚的に観客を不安にさせ、そこに暮らす人々の異常性を包み隠さず照らし出す。『へレディタリー/継承』の陰湿な空気感を引きずることなく、むしろ対照的(真逆と言ってもいい)なカラっとした状況下であの世界観を構築したアリ・アスターの手腕はやはり恐ろしい。

まとめ:人はなぜホラー映画に恐怖を感じるのか


(C)2016「残穢 住んではいけない部屋」製作委員会

もちろん今回挙げたタイトルや特色は広義的にホラー映画を眺めたものであり、例外はいくらでも存在する。和製ホラーを見ても最近は白い衣装ではなく血のように赤い服の幽霊が増えてきているし、恐怖の対象が時代や場所とともに移り変わっていく『残穢【ざんえ】-住んではいけない部屋-』が新しいホラーミームとして定着しつつある。

ホラー映画はその国の文化や環境、風土因習を理解すればより一層面白みが増す。フランチャイズ化した“ただのジャンル映画”と思わず、作品単位でバックグラウンドを見つめれば「人はなぜホラー映画に恐怖を感じるのか」その本当の意味がわかるかもしれない。

(文:葦見川和哉)

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