妻夫木聡が演じる“徹底的なリアル”の魅力
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20年以上、数々の映画やドラマで主演をはじめとしたさまざまな役を務めている妻夫木聡。彼のすごいところは、現実にいなさそうな浮世離れした役も、どこかにいそうな平凡な役も、どちらもリアルに演じるところだ。
本記事では、そんな妻夫木聡の演じた役を挙げ、俳優・妻夫木聡の魅力をあらためて振り返りたい。
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忘れられない“泣き”の演技
好きな妻夫木聡の出演作品を振り返ると、泣きの演技が印象に残っているものが多い。彼が演じる役の涙は、いい意味で綺麗すぎず「この場面では実際人はこんな風に泣くのではないか」と思うし、見ているこっちがもらい泣きしてしまう。そして泣きのバリエーションが幅広く、その役のそのシチュエーションに合わせた泣き方ができる。
■『ジョゼと虎と魚たち』
個人的に、妻夫木聡を語るうえで欠かせないのが『ジョゼと虎と魚たち』(2003)だ。そしてこれまた個人的だが、今のところ人生の映画ベスト3に入っている。
彼が演じる恒夫は、優しいけど女グセの悪い大学生。序盤からセフレ(江口のりこ)とのベッドシーンがあったり、男受けするタイプの香苗(上野樹里)を狙っていたり、まぁちょっと遊んでるタイプの大学生だ。ひょんなことから老婆が足の悪い孫・ジョゼ(池脇千鶴)を連れているところに遭遇し、気になってたびたび家を訪れる。外の世界に憧れるジョゼを連れ出し、外の世界を教える。
気の強いジョゼとケンカしてしばらく離れるも、おばあさんが亡くなったと聞いていてもたってもいられなくなってしまう。そして“そういう仲”になる。初めて身体を重ねるとき、服を脱いだジョゼを見て「泣きそう」というシーンが印象的だ。すでに当時恒夫は香苗と付き合っており、略奪した形になったため彼のいないところでひっぱたき合う、というシーンもある。
最後は結局ジョゼとのことを抱えきれず、ジョゼと別れて香苗とよりを戻す。ジョゼの家を出た先で香苗と待ち合わせして街を歩くのだが、この後どうするかの話をしながら並んで歩くうちに声を上げて泣き出し、かがみ込んでしまう。
自分から別れを選んでおいてずるいなとか、お前が泣くのかよという気持ちもあるけれど、妙にリアルだなと思う。多分ジョゼを好きだったのも、大事に思った瞬間があったのも、彼女から逃げてしまったのも、全部本当だ。きれいなだけでなく、ずるくて情けないところがすごく現実っぽいなと思うのだ。
『ジョゼと虎と魚たち』は他の部分でも、きれいな物語で終わらないリアルさがある。香苗は福祉に興味があると言っていたが、その理由には「よく思われたい」という気持ちの部分がなくもなかった。実際に色恋沙汰になり、ジョゼに「あんたの武器(障害)がうらやましいわ」と言ってしまう。
原作の短編をふくらませた内容になっており、プラスした部分が秀逸だ。脚本はいま話題のドラマ「エルピス」も担当している渡辺あやが担当している。
■『怒り』
作品自体も衝撃的だったが、妻夫木と綾野剛がゲイカップルを演じ、その演技が素晴らしかったたことも話題を呼んだ『怒り』(2016)。
実際に2人で2週間ほど同居生活し、役名で呼び合ったという。妻夫木演じる優馬がハッテン場でやや強引に直人(綾野剛)と行為に及ぶシーンは、生々しくて息を飲んでしまう。コンドームの袋を口で破って開け、ペッと吐き出すシーンは何度見て衝撃的だ。
そんな序盤の衝撃に対して、2人が徐々にお互いを大切に思い合っていく様子に胸がくすぐられる。優馬は帰る家のない直人を自分の家にいていいと伝える。
その他にも、仕事の帰り道でコンビニ弁当を持った直人の後ろ姿を見かけ、コンビニ弁当のおさまりが悪くて何度も直す様子を見てふっと笑い、弁当以外の荷物が入った袋を持ってやり「好きなだけ弁当直せよ」と言う。優馬が直人を愛おしく思っていることが伝わるいいシーンだった。
(C)2016 映画「怒り」製作委員会
そして、本作の“泣きの演技”がまた堪らない。一度目はホスピスに入っていた優馬の母・貴子(原日出子)が亡くなったシーン。先に到着し、廊下で待っていた直人の前でまず深呼吸し、直人に礼を言うのがいつも堂々としている……堂々とありたいと思っている優馬らしい。だが次の瞬間「なぁ、俺、何て言えばいい?」と涙声になり、自分の胸を殴って深呼吸し、病室に入る。映されているのは直人で、優馬は声のみになるが、泣きながら「母さん、優馬、来たよ」と何度も言っているのが切ない。
二度目は喫茶店でのシーン。女性と一緒にいたところを見かけた優馬が疑ったことで直人は出て行ってしまい、以降何度電話しても連絡がつかなかった。しばらく後になり、たまたま直人が一緒にいた女性(高畑充希)を見かけて話しかけ、直人に起こった出来事を知る。
自分が直人を信じられなかった後悔と、直人が優馬のことを嬉しそうに話していた事実を知り、泣きながら喫茶店の中を歩いていき、今度は人がたくさん歩いている道で泣きながら歩く。
外面を気にし、自分を強く見せたがっていた優馬が人目をはばからずに泣くほどの状況だと伝わるし「あ、あ……」と絞り出すような泣き方に、思わずこちらももらい泣きしてしまった。
■『東京家族』
小津安二郎監督による『東京物語』(1953年公開)をモチーフにした山田洋次監督による『東京家族』(2013)。
妻夫木が演じるのは、開業医の兄・幸一(西村まさ彦)と美容室を経営する姉・滋子(中島朋子)がいる、ちょっと頼りない末っ子・昌次。
音響の仕事をしている彼はラフで雑な雰囲気で、古いイタリア車を乗り回し、田舎から出てきた両親を迎えに行くつもりが品川駅と東京駅を間違えてしまって姉に「あんたは役に立ったことがない」とたびたび言われる。好きなものは借金をしてでも買ってしまう一面があり、両親の心配の種でもある。
特に無口な父・周吉(橋爪功)とは、子どもの頃に自分を否定されたと感じており、母・とみこ(吉行和子)を介してやっとコミュニケーションを取れるような状態だった。
(C)2013「東京家族」製作委員会
だが物語の後半、とみこは幸一の家で倒れ、そのまま急死してしまう。昌次に結婚したい女性・紀子(蒼井優)を紹介され、「これで昌次は大丈夫だ」と笑顔で言った矢先のことだった。とみこが亡くなった直後、ひとり病院の屋上に出た周吉と迎えに行った昌次が会話するシーンが印象的だ。
久しぶりに会話した父が「母さん、死んだぞ」と言って階段に向かった後、昌次は「うん」とこたえ、周吉からは顔が見えない状況で涙する。“わっと泣く”という言葉の通りの泣き方で、観客も突然の出来事に呆然としていた中、一気に涙を誘われた。
(C)2013「東京家族」製作委員会
1作のみで完結しているが、父と息子の仲の修復までは描かれずに終わったため、その後の昌次の成長も見てみたい。
■『家族はつらいよ』シリーズ
『東京家族』と合わせて楽しんでほしいのが『家族はつらいよ』シリーズ(2016・2017・2018)だ。
家族構成は一緒ながら、役名や職業・性格などが少々変わった、コメディタッチの別の物語であり、第3作まで公開されている。
妻夫木演じる庄太は眼鏡をかけたピアノの調律師で、『東京家族』の昌次とくらべるとやんちゃ感はなく、どちらかというと文系のような雰囲気だ。昌次は父とギクシャクしていて、母親に間に入ってもらわないとコミュニケーションが難しいと感じていたが、庄太は父・周造(橋爪功)と同居しているがすぐに言い争いになってしまう兄・幸之助(西村まさ彦)に頼まれ、一度は実家を出たのに調整役として戻ってきている。
(C)2016「家族はつらいよ」製作委員会
シリーズ1作目で両親の離婚話が持ち上がり、駆けつけて泣き出すような、ちょっと頼りなげだが優しいところがある青年だ。どちらの作品でも奴ではありつつ、顔つきから全く異なっていてすごい。
『東京家族』と『家族はつらいよ』を両方観て、役柄の違いを楽しむのもおすすめである。
(C)2016「家族はつらいよ」製作委員会
また、どちらのシリーズでも相手役の蒼井優(紀子・憲子)が本当に素敵な女性なのだ。これから結婚するというタイミングということもあり、きょうだいそれぞれのカップル・夫婦の中でも安心して見られる、癒される2人だ。
“陰のある役”がたまらなくハマる
妻夫木聡は「絶対に近づかないほうがいいのに惹かれちゃう男」や「不安定なんだけど母性本能くすぐられる感じ」を演じたら天下一品な人でもある。■『悪人』
(C)2010「悪人」製作委員会『悪人』(2010)では金髪に衝撃を受けたが、妻夫木演じる祐一は自分のことは後回しで祖父母の世話をしている解体員。幼いころ両親がいなくなったことに闇を抱えている。出会い系で知り合い何度か身体の関係を持った佳乃(満島ひかり)に、嘘のレイプ被害で警察に行くと騒がれ殺してしまう。
同じく出会い系で知り合った光代(深津絵里)と真剣な仲になり、自分の罪を打ち明ける。祐一は自首しようとするが、ようやく女としての幸せ手に入れられたと思った光代は「一緒に逃げよう」と持ち掛けるのだった……。
(C)2010「悪人」製作委員会
祐一の陰のある雰囲気が、危うくもなんだか放っておけない空気感があって堪らない。彼が演じる役の中では珍しく暗くて無口な、コミュ力の低そうな役だ。
もちろん殺人は許されないことだが、祐一の生い立ちの恵まれなさや境遇に、少し同情してしまう。殺された女・佳乃が本当に嫌な女だということもある(満島ひかりさんの演技力よ)。
光代の逃げようという言葉に乗らなければ罪がさらに重くなることはなかったが、その時間があったからこそ愛し合う喜びを味わえたのだと思うとどちらがよかったのか一概には決められないなと思う。ラスト、捕まりそうになったときに彼が取った行動の真意を考えると切なくなる。
■『Red』
(C)2020「Red」製作委員会誰もがうらやむ夫に可愛い娘、なのにどこか満たされない……そんな日々を送っていた主婦が、好きだった男と10年ぶりに再会したらーー。島本理生の原作小説映画化した『Red』(2020)は、主人公・塔子(夏帆)が再会する、妻夫木演じる鞍田がとにかくかっこいい。ただ雪の中立っているだけでかっこいい。
再会した途端空いた部屋に連れ込んでキスしてくる、仕事のサポートに入ったら車で「どこ行こっか?」と聞いてくる。塔子によると「ひどい人」だったらしいけど、また働きたいという気持ちを汲んで職場を紹介してくれたりもする。
(C)2020「Red」製作委員会
明らかに陰のある、深入りしないほうがよさそうな男なのに、その陰がまたたまらなく魅力的。寂しそうな雰囲気にも惹かれてしまう。ベッドシーンも迫力があり、大変生々しい。
ストーリーは賛否分かれるが、一度観ておいて損はない映像だと思う。
『愚行禄』と『ある男』
2022年11月18日(金)に公開される映画『ある男』と、同じく石川慶監督・妻夫木聡主演の『愚行録』について『ある男』のネタバレになりすぎない程度に語りたい。
2作品の共通点は、妻夫木演じる主人公が、主人公でありながら他の人の人生や物語をさまざまな人の証言をもとに追っていく役どころであること。特に『ある男』では、観客と近い形で「ある男X」の手がかりを追っていく。そして両作とも、追っている他者の物語と、主人公自身の物語が次第に交わっていく。
構成は似ていると感じたが、その他の要素は対照的かもしれない。決定的に違うのは、明かされていく真実の内容と観客に与える印象だ。個人的に前後して観ると面白い2作なのではと思う。
『愚行禄』を観たことのある人は『ある男』をぜひ観に行ってほしいし、まだ観ていない人は『ある男』を観た後に『愚行録』も観てほしい。
■『愚行禄』
(C)2017「愚行録」製作委員会『愚行録』(2017)では、エリートサラリーマン一家惨殺事件から1年が経とうとしているが、犯人は見つからないまま。とある記者が、夫婦の同僚や元同級生の話を聞いて回る。一見は理想の夫婦で「あんなにいい人たちが」と言われる2人の本性が、徐々に明らかになってくる。
(C)2017「愚行録」製作委員会
妻夫木が演じるのは、記者の田中。冒頭、バスで座っていたところを中年男性に「立ってお年寄りに譲れ」と言われて足が悪いふりをするのが印象的だが、姪への虐待容疑で拘留される妹・光子(満島ひかり)に「生まれ変わったらやり直したいことだらけだけど、お兄ちゃんはそのままがいい」と言われるほどいいお兄ちゃんであるらしい。
さまざまな人のエピソードをもとに、真実に近づいていくのが面白い。ラストまで観た後にまた初めから観直したくなるような物語だ。
■『ある男』
『ある男』(2022)では、弁護士の城戸(妻夫木)は、かつて離婚調停を依頼された里枝(安藤サクラ)から、亡くなった夫・大祐(窪田正孝)の身元調査を頼まれる。
里枝と再婚した大祐との間には子どもも生まれ幸せに暮らしていたが、仕事中の事故で亡くなったらしい。長年疎遠になっていた大祐の兄によると、遺影に映っているのは全くの別人だと判明したという。大祐(ある男X)は、なぜ別人の名前を名乗っていたのか……?
さまざまな人に話を聞くうち、城戸がたどり着いたおそるべき真実とは……?
話が進むうちに、ある男Xの物語だけでなく、城戸が抱える問題についても明らかになっていく。
この物語は、Xの物語であると同時に、観る一人ひとりの物語であるとも言えるかもしれない。
今後はどんな“リアル”を演じてくれるのか?
妻夫木聡の演じるさまざまな“リアルさ”について記してきた。詳しくは紹介できなかったが、『どろろ』や『愛と誠』など、漫画原作の二次元っぽい役も非常にハマっていて違和感がなかった。
また『怒り』『Red』でのベッドシーンについて少し触れたが、『ジョゼと虎と魚たち』『悪人』なども含め、キスシーン・ベッドシーンの生々しさにも定評がある人だと思う。
そしていい役だけでなく、嫌な役も彼のことを嫌いになりそうなほどリアルだ。『来る』や『ミュージアム』で見せた“嫌な演技”もおすすめしたい。
今回多くの作品を振り返ってみて、その時々で演じる年代も性格もさまざまで「この2作が同じ年の公開なのか」とか「この2作は10年も公開が離れているように感じないな」と驚いた。
今後も自身の年齢に囚われすぎることなく、幅広い役を演じてくれることだろう。妻夫木聡が演じる“リアル”に、絶対的な信頼感と、予想の上を行ってくれるだろうという期待がある。
(文:ぐみ)
■『東京家族』配信サービス一覧
| 2013年 | 日本 | 146分 | (C)2013「東京家族」製作委員会 | 監督:山田洋次 | 橋爪功/吉行和子/西村雅彦/夏川結衣/中嶋朋子/林家正蔵/妻夫木聡/蒼井優 |
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(C)2022「ある男」製作委員会