『すずめの戸締まり』新海誠が国民的作家であることを高らかに宣言した、記念碑的作品
大人になることへの強烈な拒否
その後も新海誠は、『雲のむこう、約束の場所』(2004年)『秒速5センチメートル』(2007年)『星を追う子ども』(2011年)『言の葉の庭 』(2013年)と次々と話題作を手がけていく。
それは、ボーイ・ミーツ・ガールの物語であり、少女が世界を救う役割を担う“人身御供”の物語であり、時間・空間のねじれによって2人が物理的に離れ離れになる物語であり、それでも恋人のことを想って疾走する物語である。
そんなセンチメンタルなアオハル・デイズを、雲が低い位置にある空・雨・雪・人気のない駅・リアルな広告・レンズフレア・ハレーション・極端な広角レンズを駆使して、ストーリーを補強していく。
そして大人になることへの強烈な拒否、諦観めいた人生観。彼の作品には、主人公の親はほとんど登場しない。登場したとしても、ほぼ片親という設定だ。主人公たちを見守る大人はおらず、少年少女たちは喪失感を抱えて生きていく。その想いは、『星を追うこども』におけるこのセリフに顕著だ。
「喪失を抱えてなお生きろと声が聞こえた。お前にも聞こえたはずだ。それが、人に与えられた呪いだ」(『星を追うこども』より抜粋)新海作品において、世界は“閉じている”。ティーンエイジャーの主人公たちにとって、恋人や数少ない友人たちがいる半径数十メートルの場所のみがこの世界の全てであり、その向こう側は他者しか存在しない外界。
極端に閉じられた物語は、それゆえに私小説的といっていい。そこには抗し難い求心力がある。だからこそ新海誠の世界に触れた文学少年・文学少女たちは、まるで太宰治の小説に触れたかのように、もしくは村上春樹の小説に触れたかのように、熱に浮かされてしまったのだ。
『君の名は。』(C)2016「君の名は。」製作委員会
だが、ここで大きな転換点が訪れる。2016年に公開された『君の名は。』が、250億円を超える大ヒットを記録したのだ。かつてMacを頼りにひとりアニメ制作を続けてきた男は、一躍“日本を代表するヒットメイカー”として認知されることになる。
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