藤ヶ谷太輔が、逃げて、逃げて、逃げまくる男を演じる。

2018年にシアターコクーンで上演された舞台の映像化が実現。2023年1月13日（金）公開の『そして僕は途方に暮れる』は、藤ヶ谷太輔演じる主人公・菅原裕一が、恋人や親友、そして家族からも逃げ続ける、ロードムービー的な色をまとった作品である。

舞台から引き続き、三浦大輔監督からのご指名となった藤ヶ谷太輔。「撮影は過酷。楽しい思い出はひとつもない」と繰り返し口にする彼が、最後まで乗り切れた理由とは。

映像化と聞き「テンション下がりました」（笑）

――本作が映像化されると知り、率直にどう感じましたか？

藤ヶ谷太輔（以下、藤ヶ谷）：「またあの“クズ男”に会えるのか！」と思ったら、一瞬だけ喜びがありましたね。でも、菅原裕一という人間は舞台で表現しきったし、何百回と稽古もしたし……。舞台であれだけ大変な思いをしたのに、今度は三浦組で映像作品を作るのかと思ったら、テンション下がっちゃいました（笑）。

楽しそう、やってみたい、っていう生半可な気持ちじゃ演じられないと思ったんですよ。もちろん、しっかり考えたうえで引き受けたんですけど、案の定……想像を絶する感じでした。三浦監督には、僕自身も知らない表情を引き出してもらえたので、感謝しています。

この映像化を機に、「舞台も見てみたかった！」と思ってくれる人が増えたら、嬉しいですね。


――藤ヶ谷さんが演じられた菅原は、恋人に浮気がバレたのをきっかけに、転々と逃げ続ける役柄です。大変だとわかっていても引き受けたのは、ご自身にとってターニングポイントとなる役だからでしょうか？

藤ヶ谷：もちろん。僕にとって、30歳手前のタイミングで三浦監督に出会えたのは、大きなチャンスだったと思っています。三浦監督には、僕の“アイドルっぽさ”を完全に外してもらえました。大変なんですよ、この、外す作業って。これまで必死で作ってきたものを外すんです。自分じゃ外し方もわからないし……。

この作品の舞台をやっていた当時、出番が終わった次の日に歌番組の出演やライブの予定があって。「もう少しアイドルっぽくお願いします！」なんて言われるんですよね。舞台では必要なかった部分を、違う場所では100%出すことを求められる。ジャニーズって大変だなあ……って（笑）。


――藤ヶ谷さんにとって、どちらのほうが自分らしい、と思えますか？

藤ヶ谷：そうですねえ……。もともと僕はそこまで、キラキラしたアイドルを目指してるわけではないんです。

ただ、皆さんに覚えてもらうためにも、20代のうちはカッコつけようと思っていて。30歳を過ぎた今は、肩の力が抜けてきました。三浦さんと出会えたのも大きいですけど、グループ活動もソロ活動も、自然体でやっています。

たとえば、歌番組でアイドルのパフォーマンスを見ていて、一人だけカメラ目線じゃないメンバーがいたら気になりませんか？ 全員がキラキラしてるなか、一人だけ沈んだ雰囲気のヤツがいたら目立ちますよね。僕自身、昔からそういうタイプに魅力を感じるんです。だから、作り込み過ぎなくてもいいのかな、と。

Kis-My-Ft2のためのソロ活動

――今作のように、複数の役者さんとやりとりがある現場において、とくに気をつけていることはありますか？

藤ヶ谷：僕が演じた菅原は、とにかく次から次へと逃げる役。順撮りではなかったので、新しい先へ逃げるシーンでは、「逃げてきた感覚」を常に持っておくように気をつけました。逃げるごとに疲弊していく様子がちゃんと表現できるように、変化は大事にしましたね。


――シーンによって感情の強弱の付け方が難しかったんじゃないでしょうか？

藤ヶ谷：そのシーンごとに得たものを忘れずに、力を入れて握っておくというか……忘れないようにしておくしかないんですよね。菅原がどういう状況になっていたか、シーンを撮影する前に三浦監督と話して、イメージを固めてから臨んでいました。

僕は器用なタイプじゃないから、たとえば撮影期間の合間にバラエティの収録が入ると、気が気じゃないんですよね。「明日あのシーンの撮影だ」って収録中に頭をよぎっちゃう。天才肌の方だったら、別の現場に入ってもすぐに戻れるのかもしれないですが。


――映画祭の舞台挨拶でも、三浦組は過酷な撮影だったと仰っていましたね。最後まで逃げずにいられた理由は何でしょうか？

藤ヶ谷：ただ、逃げる勇気がなかっただけです（笑）。舞台をやっていた当時から、めちゃくちゃつらくて……いま振り返ってみても「自分、よくやったな！」と思います。舞台挨拶でも言ったんですけど、ほんとうに、楽しかったエピソードはひとつもないから（笑）。

でも、新しい自分を発見できたな、とも思うんです。何も考えずに衝動のまま表現したり、相手の感情を受け止めたりしたときに、俺ってこんな心境になるんだな、と。これを最後まで耐え抜けば、Kis-My-Ft2に還元できると信じて、やり切りました。

たとえKis-My-Ft2を知らなくても、三浦監督が好きでこの映画を見てくださった方が、僕を通じてKis-My-Ft2にも興味を持ってくれたら嬉しい。僕ではないほかのメンバーの魅力にも気づいてもらうのが理想ですね。僕のソロ活動の基本には、常に「自分を通してKis-My-Ft2を知ってほしい」があるので。

まるで3本分の映画を同時に撮っている感覚

――藤ヶ谷さんにとって、とくに印象的なシーンはありますか？

藤ヶ谷：セリフのない、スマホ画面に寄るだけのシーン撮影だけで、3時間かかったこと。ああいうシーンって、ピントさえ合えば1〜2度くらいでOKが出るものなんです。あとは、自転車を漕ぐシーンも大変だったなあ。相当な距離を漕いだんですよ。でも、実際に使われるシーンは2秒とか。「あれ？　商店街とかもめっちゃ走ったんだけどな？」って（笑）。

三浦監督は、撮影しながら3パターン考えている、と仰っていました。まるで、3本分の映画を撮っているような感覚でしたね。

――三浦監督の意図は、どんなところにあったんでしょうか。

藤ヶ谷：正直、詳しくはわからなくて。その瞬間、三浦監督にだけわかるOKラインがあるんだと思います。

役者側が「こっちかな〜？」とラインを探っていって、上手いこと三浦監督の考えにハマったらラッキー。反対に「こっちでしょ？」って狙っちゃったら、ダメなんですよ。「親指の動きが違ったな」とか言われちゃう。そういった細部のこだわりが、すべて映像のクオリティに繋がっているんです、きっと。


――舞台から映画にかけて、ふたたび三浦監督と作品づくりができたのは、藤ヶ谷さんにとって大きな経験になっているんですね。

藤ヶ谷：またいつ三浦監督とご一緒できるかわからないから、存分に吸収しきるつもりで撮影しました。

すごく覚えているのが、オールアップしたときのこと。三浦監督がまるで子どもみたいに飛び跳ねながら、僕に向かってハイタッチしてきたんですよ。「愛くるしいな〜！」と思っちゃって、僕。きっと三浦監督とご一緒してきた方々は、最後にあの姿を見せられて、「またもう一回、三浦さんと……」って思っちゃうんだろうな。どんなに辛くても。

――藤ヶ谷さん自身、役者としてどのようなキャリアを目指しているのでしょうか？

藤ヶ谷：「次、この人は何をやるんだろう？」って思ってもらえる役者で在りたいですね。

人によって「藤ヶ谷太輔」に対するイメージは、たとえば「爽やか」だったり「クール」だったり、いろいろあると思うんですけど。100通り違うイメージがある人でいたいな、と思います。「何をやっても一緒だな」って言われちゃうのが、いちばん面白くないじゃないですか。

次にどういう役に出会えるのか、どういう演出家さんにやってもらえるのか。何よりもまず、自分自身が役者の仕事を楽しみたいんですよね。

（取材・文　北村有）

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