映画『Winny』:今社会に問う、「技術」の存在意義 事実に基づいた激動の7年間
2000年代、日本のインターネット文化に激震を起こした『Winny裁判』の顛末を描いた映画『Winny』が3月10日に公開されます。
本作で取り上げられるファイル共有ソフト『Winny』とは、特定のサーバを介さずユーザー同士が直接ファイルのやり取りすることを可能にする技術『P2P』を基幹にした無料のソフトウェア。当時は非常に高い技術として注目されましたが、あまりにも簡単にファイルを交換できてしまうため、著作権侵害の違法ファイルがやり取りされたことが社会問題となり、京都府警が開発者を家宅捜索、逮捕に踏み切ります。本作は、その開発者である金子勇氏と彼の弁護を引き受けた壇俊光弁護士の戦いを描いた作品です。
著作権侵害を蔓延させたなんてとんでもない、と思われるかもしれません。しかし、著作権侵害で逮捕されるべきは、ソフトウェアの開発者だったのでしょうか。本作は、事細かに裁判の経過を再現し、警察の強引な捜査や日本のメディアと司法の問題をさらけ出す作品となっています。報道によって歪められた金子氏の実像に迫り、法治国家としてのあるべき姿はどういうものかを考える上で重要なヒントをもたらしてくれる内容となっています。
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ソフトの開発は犯罪の手助けになる?
▶︎『Winny』画像を全て見る犯罪が起きた場合、その犯行を行った人が逮捕・起訴され、裁判によって有罪かどうかが決まります。しかし、直接手を下さず、犯罪の手助けだけを行う人もいて、犯罪の手助けも法律上は立派な犯罪で、これを『幇助(ほうじょ)』といいます。
当時、『Winny』を巡って映画などの多くのコンテンツが違法にやり取りされていたと報じられていました。そして、幇助犯として開発者の金子氏が逮捕されるのです
この映画の主人公の1人、壇弁護士は映画の中でこう言います。「Winny事件の正犯(実行犯)は弁護しませんけど、開発者が逮捕されたら弁護しますよ」と。
幇助は手助けをするという意味です。しかし、違法にファイルをやり取りする人がいたからといって、そのソフトを開発しただけ『手助け』になるのでしょうか。壇弁護士は、そんなバカなことはあり得ないと考えていたのですが、そのあり得ないことが現実に起きてしまったのです。
壇弁護士は、著作権侵害はまかりならんと思っていますが、『Winny』の技術自体は未来を先取りしたものだと評価していました。その革新的なソフトを開発した人が逮捕されるのは、どう考えても不当だと弁護を引き受けることになります。「包丁で殺人事件が起きたら、正犯は当然刺した人ですが、包丁を作ったり売ったりした人が幇助になるのかと問うているようなものだ」と壇弁護士は考えていました。
壇弁護士は、この『幇助』という概念が法律の条文で明確に定義されていないと自著『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』に記載。そして、検察側も定義を曖昧にしたまま、金子氏を有罪に持っていこうとしていたことを綴っています。壇弁護士は、検察との面談時にこう問いただしたそうです。
「検察官は、いかなる理由で幇助が成立すると判断されているのですが、今回の事件は、正犯が誰かすら知らない状況ですよね。誰か1人でも悪いことをする人がいたら幇助になるのであれば、自動車なんて殺人幇助以外のなにものでもない」
これに対して検事は、「そういう意見もおありということは、お聞きいたしました。証拠を精査して判断したいと思います」と答えたとのこと。
こうなると、警察や検察の裁量次第で幇助はどこまでも拡大解釈可能になってしまうということです。
さらに本作では、日本の人質司法の問題が描かれます。金子氏が取り調べ中に言われるがままに作文された調書を写しサインするシーンがあります。作文をまるまる写せというケースはあまりないらしいですが、強引に調書にサインを迫ることはよく起きる話です。
こうした自白を強引に迫って、サインさせた調書が裁判で証拠として提出されることが冤罪の温床になっているという指摘があります。実際に、冤罪の疑いが強いとされる『袴田事件』などは、警察の強引な取り調べに耐えかねて調書に自白をさせられたと言われていますが、そんな密室での取り調べの恐ろしさも本作には描かれます。
金子氏は権利者のことも考えていた
▶︎『Winny』画像を全て見る警察と検察のストーリーは、金子氏が著作権侵害の状態を蔓延させる目的で『Winny』を作ったというものでした。しかし、そんなことをしても金子氏には一円も儲かりません。なぜ、そんなことをするのか。そもそも彼には動機がないのです。
裁判の過程でも、彼の動機のなさを弁護側が指摘しているにもかかわらず、警察はメディアに金子は著作権侵害が目的だったと発表し、メディアもそれに乗っかってしまっていたのです。当時、『報道ステーション』のキャスターだった古舘伊知郎氏は、『そこまで言って委員会NP』でこう話しました。
「報道ステーションでキャスターだと偉そうに自任しながら、『著作権をぶっ壊しにかかってるのか』とか、公式発表された情報をそのまま思い込んでいた。もう今更、亡くなられて、申し訳ないと言っても話にならないが、すごく後悔する。新しい技術はちゃんと守りながら、悪いことをやる人間をちゃんと取り締まる。そこを分別できなかったのが大問題だった」(逮捕されたら一斉に悪人扱い!『Winny事件』でのマスコミは理不尽だった?)
実際には、金子氏は著作権者の権利について考えていたことが映画では描かれます。権利者の権利を保護しつつ、ファイルを交換させるために仕組みを作ろうとしていました。実際、金子氏は後に『P2P技術を』ベースにした『SkeedCast』というサービスの開発に関わりますが、これは、コンテンツホルダーの権利を保護したシステムです。
リアルな裁判シーン
▶︎『Winny』画像を全て見る事実に事実をきっちり重ねた徹底したリアルが、本作の映画的な面白さを生んでいます。それが最もよく表れているのは、裁判シーンでしょう。
本作の裁判シーンは、実際の裁判を戦った壇弁護士が監修しており、台詞も実際の尋問調書を基にしています。さらに、撮影前に模擬裁判を行い、実際の裁判で弁護士がどのように動くのかを実践してみせたそうです。壇弁護士いわく、本作の裁判シーンのリアリティは日本映画でも屈指とのこと。
本作で吹越満さんが演じる秋田弁護士は、刑事裁判のプロ中のプロとして有名な方。『Winny裁判』における秋田弁護士の尋問は、業界で伝説として語り継がれているものだそうで、本作はそのシーンをかなり完全に近い形で再現しているとのこと。壇弁護士は、吹越さんの演技を絶賛しており、ご本人の雰囲気をすごく上手くつかんでいて、裁判映画としても本作は見ごたえあるものになっているのです。
社会はどうあるべきかを技術で問う
▶︎『Winny』画像を全て見る金子氏は、「プログラミングは自分にとって表現だ」と語っています。暇さえあればプログラミングのことを考えている浮世離れした人というのが彼の実像だったようで、警察とメディアが流布したような、悪意ある人物では決してなかったことが本作を観るとよくわかります。
『Winny』の基盤となるP2P技術とは、特定のサーバを介さずに端末同士が直接つながる自律分散型のシステムです。『P2P』は『Peer to Peer』の略ですが、『Peer』は、同等の人や対等者という意味です。ネットワーク中の誰もが平等な立場になるシステムであり、特定の中央集権的なサーバを経由しないそのシステムは、中央集権的な権力構造に対抗し得る社会システムのモデルになるのではないかと考える人もいます。例えば、ブロックチェーン技術などはそういった思想を具現化したものです。
金子氏は、そこまで壮大なことを考えていたわけではないでしょう。彼は純粋にプログラミングが好きな人として描かれています。ただ『Winny』のような存在は、非中央集権的なもののあり方を早くから具現化した存在と言えるかもしれません。
革新的な技術が、中央集権的な社会の権化のような警察・検察権力に潰されたのは、なんともやるせない気持ちです。理不尽な裁判によって貴重な時間を奪われた金子氏ですが、未来の技術者のために屈することなく戦った姿を、本作は描いているのです。
(文:杉本 穂高)
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