「らんまん」主人公に共感できない「傲慢で不遜。手柄ばかりを主張する」<第86回>
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2023年4月3日より放送スタートしたNHK連続テレビ小説「らんまん」。
「日本の植物学の父」と呼ばれる高知県出身の植物学者・牧野富太郎の人生をモデルにオリジナルストーリーで描く本作。激動の時代の中、植物を愛して夢に突き進む主人公・槙野万太郎を神木隆之介、その妻・寿恵子を浜辺美波が演じる。
ライター・木俣冬が送る「続・朝ドライフ」。今回は、第86回を紐解いていく。
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牧野富太郎にも不信感が募る
第18週「ヒメスミレ」(演出:渡邊良雄)のはじまりは、月曜の朝から、またいらっとするはじまりでした。が、かろうじてバイオリンやピアノの音色で救われます。主人公の万太郎(神木隆之介)がこんなに感情移入できなくなってくる物語も稀有であります。オリジナルならともかく、実在のモデルがいるのに。モデルの牧野富太郎にも不信感がわいてきて、いいものでしょうか。
万太郎の書いたムジナモの論文には、自分の名前がなく田邊(要潤)は激怒。万太郎に大学の出入りを禁じます。
大窪(今野浩喜)も今更、共著にすべきだったと言わず、もっと早くに気づいてあげてほしかった。ムジナモの論文を書いていいよと言ったときの田邊がすっかりやさしげだったから、みんな油断してしまったのでしょうか。好事魔多しです。
万太郎は論文を書き直すと謝罪しますが、田邊の怒りは収まらず、「君は土足で入ってきた泥棒だよ」とか「傲慢で不遜。手柄ばかりを主張する」とかかなりきつい言葉をぶつけ続けます。
田邊の心の裏には、彼なりの苦しみがあります。それは第85回で描かれていました。でも、元は、田邊も名誉欲にまみれていて、万太郎に「傲慢で不遜。手柄ばかりを主張する」と言ったのは、自分のことでもあるように思えます。女学校の校長になって、出世争いに勝利したことも、彼にとっては虚しいのだと思います。
出世のために周囲に気を使う生き方をせざるを得ない自分が、ほんとうはいやで、苦しいから、やたらと周囲の似た事例が気にかかりいらっとする。万太郎に怒っているようで、自分にも怒っているのでしょう。という感じに、悪者になりそうな田邊に心を寄せる余地が描かれています。
「君には何度も忠告してきた」というのもその通りで。しかも、田邊の弾くバイオリンの音色が悲しく美しい。
でも田邊は、やっぱり鬼。土佐の植物目録と標本500点を大学に寄贈しろとまで言います。
万太郎も万太郎で。過去、何度も、彼の気遣いのなさを指摘されていたのに、いつの間にか、徳永(田中哲司)も大窪も、波多野(前原滉)、藤丸(前原瑞樹)も彼の味方になってしまい、油断してしまったのでしょう。
こんなに長く、大学に出入りして、一緒に活動してきて、にもかかわらず、なぜみんな、万太郎に論文のルールを助言しなかったのか。仲良いのに、肝心のことを誰も注意しないのってなんでなのか。そこは研究者同士、クールなのか。
理想を語り合い、ふわふわとやさしい関係が、こわくすら感じます。が、田邊以外のみんながものすごく好意的でなければ、万太郎は自分の足りない部分に気づけたかもしれません。
みんながやたら好意的とか、徳永が留学にいってしまったとか、いい話のようで、万太郎には実はよくないことが起こる準備が着々とされていたのです。作家はときに残酷です。
万太郎は植物のこと以外、考えてなさすぎかもしれません。まさに野宮(亀田佳明)いわく「無知」なのかも。
寿恵子(浜辺美波)にも「論文が気に食わなかったみたいだ」などと、まったく反省していない。理由が「わからん」って。わかってないのがこわすぎる。最後には「わしの過ちじゃ」とは言っていたけれど、多分、根本的なことをわかっていないでしょう。
万太郎が悪いというか、モデルになっている人物がいるわけで、モデルの牧野富太郎が、実際、こういうことをやらかしているらしいのですが、詳しい状況やそのときのみんなの心情はわかりません。牧野富太郎、いったいどういう人なのだろうと気になってなりません。これまで、植物大好き、いつもニコニコすてきな人物といういいイメージでしたが……、
歴史上で、これまで悪く言われていた人物が、近年の研究によって良いところがあったことがわかり、それをドラマにすることがよくあります。例えば、ながらく織田信長を裏切った悪者のようにされてきた明智光秀が、大河ドラマ「麒麟がくる」ではすごく好人物に描かれました。そのため「どうする家康」でまた感じの悪い人物として描かれると、こんなの光秀じゃないと不満を感じる視聴者が現れます。
主人公になると、その悪い面は、たいてい伏せられます。
今回「らんまん」では、いい人の印象が強かった牧野富太郎が、じつはそれほど善人ではなかったのではないかと思わせるという画期的な構成になっているような気がします。とてもおもしろいですが、牧野富太郎さん信奉者のかたがにとってはゆゆしき問題ではないでしょうか。
(文:木俣冬)
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