京アニの巧みな技が光る!『特別編 響け!ユーフォニアム アンサンブルコンテスト』が描くアニメの本当の面白さ
京都アニメーション(以下京アニ)制作の人気シリーズ『響け!ユーフォニアム』、4年振りの最新作『特別編 響け!ユーフォニアム アンサンブルコンテスト(以下アンコン編)』が、8月4日より公開中です。
2015年4月から続くこのシリーズも今年で遂に9年目に突入。開始当初は高校一年の新入生だった主人公の黄前久美子が今作では吹奏楽部の最上級生となり、部長に就任しています。
テレビシリーズ1期、2期、そして2019年公開の劇場版『劇場版 響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜』から続く今回の『アンコン編』は、部内で少人数のアンサンブルコンテストが開催されることとなり、その班決めと本番に向けた演奏の中でまたしても波乱が起きていくことに。その過程で新部長に就任したばかりの久美子の奮闘と、これまであまりスポットの当たらなかった吹奏楽部メンバーの成長が描かれるのです。
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『ユーフォ』シリーズの魅力とは
【予告編】『響け!ユーフォニアム』シリーズは、京都の架空の学校、北宇治高校の吹奏楽部を舞台にした青春群像劇です。主人公の黄前久美子が入学した当初はやる気がなかった吹奏楽部が、新顧問の滝先生の指導のもと全国大会を目指すことになる物語。部員同士のぶつかり合いが赤裸々に描かれる濃密なドラマと、演奏パートを含めた京アニのハイレベルな作画で多くのファンを獲得しました。久美子たちが1年生の時代を描いたテレビシリーズ1期と2期、2年生の時代が描かれた劇場版『誓いのフィナーレ』と、常に演奏メンバーに選ばれる久美子ですが、その天性の巻き込まれ体質で上級生の人間関係トラブルに巻き込まれ続けてきました。
今回の『アンコン編』は、3年生の引退後に久美子が新部長に就任した2年生の後半が描かれます。来年春放送予定のテレビシリーズ3期では、久美子たちの最終学年となる「3年生編」が描かれる予定ですが、今作は春の新シリーズへと続く物語となります。
本作の魅力は、やる気のある人もない人も混在する高校部活動のリアリティを活写している点、個性豊かなキャラクターたちが下り成る群像劇ドラマの濃密さ、そして、演奏シーンを含む作画レベルの高さです。とりわけ演奏シーンは、吹奏楽部を描いているだけあり、大人数で数多くの楽器演奏パートが登場するのですが、京アニは手描きの作画でこれを描写しており、そのリアリティの高さが絶賛されています。
原作よりも二人っきりになりがちな久美子と麗奈
【オープニング映像】本シリーズの原作は、武田綾乃さんの同名小説。『アンコン編』の原作は、『響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のホントの話』に収録された短編「アンサンブルコンテスト」です。原作短編と映画の筋書きは同じですが、随所に京アニによるアレンジが加えられており、小説を映像に翻案する巧みなセンスを感じました。
原作の冒頭は、部室で久美子が壇上に立ち、パンと手を叩き「注目」と言うシーンから始まります。このシーン、原作では「パン、 と久美子が両手を叩くと、喧騒に満ちていた音楽室は嘘のように静まり返った」と記述されており、瞬間的にピシッと静まり返ったように描写されています。一方、映画では「注目」の言葉がかかってもまだしゃべり続ける部員などがいて、静かになるまでちょっと時間がかかるという描写になっています。
これは、久美子が新部長となった新体制に部員たちもまだ馴染み切っていない雰囲気がよく現れているアレンジだと思います。威厳あるリーダーならば、「注目」と言っただけで即静かになるのでしょうが、「まだ久美子は部内をまとめきれていないのかも?」と思わせる描写ですね。
『アンコン編』は部内で少人数のチームを組むことが描かれていますので、誰が誰を誘うなどの描写が豊富かつ、人間関係が如実に現れる展開です。久美子は部長というポジションゆえに最初は「余った子のサポートに回る」という発言をしているのですが、結局は高坂麗奈の誘いを受けてチームを組むことに。
麗奈が久美子を誘うシーンは、原作では葉月と緑輝と4人でいる時に起こるのですが、映画はこれを麗奈と久美子の2人きりのシーンに変更しています。2人きりのシーンと4人でいるシーンでは、同じ展開を描いてもニュアンスがかなり異なり、麗奈と久美子の関係の特別感が強調されることとなり、互いへの想いがより強く感じられます。
他にも、映画は全体的に久美子と麗奈が2人でいるシーンが増えていて、2人の関係の特別感が強調されるようにアレンジされています。
本作は久美子が部長らしくなっていく過程が丁寧に描かれますが、久美子がさりげなく備品チェックなどの仕事をたくさんやっているシーンが描かれます。細かい日常芝居は描くのが大変ですが、こういうところを手を抜かないのが京アニの素晴らしさです。しかも、単に備品チェックしているだけじゃなく、他のキャラクターと会話をさせながら備品チェックするというシチュエーションにして、部長という役職の忙しさがさりげなく伝わるようになっています。
その他、引退した3年生の優子と夏紀の痴話げんかが追加や随所にキャラクター描写に深みを与えるアレンジがなされています。
京アニが目指す人間らしい芝居とは
映画公式パンフレットで副監督の小川太一さんが石原監督の演出に関して、「キャラクターが何かをするときに別の動作を入れたりする」と語っています。石原監督はこれに対して「何か無駄なことをさせないとキャラクターの芝居が人間っぽくならないと思う」と答えています(公式パンフレット「Staff Discussion」より)。本作は、何もせずに会話だけしているというシーンがほとんどありません。廊下を歩きながら会話する、備品チェックしながら会話する、座っていても足をばたつかせながら会話するなど、細かい芝居が豊富で地味なシーンでも見ていて全く飽きることがありません。台詞だけでなくアニメの芝居で語ることが全編に渡って徹底されています。
そんな芝居でも特に印象的なのは、久美子とともに本作の主役とも言える釜屋つばめがマリンバを体育館に運ぶシーンです。原作にもあるシーンですが、京アニはこのシーンを非常に丁寧に演出していて、今まで自分の我を出せなかったつばめが大きく成長したんだと芝居でしっかり見せる演出は見事です。
本作の上映時間は57分と短いながらも、多くのキャラクターが登場します。短い時間で多人数を描くのはかなり力量が必要ですが、本作はキャラクターが誰一人埋もれておらず、きちんと印象に残るのです。わずかな出番でも印象に残るように各キャラクターの個性が日常芝居に反映されているからでしょう。例えば、久美子の後輩、久石奏はシャドーボクシングをしながら台詞を喋ったりしますが、彼女の勝気な性格が丁寧に描かれていました。こういう細かい描写から人間的な魅力が匂い立ってくるのが、本シリーズの見事なポイントで京アニの演出力と作画力の賜物です。
そうしたアレンジを入れつつ、原作の魅力をしっかり引き継いでいるところも本作の素晴らしい点です。久美子と先輩であるのぞみとのやりとりで、のぞみが久美子に対して「窓を開けるのが上手いね」と言います。のぞみは窓が何かに引っかかるのか上手く開けられないのですが、同じ窓を久美子はあっさりと開けるのです。この「窓を開けるのが上手い」とは、他者の心を開かせるのが上手いことの暗喩になっているのですが、その能力を活かして久美子が部員たちを導いていく姿が全編に渡って描かれていて、彼女が部長にふさわしい人材であることがよくわかります。
演出に派手さはないですが、全編に渡りハイレベルなアニメ芝居が堪能できる上に音楽も素晴らしく、物語の構成も抜群。57分で濃密なドラマを味わえる傑作になっています。改めて京アニのすごさがわかり、アニメーションの面白さが伝わります。この夏、是非とも劇場で観るべき一本です。
(文:杉本穂高)
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(C)武田綾乃・宝島社/「響け!」製作委員会