「虎に翼」寅子が主催した懇親会に誰も来ず、小橋の妄想が<第67回>
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2024年4月1日より放送スタートしたNHK連続テレビ小説「虎に翼」。
日本史上で初めて法曹の世界に飛び込んだ女性をモデルにオリジナルストーリーで描く本作。困難な時代に生まれながらも仲間たちと切磋琢磨し、日本初の女性弁護士となる“とらこ”こと猪爪寅子を伊藤沙莉が演じる。
ライター・木俣冬がおくる「続・朝ドライフ」。今回は、第67回を紐解いていく。
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お年寄りは出涸らし?
寅子(伊藤沙莉)は星長官(平田満)の民法に関する書籍の改訂版のお手伝いをしています。なぜか長官はちっとも現れず、代わりに息子の航一(岡田将生)と作業をするはめに。彼の反応は独特で、寅子は最初、やりづらく感じましたが、一緒に仕事をしていたら、悪い人ではなかったようです。
寅子の書いた文章を「いいですねここ」と褒められ、寅子もまんざらではない気持ちに。
休日返上で、寅子たちが仕事していると、ようやく長官がやってきます。長官は航一は後妻募集中だと寅子に言います。
仕事抜きで法律と向き合えるこの時間が楽しくて楽しくてたまりませんでした、とナレーション(尾野真千子)が語りますが、これも仕事では?という疑問はさておき。意味合いとしては、純粋に法律と向き合えて、しかも自分のやったことを正当に評価してもらえることですごく報われているのでしょう。それに比べて、本来の仕事のほうでは家事部と少年部の懇親会を催したら誰も来ないという甲斐のない目に遭っています。妄想のなかで小橋(名村辰)にからかわれ、苛立つ寅子。梛川善郎演出ではいつも小橋がいじられています。
最終日は竹もとで、最後の確認。そこにもなかなか長官がやって来ません。
これでもう終わりなのはさみしいと寅子が言ったあと、航一が沈黙。
「あら航一さんも?」と寅子。数日の共同作業で、呼吸が合わせられるようになり、航一の独特の反応の意味を理解できるようになったのでしょうか。彼の口癖「なるほど」というのもそこに悪い意味はないことに気づいたようです。それにしてもずいぶん前向きな理解だなあ。
航一が差し出した表紙の装丁には、寅子の名前も入っていました。航一は寅子も原稿を書いていて、それは手伝いの域を超えていると言います。彼が彼女の原稿を褒めた場面がここに生きています。長官も赤字で彼女の原稿を「大変よろしい」と褒めていました。
余談ですが、ゴーストライターとして名前が表紙に載らない、著書扱いされないということはあることで、それに悔しい思いを味わう人もいます。航一はものの道理のわかった人です。いや、たぶん、長官が名誉欲の深い人ではないのでしょう。
長官は前文だけは自身で書きたいと、ようやく書き終えた原稿を持って竹もとにやってきます。そしてそれを朗読。竹もとの店主たちや客も聞き入り拍手します。名優・平田満によって、シンプルな前文が染みて聞こえます。
出版前の本の原稿を、一般市民に事前に聞かせてしまっていいものかという疑問は、民法とは一般の人々のものだからという理由で片付けることができるでしょう。
星長官は自身を「出涸らし」と言い、穂高(小林薫)とお年寄り同士、これまでやることをやってきた末の出涸らしを、どう有効活用するかを語った話を、航一に聞かせていたようで、航一は今回の書籍の改訂を父親にとっての「出涸らし冥利」と言います。
シニア作家が同世代の人物を「出涸らし」に例えるのはまだしも、若い作家が年輩を「出涸らし」と表すのはかなりの勇気がいったのではないでしょうか(たとえいい意味もあったとしても)。きっとまたSNS でざわつくことを見越して力を振り絞ったに違いありません。若い作家にそんな無理をさせるほど、世間の反応を気にしないとならない現状には胸が痛みます。
まあでも、実際問題、お年寄りがいつまでも出張って若者の活躍を阻んでいる場もあります。誰が猫の首に鈴をつけるかではないですが、なかには役目を終えたという自覚をもつべき人たちに言ってやらねばいけないこともあるでしょう。ガラスの天井とは男女差だけでなく、お年寄りが作ってしまっているものもあると思います。などと考えてしまった第67回。
そして、星長官は本の出版を見ることなく、お亡くなりに。体調が悪かったからなかなか作業に来られなかったのです。素敵な本を世に残せてよかった。
さらにその本に寅子の名前が乗って、法律の本を出したかった優三(仲野太賀)の願いを代わりに叶えたと寅子が思うことにしたという、しんみりした流れです。それが、航一との連名というのがなんとも皮肉な気もしますが。年輩の方々の扱いも含め、情緒に流されることなく、時代は移り変わっていくものという達観を感じます。それが伊藤沙莉さんがいい塩梅に体現して見えます。
人間は雨だれの一粒に過ぎないけれど、落ち行くその瞬間にせいいっぱいできることをして生きていくしかないのです。
(文:木俣冬)
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