人が人を演じることを問う今年の大収穫『貌斬り』、日本と映画界の「今」を考える

貌斬り ポスター

(C)2015 Tatsuoki Hosono/Keiko Kusakabe/Tadahito Sugiyama/Office Keel

これは実に不思議で面白い映画です。

華やかなメジャー作品ばかりではなく、たまにはこういう一見通好みではあれ、その実とてもわかりやすくも奥深く、見る者になにがしかの啓蒙を与えてくれる意味での真のエンタテインメントを堪能してみてはいかがでしょうか……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街vol.181》

映画『貌斬り KAOKIRI~戯曲「スタニスラフスキー探偵団」より~』。

かつて役者の顔が切られた実際の事件を基にした映画を作ろうとする人々を描いた演劇と、その舞台裏で繰り広げられる赤裸々な人間像を追った群像ドラマです。

貌斬り事件を題材にした映画の
制作会議を舞台化+αを映画化

ちょっとややこしくなるかもしれませんが、まずは実在の貌斬り事件から説明していきましょう。

1937年、二枚目時代劇スター長谷川一夫(当時は林長二郎)が暴漢に襲われ、二枚重ねのカミソリで左の頬を切られるという事件が起きました。

まもなくして2名の犯人が捕まりますが、長谷川自身はこの事件を穏便にすまし、背後関係などを追わないよう周囲に働きかけます。

当時、長谷川は松竹から東宝へ引き抜かれたばかりで、そういったことも何か関係していたのかもしれませんが、いずれにせよ、この事件は斬られた当事者によって、どこかうやむやにされたまま終わってしまいました……。

そして映画『貌斬り KAOKIRI』は、『スタニスラフスキー探偵団』という舞台の千秋楽と、その楽屋裏を描いた群集劇です。

この『スタニスラフスキー探偵団』は、実際に東京・高円寺の明石スタジオで2015年1月8日から全8回上演されたもので、そのとき道川昭如キャメラマンに黒子の恰好をさせて、同じ壇上から芝居の模様を撮影。さらには公演後、舞台裏のドラマを撮影するという、ユニークな形式で作られたものです。

つまり舞台はドキュメンタリーですが、舞台裏は虚構のドラマ。

その『スタニスラフスキー探偵団』が描いているのは、貌斬り事件を映画化すべく打ち合わせをする監督や脚本家、プロデューサー、助監督たちの姿です。

この劇の中では前半部、昔も今も映画業界にまつわる何某かの闇に変わりがないことが訴えられ、特に現在の日本映画界が置かれた状況に対する皮肉が目いっぱい注がれています。

「映画は現場で作られているのではない。会議室で作られているのだ」とは、何とも皮肉に満ちた台詞ではありませんか!

貌斬り 01

(C)2015 Tatsuoki Hosono/Keiko Kusakabe/Tadahito Sugiyama/Office Keel

演劇におけるリアリズム理論
スタニスラフスキー・メソッドとは?

やがて舞台は、次第にスタニスラフスキー・メソッドに基づきながら、貌斬り事件の真相を暴いていこうという流れに変わっていきます。

スタニスラフスキーとは19世紀末から20世紀前半に活躍したロシアの俳優兼演出家で、演劇にリアリズムを与えるべく、彼が提唱した理論をスタニスラフスキー・メソッドと呼びます。

かいつまんでその理論を解説すると、演じる役の背景やキャリアなどをきちんと把握した上で、その役の気持ちになって演じろといったもので、この理論は後に米アクターズスタジオでの教育に応用され、そこからマーロン・ブランドやジェームズ・ディーン、ポール・ニューマンなどのスターが巣立っていきました。

舞台では、その理論に基づいて貌斬り事件の関係者をそれぞれ演じていくことで、事件の真実が見えてくるのではないかと考え、それを実践していきます。

すると、最終的には一体何が起きるのか……?

貌斬り 02

(C)2015 Tatsuoki Hosono/Keiko Kusakabe/Tadahito Sugiyama/Office Keel

舞台の裏で繰り広げられていく
赤裸々な人間模様

同時に、千秋楽の本番前や本番中の控室で待機している役者たちの様子も映し出されていきます。

舞台の主人公となる監督役の緒形(草野康太)は演技に憑りつかれた男で、そんな彼の狂気に巻き込まれることを恐れて、舞台から失踪する者や、これ以上の登壇を拒否する者も現れてきます。

やむなくスタッフが代役を務めることになりますが、それはそれで今までの演技のかけあいと違ってくることで役者同士の葛藤が生じていきます。

その日のマチネーで元女優のプロデューサー役を演じ終えたWキャストの千草(山田キヌヲ)も、、もう片方が急きょ役を降りてしまったことから再度テンションを上げて役を演じなければならなくなります。

緒形は緒形で、実は心筋梗塞の薬が必須の身の上なのですが、本番直前にその薬が紛失してしまいます。

そういった役者たちの混乱を、演出家(木下ほうか)は収めるどころか、むしろあおっていきます。

そしてさらには小道具のカミソリが本物に差し替えられてしまいます……。

このように、表の舞台もバックステージもただならぬ事態となっていき、しかも双方が巧みに絡まり合いながら、「人が人を演じるとはどういうことなのか?」、ひいては「人はみな何かを演じながら生きているのではないか?」とでもいったメッセージが見る者に伝わってきます。

貌斬り 03

(C)2015 Tatsuoki Hosono/Keiko Kusakabe/Tadahito Sugiyama/Office Keel

鬼才・細野辰興監督による
渾身の快作!

本作の原作から脚本、監督を務めた細野辰興は『大阪極道戦争しのいだれ』(94)や『シャブ極道』(96)といった実録ヤクザ映画の傑作で役所広司の負の魅力を引き出し、ブレイクさせた功労者で、また伝説の俳優・金子正次が遺した脚本主演映画『竜二』(83)制作の真相を追う『竜二Forever』(02)など、一筋縄ではいかない野心作を次々と世に送り出してきた、まさに「鬼才」と呼ぶにふさわしい監督です。

今回は作りたいものをなかなか作れない日本映画界や息苦しい現代社会の状況を巧みに採り入れながら、人間の業そのものを赤裸々にあぶり出すことに見事成功しつつ、老若男女誰でも楽しめるエンタテインメントとして屹立させています(日本映画史を知っていれば、もっと楽しめる!)。

今年はアニメーション映画の大隆盛で、どうしてもそちらにばかり目が行きがちではありましたが、どっこい実写にもすごい作品が存在していることを見せつけつつ、映画と舞台を融合させながら“映画”そのものの底力を示した快作です。

今年もあと1か月切りましたが、映画好きを自認する人は、これを見逃して年を越すのは実にもったいないと断言しておきます。(まだ上映されてない地域の人は、来年必ず見ましょう!)

(文:増當竜也)

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    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画新作すべてのレビューをめざす『戯画日誌』、『衛星劇場プログラムガイド』誌に、毎月オンエアされる松竹映画名作群の見どころなどを紹介する『シネマde温故知新』を連載中。

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