映画プロデューサー黒澤満特集が国立映画アーカイブにて開催!

1月8日(火)から27日(日)まで、国立映画アーカイブにて“映画プロデューサー黒澤満”特集が開催されます。

(特集の詳細は下記をご参照ください)
http://www.nfaj.go.jp/exhibition/kurosawa201812/

『最も危険な遊戯』(78)をはじめとする遊戯シリーズや、TVから映画へ大きく広がっていった『あぶない刑事』シリーズ(86~)など日本映画ファンならば誰もが知るアクション・エンタテインメント作品を連打した制作会社セントラルアーツの総帥として、日本映画界を大きく牽引した稀代のプロデューサー、それが黒澤満です。

惜しくも昨年11月30日に逝去されましたが(ちなみに本特集は、彼の生前に企画されていたものです)……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街354》

改めて偉大なるプロデューサーの業績を振り返ってみたいと思います!

ロマンポルノを経て
アクション路線を大きく牽引

黒澤満は1933年生まれ。55年に日活に入社し、新宿日活の営業係から梅田日活や名古屋日活の支配人、69年には関西支社宣伝課長を経て、70年に俳優部次長として製作現場に呼ばれ、その後映像本部室長に就きました。

黒澤満プロデューサー(撮影:加藤義一) 

71年に日活がロマンポルノ路線に転向してからは、72年に企画製作部長、73年に撮影所長に就任し、その企画制作の中核として多くの作品をプロデュースしていきます。

77年に日活を退社し、東映芸能ビデオに入社しますが、同年に東映が新たに立ち上げた東映セントラルフィルム(その製作部門が、後のセントラルアーツに発展していきます)に招聘。

そして翌78年、村川透監督&松田優作主演によるアクション映画『最も危険な遊戯』を製作し、これが当時の映画ファンの間で大きな話題を集めることになりました。

『最も危険な遊戯』 (C)東映

この時期、日本映画界は2本立てプログラムピクチュアから1本立て大作路線にシフトし始めていて、松田優作も前年の角川映画超大作『人間の証明』(77)に主演し、これが大ヒットを記録したものの、彼自身はもっと自由な映画作りに邁進することを望んでおり、そのタイミングで出会ったのが『最も危険な遊戯』の殺し屋・鳴海昌平役でした。

村川監督もまたデビュー作の『白い指の戯れ』(71)などで注目されつつも、その後は『大都会』シリーズ(76~78)などTV中心の活動をしていたところを見初められ、久々に映画復帰を果たして大いに注目されるとともに、その後松田とコンビを組んで『殺人遊戯』(78)『処刑遊戯』(79)とシリーズ化されていきます。

同時に黒澤満は松田優作主演のTVドラマ・シリーズ『探偵物語』(79~80)を制作し、これが若年層を中心に人気を集めていったことで、松田は今なお語り継がれる伝説のヒーローとして讃えられていくのでした。

時の角川映画の総帥・角川春樹も『最も危険な遊戯』を大いに気に入って、黒澤満と組んで『蘇える金狼』(79)『野獣死すべし』(80/ともに村川監督&松田優作主演)をはじめとする角川映画プログラムピクチュア路線の多くを発表していきます。

『蘇える金狼』 

80年代はきうちかずひろ原作の人気漫画を原作とする純情ツッパリ不良アクション『ビー・バップ・ハイスクール』シリーズ(86~88)を制作し、これまた大ヒットを記録し、主演の仲村トオルがスターとして飛躍していくことにもなりました。

さらには86年よりオンエアが開始された舘ひろし&柴田恭兵主演の刑事ドラマ『あぶない刑事』が大評判となり、87年には劇場版が製作され、2016年には最終作(?)『さらばあぶない刑事』が作られるほどの長寿人気シリーズとして君臨していきます。

89年より勃興した東映Vシネマなどのオリジナル・ビデオ映画ブームにも積極的に参画し、多大な貢献を果たしており、その中には仲村トオルを大人の俳優として脱皮させた『狙撃 THE SHOOTIST』シリーズ(89~94)があります。

また『ビー・バップ~』の原作者きうちかずひろの才能を見越し、監督として迎えた竹中直人主演の殺し屋バイオレンス・アクション『カルロス』(91)は、続編に小泉今日子、内田裕也を迎えた劇場用映画『共犯者』(99)へと企画が発展して作られたほどの快作でした。

新たな人材を起用し、映画の未来を
示唆し続けた人格者

アクションものだけではなく、黒澤満プロデューサー率いるセントラル・アーツは『Wの悲劇』(84)『それから』(85)『ボクの女に手を出すな』(86)『ラブストーリーを君に』(88)『身も心も』(97)『時雨の記』(98)『GO』(01)『少年メリケンサック』(09)『北のカナリアたち』(12)など幅広いジャンルの作品を多く手掛けています。

『Wの悲劇』 (C)東映 

『それから』  (C)東映

『ボクの女に手を出すな』(C)1986 東映・バーニングプロ  

『時雨の記』(C)セントラル・アーツ/フジテレビジョン

惜しくも黒澤プロデューサーが最後に製作総指揮を司った映画『終わった人』(18)では、定年退職した中年男の心の再生を好演した舘ひろしにモントリオール世界映画祭最優秀男優賞をもたらしました。

撮影所システムが崩壊して日本映画界が人材を育てにくくなっていた1980年代以降、黒澤プロデューサーは積極的に新たな人材を発掘しては世に出し続けていきました。

先にも挙げた松田優作や舘ひろし、仲村トオルなどの俳優陣はもちろん、村川透、長谷部安春、澤井信一郎、那須博之、阪本順治、中田秀夫ら監督たちの信頼も厚く、Vシネマ制作の際は日活ロマンポルノ時代の精鋭監督たちも多く起用していたことが思い出されます。

私も一度だけ酒の席でご一緒させていただいたことがありましたが、そのときも今どんな作品が面白いと思うか、どんな監督、どんな俳優に注目しているかといったことを聞かれ、若造たるこちらの返答を真摯に受け止めてくださる姿勢に人格者としての魅力的オーラを強く感じたものでした。

プログラムピクチュアであれ大作であれ、映画はいかに“映画”として魅力的であるべきかを常に考えつつ、観客に、そして次代に向けて提示し続けた稀代のプロデューサーの業績を振り返るに,今回の特集上映は絶好の機会かと思われます。

単に懐古的なものではなく、これからの映画がいかにあるべきかをそれぞれが認識していく意味でも、この特集にはぜひ足を運んでいただきたいと強く願う次第。

きっと何某かの未来のヒントが示唆されるはずです。

(文:増當竜也)


    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画レビュー・コーナー『戯画日誌』を連載中。近著に『映画よ憤怒の河を渉れ 映画監督佐藤純彌』(DU BOOKS刊)がある。

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