『ダンサー・イン・ザ・ダーク』が賛否両論である理由と、それでも観て欲しい理由をいま一度考える。
セルマは、善良な人たちと共に幸せになることを望んでいたか?
面会に来たジェフはセルマの絞首刑を見届けることについて「僕は来たい」と言い、セルマは「もし耐えられるなら、見届けて」と返しました。セルマの命を救おうとしていたキャシーも、また絞首刑を見に来ていました。思い返せば、ジェフもキャシーもセルマのことを気にかけていた善良な人です。でも、セルマはジェフに「夫にするとしたらあなただけど、結婚する気はない」と言っていたり、キャシーにクヴァルダ(チェコ語で「幸せ」)という名前をつけて「体が大きくて幸せそう」とイメージを語っていたりもしました。どうも、セルマは自分に親身にしてくれる人に対してよそよしい、「自分と共に幸せになる」気がなさそうにも見えるのです。
セルマは「自分よりも他の人の幸せ」を願う人だったのでしょう。だからこそ、自殺願望のあったビルに銃で殺してくれと頼まれれば、そうしてしまった。言い換えれば、「他の誰かが幸せだったら自分のことはどうだっていい」と思っていたことが、その悲劇とあのラストにつながったわけですが……。いや、最後に絞首刑に向かうまでも妄想の中で囚人たちと触れ合っていたことを思えば、本心ではセルマは、誰かと共に幸せになることを望んでいたのに、不幸な自分と同じような目には合わせたくないと思いこんで、そうすることができなかったのかもしれません。
また、中盤の稽古のシーンでセルマの出番になった時、うまく歩数を掴めずに、側にいたキャシーの方が先に出てしまう、というシーンがありました。キャシーはセルマが生きることをただただ望んでいましたが、結局は「寄り添うことができない」人物として、残酷にも描かれていたとも言えるでしょう。最後にキャシーにできることは、メガネを渡して「心の声を聞いて」ということだけだったのです。
実際に最後まで歩数を数えながらもセルマに付き添ったのは、自身にも息子がいるという女性の刑務官でした。彼女もまた母親だからこそ「自分の命よりも息子の未来を優先する」セルマの気持ちがよくわかった、だから、映画の中で「最後まで一緒に共に歩く」という役割が与えられたのでしょう。
最後にジーンが、年齢制限により母の死の瞬間を見なかったことも、セルマにとっては希望であったのかもしれません。セルマに残ったのは、「赤ちゃんを抱きたかった」という理由でジーンを産んだという過去、そしてジーンの未来でした。
余談ですが、前述した最後のテロップの原語は「They say it's the last song. They don't know us, you see. It's only the last song If we let it be」となっており、直訳すれば「彼らは最後の曲だと言うけれど、彼らは私たちのことを知らないの。あなたたちはわかっていると思うけど、私たちが最後の曲だと思えば、そうなるということだけなの」となります。「彼ら」が誰を指しているのか……それは「この映画の製作者」というメタフィクション的な視点もあるのかもしれませんし、絞首刑を見届けたジェフやキャシーや女性刑務官なのかもしれません。
いずれにせよ、この言葉で「あなたたち」が指しているのは、前述した通りこの映画を観ている私たち観客で間違いないでしょう。なぜなら、劇中の登場人物は(最後に歌われた歌以外の)セルマの妄想の中のミュージカルを聴いても、観てもいません。
だけど、観客はセルマの心情を体現したミュージカルでの「心の声」を知っているし、その中ではセルマが憧れのミュージカル俳優に受け止めれらたり、ジーンに「母さんは仕方なくやった(ビルを殺した)だけ」と肯定されたりと、ひとりぼっちではなかった、もっと言えば幸せであった(かもしれない)ことを知っているのですから。
もちろん、現実はその真逆ですし、セルマが妄想の中で、完全に自分が幸せだと信じきっていたかと言えば、そうではないでしょう。彼女自身は、自分が死ぬという現実を確かに見据えているのですから。それがセルマにとっての最善であるはずがありません。それでもなお、ミュージカルや音楽は、過酷な現実に立ち向かうため、受け入れるための手段にもなる……その過酷な現実への抵抗を、本作はただただ描こうとしていたとも解釈できるでしょう。
先ほど告げた通り、本作のラストは表面上はこの上のないバッドエンドです。だけど、セルマがその現実を受け入れ、映画(物語)がさらに続くと考えたら……セルマにとっては、「十分に」ハッピーエンドと言えるのかもしれません。その判断も、あなた(観客)たちに委ねられています。たとえ、「最後の歌」が歌われた、セルマの絞首刑の残酷な瞬間までもを見届けたとしても、そう思うことはできますか、と。
(文:ヒナタカ)
「ダンサー・イン・ザ・ダーク」| 2000年 | デンマーク | 140分 | (C) ZENTROPA ENTERTAINMENTS4, TRUST FILM SVENSKA, LIBERATOR PRODUCTIONS, PAIN UNLIMITED, FRANCE 3 CINÉMA & ARTE FRANCE CINÉM | 監督:ラース・フォン・トリアー | ビョーク/カトリーヌ・ドヌーブ/デビット・モース/ピーター・ストーメア |
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