■「役に立たない映画の話」(C)2016フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ 是枝裕和監督の2本の作品
先輩 こないだBSの番組を観ていたら、是枝裕和監督が自作について面白い発言をしていてね。
後輩 どんなことですか?
先輩 彼にはふたりのお姉さんがいて、監督が映画の中に自分や家族の体験を反映させたことを書くと、「家族の思い出は、あなたひとりのものではありません」「プライバシーの侵害です!」って連絡があるんだと。
後輩 それは、恐いですね(笑)。
先輩 だから新作「海よりもまだ深く」の公開月日を知らせていないらしい(笑)。
後輩 まあ、姉という生き物は、宇宙で最も理解不能な生き物ですからねえ・・(しみじみ)。
先輩 まったくだ(しみじみ)。
後輩 でも、「海よりもまだ深く」には、是枝監督の実体験が反映されているんじゃないですか?
先輩 主な舞台になった団地は、監督が少年時代を過ごした清瀬市の旭が丘団地にロケをしているし。それと、これも監督がインタビューで話したことだけど、樹木希林が演じている母親は、監督自身のお母さんのパーソナリティが反映されているというね。
後輩 またお姉さんから「プライバシーの侵害です!!」と言われるかも(笑)。
先輩 まあそのぐらいのことは覚悟の上だろう。
(C)2016フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ 「歩いても 歩いても」を、さらに深掘り。
後輩 その母親の役が樹木希林で、息子が阿部寛。これって同じ是枝監督の「歩いても 歩いても」と同じキャスティングですね。
先輩 そうそう。「海よりもまだ深く」は「歩いても 歩いても」の設定、キャスティングを活かして、さらにフォーカスを絞り、深掘りした映画だね。
後輩 どういうことですか?
先輩 「歩いても 歩いても」は、希林さんの母親に原田芳雄の父親、姉にYOU、弟に阿部寛、その奥さんに夏川結衣というキャスティングで、死亡した長男の15周忌に家族が集まり、そこで各人の思いや事情が絡み合っていく話で、とりたてて大きな事件が起きるわけではないけれど、ひとつの家族をじっと見つめた秀作だった。
後輩 「海よりもまだ赤く」は、それほど登場人物が多くないですよね。
先輩 うん。「歩いても 歩いても」という映画は、けっこう情報量が多い作品だった。その分多くの人にスポットが当たったわけだけど、今度の「海よりもまだ深く」は、息子と別れた妻、母親、息子の4人に絞り込んでいる。
(C)2016フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ 「役名を考えるのが面倒くさい」って・・・。
後輩 で、阿部寛が妻にも見放されたダメ男を演じているんですが・・。
先輩 オレはちっともダメ男とは思わないけどなあ。
後輩 それは、先輩のほうがさらに輪をかけてダメ男だからじゃ(笑)?
先輩 じゃかあしい。でも「海よりもまだ深く」で阿部寛が演じる良多というおっさんは、若い頃小説で新人賞を取った。それに美人の奥さんをもらった。なんたって真木よう子だからな。胸もあるし(笑)。しかも子供まで作った。これでどこがダメ男なんだろう?少なくとも小説で新人賞を取ったってことは、社会的に認められたことになるわけだし、グラマラスな美女を嫁にもらえたというのは、彼に魅力があったからだろ。全然ダメじゃないよ。
後輩 まあそういう過去に比べて、現在がダメだってことなんじゃないですか?
先輩 50超えて成長するヤツなんて、いねーよ(断言)!!
後輩 なんか・・・凄い説得力ありますね(笑)。
先輩 いやオレのことはさておき、この映画と「歩いても 歩いても」のダメ男を比べると、「歩いても・・」のほうがダメっぷりは上だと思う。けど、あの映画の構造がそれを意識させないんだよな。
後輩 両方とも阿部寛が演じたダメ男の役名は「良多」ですね。
先輩 それも「役名を考えるのが面倒くさいから」って、監督が言ってた(笑)。
(C)2016フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ 色んなことを、ポジティヴに諦めていく映画。
後輩 でも「歩いても 歩いても」という映画は、先輩の言う通り情報量が多いというか、ある種の大河ドラマにさえ見えるんです。家族を描いた点では「ゴッドファーザー」に匹敵する・・とまでは言いませんが(笑)。でもこの映画から伝わる感慨を深めているのは、最後に両親が死んで、その後に良多が妻子とひとり増えた子供を連れて、墓参りに来るとこだと思うんです。
先輩 うん。あそこで「この男はその後ちゃんとした仕事を得て、子供も作りました」って、そこまではっきりとは言ってないけど、ある種のハッピーエンドにしているよね。
後輩 でも、「海よりもまだ深く」は、そういう終わり方してませんよね。
先輩 台風の夜の描写がクライマックスになっていて、そこで良多に「ある変化」が訪れるんだけど、「歩いても 歩いても」みたいな着地感は確かにない。
後輩 いくらダメ男がどうしたとか言ったって、生きていかなくちゃいけないんだから。
先輩 そう。だから「海よりも・・」って終わりのない映画なんだよ。それと、この映画の舞台になる団地にしても、かつては、たくさんの家族で賑わっていたのが、最近では老人ばかり。子供たちが遊んでいた公園も、寂しくなっちゃって。
後輩 団地はこの映画の象徴ですね。
先輩 希林さんの母親が言うんだよね。「あんた、この先私がダメになっていくのを、見ていきなさいよ」って。それはこの団地も同じ。でも、人間だって団地だって、老いる。そして最後は死ぬ。これは避けられない宿命なんだよな。
後輩 人間の死亡確率は100%ですしね。ダメ男がどうのってのは、監督の照れかもしれませんね。自伝的要素が強い作品ですし。
先輩 君が言うように、ダメ男だろうがなんだろうが、死ぬまで生きていかなくちゃいけないんだから。確かに良多みたいなヤツがいると、周囲は迷惑だろうけど、それも受け入れていくしかない。だからこの映画は、色んなことをポジティヴに諦めていく映画。「みんながなりたかった大人になれるわけじゃない」。その通りだよ。むしろなれた人のほうが少ないよ。でも、だから面白いんじゃないか。
後輩 はあああ・・・なんか凄い説得力ですねえ。つまり、先輩はこれからも、生き方を変えないってことですね(笑)。
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