映画コラム
『スノーデン』は反骨のオリヴァー・ストーン監督、渾身の大復活作
『スノーデン』は反骨のオリヴァー・ストーン監督、渾身の大復活作
(C)2016 SACHA, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
オリヴァー・ストーン監督と言えば、これまで『プラトーン』(86)や『7月4日に生まれて』(89)『JFK』(91)など、祖国アメリカの闇にスポットを当て、体制を激しく批判する社会派大作に定評のある名匠ですが、このところはどうも彼の資質を活かした作品に巡り合えてないような感がありました……。
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街vol.197》
が、久々に反骨の社会派巨匠としての本領を発揮した『スノーデン』で大復活を遂げました!
米国国際的監視プログラムの存在を暴露したスノーデン事件の全貌
映画『スノーデン』は、2013年、当時NSA(米国国家安全保障局)職員だった29歳の青年エドワード・スノーデンが、アメリカ政府が秘密裏に展開していた国際的監視プログラムの存在を暴露した一大事件の全貌を描いたものです。
ひとつの国家が世界中のSNSをのぞき見できるといったスパイ映画の設定は多々見受けられるところですが、それがフィクションではなく現実に行われていたことの衝撃もさながら、そのことをアメリカの体制の側にいた平凡な青年が、なぜ国を裏切ってまで告発したのかを、本作はじっくりと丹念に描いていきます。
これまでのオリヴァー・ストーン監督作品は野心的に社会派正義を訴えるのは良しとして、ときにそれが過剰な自己顕示欲的な主張にも繋がってしまい、映画としてはいささか見るのが鬱陶しいと思わされることもたびたびありました。
また最近はスペクタクル史劇『アレキサンダー』(04)や、何と当時まだ現役だった第43代大統領を痛切に風刺した『ブッシュ』(08)、株の世界の内幕を暴く『ウォール街』(87)の続編『ウォール・ストリート』(10)、巨大麻薬ビジネスの脅威を描く『野蛮なやつら/SAVAGES』(12)など、いずれもメッセージ的には力作なれど、映画としてどこか物足りなさが残ってしまったのも事実で、さすがにもう全盛期は過ぎてしまっているのかと嘆息させられるところもありました。
しかし今回の彼の演出は、ギラギラした野心を奥にひそめつつ、落ち着きのあるタッチでじっくりと、アメリカという国家に忠誠を尽くしたはずの青年の心境が徐々に変貌していく様を見事に描出しています。
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国家を敵に回してでも批評精神を貫く真の映画的ジャーナリズム
実際、スノーデンはこれまでオリヴァー・ストーンが好んで描いてきたアクの強い精神的マッチョイズムなキャラクター性とは真逆で、憧れの軍隊生活で怪我をして除隊を余儀なくされ、てんかんの持病を持ち、コンピュータの扱いに精通しているという、いわゆる虚弱体質的な知識人間ではありますが、そんな彼こそが現代社会における勇気ある行為を行った英雄として讃えています。
(オリヴァー・ストーンが信奉する英雄像は『アレキサンダー』を境に、インテリジェンスの側へと変貌していったのかもしれません)
『(500)日のサマー』(09)以降、ナイーヴな青年を演じさせたら右に出る者がいないジョセフ・ゴードン=レヴィットの、これは代表作として後世語り草になる作品でもあるでしょう。
(余談ですが、彼も出演している『ダークナイトライジング』とは対照的に、マチョイズム全開の『バットマンVSスーパーマン ジャスティスの誕生』が、先ごろゴールデンラズベリー賞作品賞にノミネートされてしまったのも、今のアメリカを象徴している事象かもしれません)
ヒロイン役のシャイリーン・ウッドリーをはじめ女性の描き方は相変わらずパターンではあるのはご愛敬として、ニコラス・ケイジやトム・ウィルキンソン、そしてリス・エヴァンスといったベテラン芸達者な布陣は、それぞれが決して多くはない見せ場を濃厚な個性で印象的に魅せてくれています。
劇中、アメリカの同盟国たる日本も登場しますが、(セットで建てられた日本家屋は、どこかの風俗店のよう!?)、アメリカのシステムの中に日本もちゃんと組み込まれていた事実に慄然とするとともに、このスノーデン事件が決して他人事でないことを痛感させられます。
それにしても、このように国家を敵に回すような作品を堂々と作り上げることができるオリヴァー・ストーンの映画作家としての社会に対する批評精神とその姿勢には敬意を表したいところですが(特に今回はどのメジャー・スタジオからも製作を断られたとのこと)、同じようなことを今の日本映画界で果たして成し得ることができるかと問われたら、ほぼ間違いなくノーです。
映画はエンタテインメントの中にジャーナリステイックな要素を忍ばせておくべきだという本作のメッセージのひとつに対し、映画に携わる者はすべからく襟を正すべきでしょう。
こういった勇気ある作品が、やがて日本からも生まれることを祈りつつ……。
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(文:増當竜也)
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