ストレスを興奮・感動・涙に変える大傑作『ワイルド・ギース』
アンドリュー・V・マクラグレンの
キッドナップ・ブルース
最後に、監督のアンドリュー・Ⅴ・マクラグレンについて少し記しておきます。
先にも記したように、彼はジョン・フォードの後継者とみなされ、特に『マクリントック』(63)『チザム』(70)『ビッグ・ケーヒル』(73)といったジョン・ウェイン主演の西部劇にそのタッチが継承されているのが見て取れます(油田火災を題材にした現代劇『ヘル・ファイター』68もまさに西部劇の韻を踏んでいました)。
しかし一方でマクラグレン監督はジェームズ・スチュワートを主演に迎えた『シェナンドー河』(65)『スタンピード』(65)『バンドレロ!』(68)などの作品群で、従来の西部劇から一歩先んでた意欲的姿勢を示しています。
特に『シェナンドー河』は南北戦争を題材に、北軍にも南軍にも協力せずに中立を貫こうとしつつ、誤って末の息子が北軍に拉致されたことからもたらされる牧場一家の悲劇を描いたもので、それまで南北戦争は北軍の勝利を通してアメリカを進化させた正義の戦争としてみなされていたところがありましたが、『シェナンドー河』は戦争に正義も悪もないことを訴え、さらには当時のハリウッドでは一般的ではなかった黒人差別も描いています。
ジョン・ウェイン主演の後期西部劇は総じて清水次郎長的に大らかな座長公演的存在であり、マクラグレンはその座付き監督的雰囲気もありますが、対してジェームズ・スチュワート主演のマクラグレン西部劇は常に実験精神と思想性を両立させた秀作が多く見受けられるのでした。
しかし1970年代に入って西部劇映画の製作が廃れ始めることでマクラグレンもTVの世界へ移行し、それ以降は時折監督する映画の出来にムラが生じ始めていきます。
特に『ワイルド・ギース』はその出来不出来の“上出来”の頂点として讃えられますが、その前後から(特に80年代は)どうにもムムム…なものが増えていきました。
『戦場の黄金律/戦争のはらわたⅡ』(78)『ダーティ・ヒーロー/地獄の勇者たち』(85/『特攻大作戦』の続編TVムービー)、『戦場にかける橋2/クワイ河からの生還』(89)と、なぜか名作戦争映画のパート2を担い続けたこともマイナスイメージを増幅させてしまったように思えてなりません。
(ちなみに『ワイルド・ギース』も続編が作られていますが、こちらの監督はピーター・ハントでした)
もっともマクラグレンは80年代、TVで代表作ともいえる傑作を発表しています。
(どちらも日本ではビデオソフト化しかされてませんが、アメリカではDVD化されました)
まずは『ブルー&グレイ/引き裂かれた祖国』(83)。これは南部出身ながらも北軍の従軍画家として参加した青年の目を通して南北戦争の悲劇を見据えた355分のTVミニ・シリーズです。リンカーン大統領にはグレゴリー・ペックが扮しました。
続いてイランに不当逮捕された米企業重役たちを救出するため、退役軍人を隊長とする救出チームの決死の行動を描いた『鷲の翼に乗って』(86)。こちらも235分の長尺で実話を基にしたケン・フォレットの同名小説をドラマ化したものです。
『鷲の翼に乗って』には『ワイルド・ギース』とも呼応し合うものがありますが、それだけでなくアンドリュー・V・マクラグレン監督作品は『シェナンドー河』はもとより、脱走した囚人の復讐の手段として愛娘を誘拐される老保安官の追跡西部劇『大いなる決闘』(76)、弟と妹を誘拐された長男と次男の奪還西部劇『シャドー・ライダー』(82/TVムービー)なども含めて、不思議と拉致・誘拐をモチーフにしたキッドナップ・ブルース的な内容のものが多いのが特徴でもあります。
思うにマクラグレン監督は、かけがえのない大切な存在を奪われることに伴う怒りと悲しみのエモーションを、映画的な醍醐味に転化させる術に長けていたのかもしれません。
1990年代に入って監督を引退したアンドリュー・・マクラグレンは、その後『シェナンドー河』舞台版の演出を担いますが、やはり彼にとって大のお気に入り作品でもあったのでしょう。
2014年8月30日に、94歳で死去。晩年も世界中から自宅に届くファンレターの多くは、やはり『シェナンドー河』や『ワイルド・ギース』を讃える内容のものだったとのことで、それは映画史上に残る代表作を残し得た映画人としての彼の誇りであり、大きな喜びでもあったことは疑いようのない、そんな映画人生だったことでしょう。
(文:増當竜也)
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