『アンダードッグ』レビュー:個人的に『ロッキー』を越えたBOXING映画の大傑作!



増當竜也連載「ニューシネマ・アナリティクス」

『百円の恋』スタッフが再結集して
作られた本格ボクシング映画!

昭和の時代から映画を見続けてきている者としましては、当時に比べて日本のスポーツ映画もかなり多く作られ、またその質も高くなってきている感があります。

ボクシング映画もまたしかりで、役者たちが実際に肉体を鍛え上げ、厳しい訓練を積んでの本物の試合顔負けのボクシング・シーンを大きな見せ場にし得るものが当然、そしてボクサーの熱く繊細な心情を巧みに醸し出す秀作&力作が増えてきています。

 2017年の映画賞を総なめした菅田将暉主演の『あゝ、荒野』は、まさにその代表格といえるでしょう。

 しかし2020年の晩秋、その『あゝ、荒野』をしのぐどころか、個人的に愛してやまないあの名作『ロッキー』(76)すら凌駕するボクシング映画の傑作がついに日本に誕生したことに驚きを隠せません!



かつて『百円の恋』(14)でダメダメ三十路女のボクシングによる壮絶な再生を描いた武正晴監督が、脚本の安達紳をはじめ再び同作のスタッフとともに作り上げた本格ボクシング映画『アンダードッグ』。

もう、これを見ずしてボクシング映画が好きとか絶対に言ってはいけないし、同時に映画ファンもこれを見ずに今年の日本映画を語るべからず! とゴーマンかましたくなるほどの傑作なのです!

思わず書いている側を興奮させてしまうほどに、心を熱く奮え絶たせてくれる『アンダードッグ』、何はともあれ、どんな映画なのかをご紹介していきましょう。

傷を舐め合う代わりに
打ち合う3人の負け犬たち 

『アンダードッグ』には3人のボクサーが登場します。



まずは元日本ライト級1位だった末永晃(森山未來)。

日本タイトルマッチで敗北して以来、過去の栄光を忘れきれず引退も出来ぬまま、今はデリヘルの運転手をしながら咬ませ犬(アンダードッグ)としてリングに立ち、日々をしのいでいます……。

続いて大村龍太(北村拓海)。



才能を期待されている若手ボクサーの筆頭ですが、なぜか違うジムの晃のもとを訪れてはヘラズ口を叩いています。そして養護施設で育った彼には、ある暗い過去が……。

そして宮木瞬(勝地涼)。



有名俳優を父に持ち、正直あまり面白いとは思えない七光り系お笑い芸人で、番組企画でボクシングに挑戦することになります……。

『アンダードッグ』は、この3人が不思議な縁で絡み合い、やがてリングの上で闘うことを余儀なくされていく運命を通して、それぞれの人生からいかに再生していくかをベースに熱く激しく描いた作品です。



彼らはある意味において「負け犬」と呼ばれる存在かも知れません。

しかし彼らはそのことで心の傷を舐め合うのではなく、激しくぶつかり合うことを選びます。
(いや、そうすることでしか、もはや傷を舐め合うことができないのかもしれない!)

前後編合わせて4時間半を越える大長編で(ちゃんと途中休憩はあるのでご安心のほどを)、前編だけでもう見る側のテンションはMAX! そしてすぐさまその続き=後編を見たくなってしまう欲求に駆られてしまうこと必至!

また3者それぞれの周囲を取り巻く人物たちとのサブ・ストーリーも、現代社会の闇を巧みに反映させた切なくも厳しく、そして映画的には非常にユニークな仕上がりになっていて、おかげで長尺を飽きさせるところは微塵もない、まさに人生を痛感せしめる群像劇としても一級品となっています。

「闇」を通して「光」をもたらす
映画という名のエンタテインメント

『アンダードッグ』は3人の負け犬およびその周辺の(主に底辺に佇む)人々の人間ドラマを通して、一体何を描こうとしているのか?



そして見る側は、一体何を見出すことができるのか?

結論から先に記すと、それは「希望」そのものに他なりません。

映画は何も明るい世界だけを描くのではなく、光も闇も、プラスもマイナスも、ポジティブなものもネガティブなものも、すべて同等に描き得るエンタテインメントです。

むしろ「闇」を描くことに長けているのでは? と思えることもしょっちゅうで、しかしながらその闇を見届けていく私たち観客は、最終的に生きていく上での何某かの「光」なり「希望」なり「活力」をもたらされていきます。
(逆に「絶望」や「脱力」などから明日の決意を新たにさせてくれるものも多々あります)



『アンダードッグ』も社会の底辺でもがき苦しむ人々が心に抱くはかない再生の欲求を、ボクシングというまさに闘争本能を剥き出しにしていかないと成立しない過酷な世界をもって代弁させていきます。

本作のために肉体を鍛え上げて撮影に臨んだ3人の俳優たちの佇まい一つとっても、見る側のハングリー精神まで刺激してくれるのです。
(しかも、彼らが繰り出す試合シーンのド迫力といったら!)

本作の武正晴監督は、最近ではネットフリックスの「全裸監督」(19)が話題になりました。2020年だけで『嘘八百 京町ロワイヤル』『銃2020』『ホテルローヤル』、そして今回の2部作と、それぞれジャンルの異なる新作群を発表する売れっ子ぶり。

そのすべてが水準以上のクオリティを誇る職人的手腕を発揮していますが、それゆえに本人の映画作家としての資質のツボに企画がドンピシャリとはまったときのカタルシスはたとえようもないほどで、それが『百円の恋』であり、本作であったとは大いに断言できるところでしょう。



スタッフワークもそれぞれ見事で、武作品の常連キャメラマンで今回は21世紀の日本の底辺を活写し得た西村博光の撮影、またその画を脳裏に深く刻み込ませる効果をもたらす海田庄吾の音楽、試合シーンで観衆のヤジを際立たせた音響効果も、ボクシングというスポーツの荒々しい非情さを一段と引き出すことに成功しています。

スポーツそのものの醍醐味を通して人生を語るのはスポーツ映画の王道であり、そのボクシング代表が『ロッキー』であることに異論はありませんが、ここに至ってそれに勝るとも劣らない傑作が、この日本で、ともすれば心荒みかねない2020年に完成したことは、画期的な事件だと言わざるを得ないでしょう!

何はともあれ見ていただきたい『アンダードッグ』、たったの5時間弱であなたの人生そのものすら大きく変えさせかねないほどのインパクトをもたらしてくれること必至です!

 (文:増當竜也)

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(C)2020「アンダードッグ」製作委員会

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