映画コラム
『すばらしき世界』レビュー:斬新な姿勢で元ヤクザの生きざまを描いた人間ドラマ
『すばらしき世界』レビュー:斬新な姿勢で元ヤクザの生きざまを描いた人間ドラマ
罪と人と社会の関係性を
追求し続ける西川美和監督
一言で申せば、打ちのめされました。これまでヤクザ映画はそこそこ見てきているほうではありますが、こんな斬新なアプローチで前科者と現代社会の関係性を見据えた作品は類がありません。
たとえば最近公開されたばかりの『ヤクザと家族』にしても、反社と激しく非難されるヤクザ社会の“今”にメスを入れた斬新な作品として評されてはいますが、作劇そのものは意外と半世紀以上前の東映やくざ映画のパターンと変わるところはありません。
これならまだ一人のヤクザの50年の人生の歩みを描いた『無頼』のクライマックス、9.11テロの映像を見て仰天しているヤクザたちの表情を捉えた一瞬のショットで、ヤクザの脅威がテロの脅威に移り変わっていく21世紀という者を如実に描いていたと思います。
もっとも、この『すばらしき世界』という作品そのものは、まったくもってヤクザ映画ではありません。
あくまでも元ヤクザの生きざまをスリリングに、熱く、そしてはかなく描いた人間ドラマであり、その点では西川美和監督のこれまでのキャリアと実に呼応し合う題材でもあります。
西川監督作品は犯罪、というよりも罪を犯した者たちの複雑な心理であったり、その背景であったり、また罪を犯した後の社会との関係性などを追求していくものが印象的に見受けられます。
『ゆれる』(06)『ディア・ドクター』(09)『夢売るふたり』(12)などはその代表格でしょう。
彼女の中に“罪と罰”といった人間の深層心理への探求心が強いのか? それとも単なる偶然なのか?
いずれにしましても、本作の主人公・三上もまた実に人情肌で人好きのする、単に友人関係を築くという点においては、とても良い奴であるのでしょう。
(彼よりも性格が悪く陰湿なインテリ系の隠れDVな輩など、本当にうんざりするほどいますしね)
しかし一方では、感情のコントロールが効かないまま、時に狂気の行動すらお構いなしに突っ走ってしまうという、長年染みついた習性は、長年刑務所暮らしを経た後でも払拭しきれるものではないという、人生の非情……。
そんな男の喜怒哀楽を、今やベテランとか名優とかいった言葉では収まりがつかないほどの“すばらしき世界”を常に銀幕で披露し続ける役所広司が、さらなる意欲を以って体現してくれているのです。
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(C)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会