2021年08月26日

『ショック・ドゥ・フューチャー』レビュー:エレクトロ・ポップスの日の出を告げる1978年の女性ミュージシャンの青春

『ショック・ドゥ・フューチャー』レビュー:エレクトロ・ポップスの日の出を告げる1978年の女性ミュージシャンの青春



■増當竜也連載「ニューシネマ・アナリティクス」SHORT

音楽ファン、特に1980年代あたりのディスコ音楽などにはまった世代にはたまらなく懐かしく、心弾ませる映画ですが、一方で今の若い世代にはエレクトロニクス音楽が黎明期を抜けて、ポップスと融合しながら新たな日の出を迎えるあたりまできていた、そんな1978年の時代の空気を新鮮な趣で捉えることも可能でしょう。

エレクトロニクス音楽そのものの歴史は19世紀末から始まりますが、1970年代になると冨田勲がモーグ・シンセサイザーを駆使したクラシック音楽の現代的再生が世界的な話題になり(フランシス・フォード・コッポラ監督が『地獄の黙示録』の音楽に彼を起用しようとするも果たせなかった事実は、知る人ぞ知るところ)、映画『ノストラダムスの大予言』(74)での世界崩壊の危機を幽玄に告げるシンセ音楽も今なお語り草となっています。

そして1978年は坂本龍一&高橋幸宏&細野晴臣によるYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)が結成され、瞬く間に一世を風靡していきます。特に日本では彼らの活動を抜きにして、エレクトロ・ポップス音楽の隆盛は語れないでしょう。



本作を見ると一目瞭然ですが、1978年あたりになると、それまで高価とされた電子楽器の数々が比較的リーズナブルになり(といっても、まだまだ数か月ほどはバイトしてお金を貯めないといけないくらいの値段ではありましたが。ちなみに冨田勲が1971年にモーグ・シンセサイサーを個人輸入した際は、税関で軍事機器と疑われて足止めを喰らい、かなり苦労したとのこと)

映画音楽的な見地に絞ってもう少しだけ振り返りますと、1978年はアラン・パーカー監督の名作『ミッドナイト・エクスプレス』でジョルジオ・モロダーのシンセ音楽が大きな話題になり、その後モロダーは『フラッシュダンス』(83)などを大ヒットさせ、1980年代エレクトロ・ポップス系映画音楽の顔として君臨していきます(1988年の日本映画『アナザー・ウェイ―D機関情報―』の音楽も担当)。

日本では佐藤勝が『ブルークリスマス』(78)『遙かなる山の呼び声』(80)『地球(テラ)へ…』(80)で、シンセと通常楽器との融合を試みていた時期でした。

1979年には現在リバイバル中の篠田正浩監督作品『夜叉ケ池』に冨田勲が起用され、彼のそれまでのシンセ音楽が大挙劇中で流されることにもなりました。

こうした風潮の中、ジョン・バダム監督の『サタデー・ナイト・フィーバー』(77)の大ヒットでジョン・トラヴォルタが大ブレイクするとともに世界的ディスコ・ブームが巻き起こり、ディスコ音楽とエレクトロニクス音楽が徐々に融合を果たし、かくしてエレクトロ・ポップス音楽は映像ともリンクしながら徐々に拡張していき、1980年代の隆盛を迎えていきます。



前置きが長くなりましたが、本作はそういった時代背景の中、エレクトロニクス音楽に自身の人生の未来をかけようともがき苦しむミュージシャン、アナ(アルマ・ホドロフスキー/何とアレハンドロ・ホドロフスキー監督の孫娘!)の青春を綴っていきます。

日本製のリズムボックスに出会っての喜びの表情も印象的ですが、彼女の音楽をなかなか理解してくれない旧世代の音楽関係者に対するジレンマも見逃すことはできません。



しかも彼らの多くが女性蔑視っぽい発言を平然と放っているのも当時の男性優位社会を物語っているようですが、一方で周囲の女性たちが彼女の音楽やその姿勢にごくごく自然に興味と理解を示していくあたり、さりげなくも感動的です。

本作は最後に「電子音楽の創生と普及を担った女性先駆者たちに捧ぐ」といった献辞とともに、さまざまなミュージシャンの名前が列記されます。

その中には1972年に性転換手術をして女性となったウェンディ・カーロスの名前も。彼女はスタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』(81)や、世界初の本格CG映画『トロン』(82)の音楽を担当。男性時代(ウォルター・カーロス名義)にはキューブリック監督『時計じかけのオレンジ』(71)も手掛けていました。

同じく列記されるベベ・バロンは、夫のルイス・バロンとともにSF映画『禁断の惑星』(56)の音楽を全編電子音で奏でた先駆者のひとりでもあります。



劇中「楽器のない音楽」とも称されるエレクトロニクス音楽の発展に貢献したのは多くの女性たちであったことも、本作を通じてぜひとも知っていただきたいところです。

(文:増當竜也)

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