<大森嘉之>の魅力:消えた名優の変遷と復活劇
(C)1995/2020 Culture Entertainment Co., Ltd
このたび、「月刊シネマズ」の「わたしの推し〇〇」というお題に乗っかってみた。
誰を推すか。
僕は大森嘉之を推す。
’90年代の日本映画で、僕がいちばん好きだった俳優。このまま年を取っていったらますますいい役者になるぞ、と思っていたら、ぷっつりと見なくなってしまった。
「病気をしたらしい」ということを、どこかで聞いた。
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トキワ荘の青春
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1996年に観た『トキワ荘の青春』。この映画は僕にとって忘れられない作品となった。
”その昔、漫画家の卵たちが集まるトキワ荘というアパートがあった。みんなまだ若く無名で金はないが、大きな夢だけはあった。”
このトキワ荘から輩出されたレジェンド漫画家たち。藤子・F・不二雄、藤子不二雄Ⓐ、石ノ森章太郎、赤塚不二夫、つのだじろう……。
だがもちろん、みんながみんな成功したわけではない。当然ドロップアウトした人たちもいる。この作品は、その夢が破れた人たちからの視点で描かれている。
静かなトーンで淡々と描かれるその明暗は、時に優しく、時に残酷だ。
「本当に夢のようだった」
そんな書き置きだけを残して、アパートを後にした漫画家がいた。
その漫画家を演じた俳優Fさんと、僕は酒場で出くわしたことがある。
当時、関西の小劇場演劇のすみっこの方にいた僕は、先輩役者に連れられて、ある酒場に来ていた。そこは関西の舞台役者ご用達の店で、中島らもさんのエッセイにも登場する。
そこに、Fさんがいた。綺麗な女性2人を相手にして、静かに呑んでいた。
先輩とFさんは顔見知りのようで、挨拶がてら談笑していた。
先輩の「嫁と別居になりそう云々」な話に相づちを打ちながらも、僕は少し離れた位置に座ったFさんらの会話が気になって仕方なかった。Fさんと2人の女性が、どうやら『トキワ荘の青春』について語っていたからだ。
喋っているのは主に女性たちで、Fさんは微笑を浮かべ、静かに話を聞いていた。
「やっぱり藤子不二雄とか石ノ森章太郎みたいな人たちって、時流に合わせて作風を変えて行ける柔軟性があったと思うんですよ。でも、いつまでも”清く正しい”児童漫画から抜け出せなかった人たちは、そのまま消えていくしかなかったと……」
そんな話を聞いていると、腹の底から何かがこみ上げてきた。その何かが酔いによるものか、はたまた怒りによるものなのか、僕にはよくわからなかった。
ただ僕は、いつまでたってもいっぱしの役者になれない自分と、あの映画のドロップアウトした人たちを重ね合わせて見ていた。
だから、自分が、あるいは自分の大切な誰かが、バカにされているような、そんな気がして耐え難かった。
「だって『スポーツマン金太郎』じゃあねえ!!笑」
大声で、ドロップアウトした漫画家の代表作の名前を出し、女性2人は大笑いした。
その瞬間、何かが爆発しそうになり、あわててトイレに走る。ただただトイレの壁を殴り、殴っても殴っても収まらないので、思いっきり頭突きをした。立ってられないぐらいの眩暈がして、吐いた。
トイレに走るとき、一瞬視界に入ったFさんは、何も言わず、ただ悲しそうに微笑していた。
*
大森嘉之演じる赤塚不二夫も、”ドロップアウト寸前の漫画家”として描かれている。
どんどん売れていく仲間を尻目に、コツコツと漫画を書いては編集部に持ち込む。だが、きたろう演じる編集者に、「きみは諦めた方がいいかもしれないね」と言われてしまう。見るからに人の良さそうな、きたろうに言われるとキツイ。
失意のまま、酷評された原稿を抱えた帰り道で、見るからに幸せそうな大学生カップルとすれ違う。
俺と同じぐらいの歳した幸せいっぱいのこいつらに比べて、俺はいったい何をしてるんだろう。童貞のまま狭いアパートにこもって、掲載されるアテもない漫画をひたすらに描いて……。
とりあえず赤塚は女を買う。せめて、童貞だけでも捨てよう。
※ちなみに、本当の赤塚先生がこの当時童貞だったかどうかは知らない。ただ、主人公を演じる本木雅弘以外はみんな童貞っぽく、「漫画のことだけを考えて生きてきた」感が漂ってて素晴らしい。唯一の女性漫画家・水野英子(松梨智子)が、つのだじろう(翁華栄)に「つのださん童貞でしょ」と言い放つシーンがある。言われたつのだは大いに狼狽するのだが、大丈夫。どうせ他のみんなも童貞だ。
この赤塚とよくコンビを組んでいたのが、石ノ森章太郎(さとうこうじ)。比較的早くから才能を認められ、恐らく仲間うちで最初に売れ始める。この2人の対比が、またいい。背筋をピンと伸ばして歩き、目力がありハッキリと喋る石ノ森。猫背気味で歩き、自信なさげな目で小さく喋る赤塚。
やっと編集者きたろうに認められ、連載が決まった赤塚。どしゃ降りの雨の中、傘も差さずに帰る。今までは、酷評され、受け取ってもらえなかった原稿を持っていた。でも今日は、原稿を渡したから身ひとつなのだ。いくら濡れても構わない。漫画家を辞めることも考えていた赤塚だが、朗報にはしゃぐわけでもない。びしょ濡れになりながら、ただ歩く。天を見上げて、小さな声で「……やった……」と呟く。泣いているのかもしれないが、どしゃ降りなので、真相は誰もわからない。
青春デンデケデケデケ
(C)ピーエスシー
すっかり大森嘉之に惚れ込んだ僕は、彼の過去の出演作を後追いした。
特筆すべきは、’92年の『青春デンデケデケデケ』。
大森嘉之の”陰”の代表作が『トキワ荘の青春』なら、”陽”の代表作がこの『青春デンデケデケデケ』だ。
主人公(林泰文)の親友で、寺の息子。まだ高校生でありながら、父親の代わりに法事にも出かける。
とにかく明るくエネルギッシュであり、友人らと組んだバンドの精神的支柱であり、既に徳の高い”高僧”の風格も感じさせる。
歯切れの良いセリフ回しから繰り出される、どのお言葉も大変ありがたい。
「エロ本エロ本てバカにすなぁ。人生の宝ぞ。エロチック・マガジンと言え」
「昔から、おなご呼び出すなら寺の境内、男なら便所の裏と決まっとるんじゃ」
「甘えたい時は甘えたらええんじゃ。年がら年中切磋琢磨ばっかしとったら、お互いすり切れてしまうわい」
この作品の舞台は’60年代の香川県。バンドメンバーはみな素朴で、いかにも田舎の高校生然としている。しかしこの大森嘉之の明るさが、たったひとりでこの映画をパワフルかつ眩しいぐらいに光輝いたものにしている。
(※ただちなみに、その素朴なバンドメンバーのひとりは、若き日の浅野忠信だ。黒縁メガネをかけたおとなしい役柄だが、ギターを弾く時のみメガネを外す。その際の色気はただ事ではない)
*
その後、大森嘉之は、『ミナミの帝王』シリーズの竹内力の舎弟役となり、定着する。
「なんか路線変わった?」と思いながらも、きっとまた、新たな邦画の名作に出演すると思っていた。そもそも、各監督たちが彼をほってはおかないだろう。
僕は、彼の独特の味のある風貌を見て、「年を取ったら黒澤映画の志村喬みたいな名優になるのではないか」と、勝手に感じていた。
しかし、突然ぷっつりと、映画でもドラマでも彼の姿を見なくなった。
「体調を崩した」ということを、噂で聞いた。
詳しいことは、知らない。
彼の姿を見ないまま、20年以上の時が流れた。
青天を衝け
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時は2021年。
大河ドラマ『青天を衝け』の最終回を観ていた僕は、思わず叫んだ。
「大森嘉之や!!!」
僕の大声に驚き、お茶を誤嚥して激しくむせ返る嫁の背中をさすりながらも、僕は涙がこぼれて来た。
別の理由で涙を流しながら「……どこに大森嘉之出てるんよ……」と、嫁がテレビを観た時には既にシーンは変わっており、再び彼が登場することはなかった。
ただ、加藤友三郎という実在した軍人を演じた49歳の大森嘉之は、まさに『七人の侍』の時の志村喬のようだった。
なんだ。僕が知らなかっただけで、ちゃんと年輪を重ねたいい役者になってるじゃないか。
(文:ハシマトシヒロ)
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