俳優・映画人コラム

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2022年07月03日

頼りなさが強さに変わる小栗旬“3選” | 「鎌倉殿の13人」“強さ”の向かう先に待っているもの

頼りなさが強さに変わる小栗旬“3選” | 「鎌倉殿の13人」“強さ”の向かう先に待っているもの


『キツツキと雨』

映画『キツツキと雨』より (C)2011「キツツキと雨」製作委員会

映画を早送りで観るタイプの若者に、「2時間まるまる映画を観る時間がもったいないんで、観た方がいいシーンだけ教えて下さい。あとは早送りするんで」と言われたとする。本来なら、「観なくてもいいシーンなど、ない。長い一生の内のたった2時間ぐらい、スマホの電源を切って映画館の暗闇に身を沈めてスクリーンに集中しろ、この若僧」と説教して、ウザがられるところだ。

このような文化は本当に寂しくて悲しいものだと思うが、今ここでそのことについて述べるつもりはない。千歩譲って「ここだけは観るべき」というシーンを選ぶなら、それは「小栗旬と役所広司の絡むシーン」だ。

まず、ふたりの人となりを紹介させてほしい。人里離れた山村で林業を営む岸克彦(役所広司)は、成り行きでゾンビ映画の撮影を手伝うことになる。だが、監督の田辺幸一(小栗旬)があまりに気弱で弱腰のため、撮影は思うように進まず……。

克彦は、無骨で昔気質だが、実は人情家の木こり。血糖値を気にして甘い物を控えているが、実は甘党。

幸一は、気弱でコミュ障の新人映画監督。「自分が甘い物を絶てば、この撮影はうまく行く」という根拠不明のジンクスで甘い物を控えているが、実は甘党。

「甘い物を控えている甘党」である以外は完全に真逆のふたり。本来なら、一度も接点を持つことなく生涯を終えたであろうふたり。このふたりの生み出す化学反応こそが、この作品の最大の見どころである。

たまたま軽トラで、幸一を駅まで送ることになった克彦。初めてふたりが、ゆっくりと会話をするシーン。映画のストーリーを尋ねる克彦に、めんどくさそうに語り出す幸一。幸一の語るデストピアなストーリーに、興味津々に食い気味に過剰反応する克彦。何度も「あの、面白いですか……?」と確認する幸一だが、克彦はすっかり話に引き込まれている。

最初はダルそうだった幸一も、克彦の反応を見て丁寧に語り出す。このシーンが本当に素晴らしい。60歳の克彦の子供のような純粋さと、戸惑いながらも心打たれる25歳の幸一。別れ際に台本を手渡された克彦は、待ちきれずに軽トラを路駐して続きを読む。食い入るように読む。読みながらボロ泣きしている。克彦があまりにもいい人過ぎて、観てるこちらも泣きそうになる。

そして、もう1つ印象的なシーンがある。仲良くなったふたりが、一緒にご飯を食べるシーンだ。店のおばちゃんが、余ったからと言ってあんみつをサービスしてくれる。甘いものを控えている甘党であるふたりは当然、食べない。あんみつをチラチラ見ながら、ふたりは映画のことをポツポツと話す。初対面時に比べたら幾分成長したとは言え、相変わらず「頼りなく」弱気でネガティブな幸一に業を煮やした克彦は、幸一に無理矢理あんみつを食わせる。ジンクスを破られ、ヤケになった幸一は、あんみつをがっつく。克彦の手で不要なこだわりを捨てさせられ、ふっ切れた幸一は、ここから徐々に「強く」なっていく。

最初は見ててイライラするぐらいに小声だった幸一の「本番、よーいハイ」の声も、終盤には大声で叫べるようになる。そして最後には、適正な声量の落ち着いたトーンでの「よーいハイ」で終わる。「よーいハイ」だけでわかる、幸一の成長度合い。

映画『キツツキと雨』より (C)2011「キツツキと雨」製作委員会

この作品の小栗旬も、『宇宙兄弟』同様、前半の「頼りなさ」には相当イライラさせられる。だからこそ、ふっ切れてから垣間見せる、「強さ」に裏打ちされた笑顔が素晴らしい。前半部分の卑屈な困り笑いと、後半部分のスコーンと突き抜けた笑顔のコントラスト。「頼りなさ」と「強さ」を、ここまで自然に同居させる小栗旬という演技者を、どうか観てほしい。

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