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松坂桃李が魅せる「感情の極限」
松坂桃李が魅せる「感情の極限」
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すべて“はまり役”にしてしまうと言ってもいいほど、さまざまな役を演じて評価されている松坂桃李。過去に3回アカデミー賞を受賞しているほか、今年2022年に公開された映画『流浪の月』では「ロリコンで凶悪な誘拐犯」とレッテルを貼られ続けた男の役を演じ、第14回TAMA映画賞で最優秀男優賞を受賞した。
また2022年10月14日に主演の天沢誠司役を演じた実写映画『耳をすませば』が公開されるほか、2022年12月9日には映画『ラーゲリより愛を込めて』の公開も控えている。
彼の魅力のひとつとして、さまざまな極限状態の感情を、実に豊かに演じている点があると思う。例えば同じ怒りの表現ひとつとっても、役によって全然違うから、作品ごとに新しい松坂桃李に出会える。
本記事では出演作品を挙げつつ、彼が演じる「感情の極限」にせまりたい。
『流浪の月』:誰にも理解されない苦しみ
『流浪の月』(2022)では、大学生のとき、公園で出会った少女・更紗を家にかくまったことで誘拐犯となってしまった青年・文を演じる。更紗は家で性的虐待を受けていたため家に帰りたくないと言ったためだが、世間は彼に「ロリコンの誘拐犯」というレッテルを貼り追い詰める。刑期を終えて再出発しても、どこからか情報がばれてネットに拡散され、誹謗中傷の落書きをされてしまう。
(C)2022「流浪の月」製作委員会
ぼそぼそしゃべる“陰”な感じが絶妙にはまっている。「更紗は、更紗だけのものだ。誰にも好きにさせちゃいけない」というセリフから、彼が少女を自分の欲望のままに扱うような人じゃないことは明白なのだが、世間は見たいようにしか見てくれず、一度ついたレッテルは一生はがせない。そして、母に失望されていることにもずっと傷ついていた。
(C)2022「流浪の月」製作委員会
警察にぐちゃぐちゃにされた店で文が服を脱いでいき、更紗(広瀬すず)に“あること”を告白するシーンが忘れられない。普段の静かさとの対比もあり、ここで感情が噴出するような印象だ。
観ていて苦しくなる作品だが、文と更紗2人のシーンには癒されるところも多く、未見の方はぜひ味わっていただきたい。
『空白』:取り返しのつかない事態への絶望
『空白』(2021)で松坂桃李演じるスーパーの店長・青柳は、万引きをしようとした少女に声をかけた。走って逃げだした彼女を追いかけたら彼女は突然道路に飛び出し、目の前で車にはねられたあとトラクターに轢かれて死亡。その父親・添田(古田新太)やワイドショーのスタッフに追い詰められていく。
確かに彼が追いかけなければ少女は死ななかったかもしれないが、もともと万引きしたのは少女であり、彼だけのせいではない。でも目の前で起こってしまった事実に、同じ立場だったら誰もが自分のせいだと思うだろう。さらに添田だけでなく、ワイドショーにも動画を編集され、世間からも非難を浴びる。
(C)2021「空白」製作委員会
土下座して謝ってもそんなものは誰でもできると言われ、少女にいたずらをしたのではと疑われ、事故現場で当時の状況を詳細に再現させられ、道路に飛び出て死のうとしたら止められ「死ぬなら迷惑をかけずに一人で死ね」と言われる。店のバックヤードで弁当のクレーム電話をし、少ししたらクレームをした店にもう一度電話をかけて震える声で「お弁当、おいしかったです、すみませんでした」と泣きながら謝り、ドアノブにタオルをかけて首を吊る。でもそれも、店員に発見され阻止されてしまう。
許されず、死ねもしない苦しみを抱える苦悩。青柳はすごく普通の人で、どこの誰にでも起こりかねない状況だからこそ、もし自分が同じ立場だったらどうするだろうと考えてしまう。青柳がどんなラストを迎えるかにも注目してほしい。
『孤狼の血』シリーズ:作品中でのキャラの激変
松坂桃李の振り幅を語る際に、やはり外せないのが『孤狼の血』シリーズだ。
特に印象的なのは、1本目『孤狼の血』(2018)で彼が演じる日岡が激変すること。広島大出の優等生刑事だった日岡は、不良刑事の大上(役所広司)とコンビを組まされる。はじめは違法行為も厭わない大上のやり方に反感を抱くが、彼が行方不明となった後、大上が彼なりのやり方で正義を貫いていたことを知る。
(C)2018「孤狼の血」製作委員会
翌日大上は水死体となって発見された。ここからの日岡の感情の移り変わりがすごい。見る影もない、暴行の跡が残る水死体となった大上の遺体をよだれをたらしながらぼう然と見つめる日岡は、大上の胃に豚の糞が入っていたと知り養豚場に行く。無表情で豚舎の土をほじくり返してひたすら何かを探し、大上のジッポーを発見するとそこで働く大輝を問い詰める。大上がここで殺されたと聞き、無表情から般若のような顔になって顔を震わせる、一連の表情の変化から目を離せない。そこから大輝を殴り倒し、相手が気絶し返り血を浴びても無表情で殴り続け半殺しにするさまには、恐怖すらおぼえた。
「それ以上やったら死んでしまう」と養豚場の亭主にスコップで殴られた日岡はそのまま帰宅し、破棄しようとした日誌を読む。実は日岡は上層部から配属されたスパイだったのだが、大上ははじめから日岡の正体に気づいており、そのうえでたくさんのダメ出しを日誌に入れていた。最後のページに「ようやったのう、ほめちゃるわ」と書いてあるのを見て、大上のジッポーとタバコを握りしめて号泣する。
そして2作目となる『孤狼の血 LEVEL2』(2021)について、まず『孤狼の血』の画像とビジュアルを見比べてほしい。正直「誰!?」と言いたくなる変わりっぷりだ。大上の遺志を継ぎ、アウトローな刑事として成長した日岡を主人公とした続編。冒頭から優等生刑事の面影はゼロだ。
なんといっても鈴木亮平演じる極悪人・上林との壮絶な対決シーンがすごいのだが、上林が規格外の悪で、観る前はバケモノと対決する人間・日岡を想像していた。だが実際に観ると、日岡ももはや、執念で動くゾンビのような迫力があり、フタを開けたらバケモノ対バケモノの対決であった。すごいものを観た……。
『秘密 THE TOP SECRET』“狂ってしまった男”の最期
『秘密 THE TOP SECRET』(2016)は、死者の記憶を映像化し犯罪捜査を行う「科学警察研究所法医第九研究室(通称“第九”)」という、『孤狼の血』と同じく警察ではあるものの、ガラッと違う特殊な舞台設定。松坂演じる鈴木は、物語が始まったときすでに故人であるため出番こそ少ないが、非常に印象的な役を演じていた。
鈴木は主人公・薪(生田斗真)の友人であり同僚で、死んだ犯人の脳を見られるという革新的なMRI捜査に情熱を注いでいた。殺人犯の脳を見ることは精神的な負担が大きく抑うつ状態になっていたが、自分以上に危うい状態だった薪を気遣い独断で連続殺人犯・貝沼(吉川晃司)の脳を見た結果、発狂して自殺を試み、最終的には自殺を図ろうとし、止めようとした薪が自分を撃つように仕向けるため発砲、正当防衛であったものの薪に射殺されるという形で死を迎え、薪にトラウマを植え付けた。そうしたのは、同じ映像をこれ以上誰かに見せて被害者を増やさないために、自分の脳を撃ってもらいたいという目的もあった。
(C)2016「秘密 THE TOP SECRET」製作委員会
鈴木の最後の発狂シーンは壮絶であり、登場シーンは彼の死んだシーンをベースにした薪の幻覚の中で頭から血を流しながらせまってきて、結局薪に殺されるので恐ろしい。だが意を決した薪が鈴木自身の脳を見たとき、最期に流れた映像は忘れられない。死ぬとき最期に見る映像は、必ずしも現実ではない「自分にとっていちばん幸せな時間」らしいのだが、風車が立ち並んだ草原で薪と2人で話しているシーンだった。
鈴木はおだやかな笑顔を浮かべ「美しい世界はきっとすぐそこにある」と言う。発狂して死ぬ最期の瞬間でも、彼が美しい世界を強く信じていたという点に胸を打たれるし、この映画自体のメッセージのように感じた。ベスト付きのスーツを着て並ぶ2人の姿も美しい。
少々、いやかなりグロテスクな描写が多い映画だが、このシーンは本当にいいので観ていただきたい。
「人の話を聞く」から成長を続けているのかもしれない
先日出演した「林修の初耳学」では「年齢が上がって経験を積むと確固たる価値観ができていくが、それにこだわらず人の意見を聞くようにしている」と話していた松坂桃李。その謙虚な姿勢こそが、彼がどんどん新境地を切り開いていける由縁なのかもしれない。俳優でなくとも参考にしたい考え方だなと思った。30代半ばとなった彼が今後どんな役を演じ、どんな“極限の感情”を見せてくれるのか、より一層楽しみである。
(文:ぐみ)
■『秘密 THE TOP SECRET』配信サービス一覧
| 2016年 | 日本 | 148分 | (C)2016「秘密 THE TOP SECRET」製作委員会 | 監督:大友啓史 | 生田斗真/岡田将生/吉川晃司/松坂桃李/織田梨沙/栗山千明/リリー・フランキー/椎名桔平/大森南朋 |
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