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『ロング・ウェイ・ノース』ジブリファンこそ観るべき「3つ」の理由


『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』は批評サイトRotten Tomatoesで98%の批評家支持率を記録、アヌシー国際アニメーション映画祭の観客賞、TAAF(東京アニメアワードフェスティバル)グランプリを受賞するなど、極めて高い評価を得ている。そして、故・高畑勲監督が講演で絶賛していたことも後押しとなり、フランスでの公開から3年越しの2019年に日本でも劇場公開を果たしていたのだ。

しかも、本作は「三鷹の森ジブリ美術館ライブラリー」のラインナップのひとつでもある。こちらは高畑勲監督・宮崎駿監督がおすすめする作品を中心に、まだまだ知られていない世界の名作の数々をセレクトして紹介する活動のレーベルで、過去には『キリクと魔女』や『ベルヴィル・ランデブー』などが加わっている。端的に言って『ロング・ウェイ・ノース』は高畑勲監督とスタジオジブリがそのクオリティーを認め、世間にもっと知ってほしいと願っている作品なのだ。

そうした事実に限らず、本作はジブリ作品が好きな人におすすめできる理由も、はたまた日本のアニメにはない独自の魅力もある。その理由を、本編の魅力と共に記していこう。

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1:シンプルな少女の冒険物語

本作のあらすじは、「14歳の貴族の女の子のサーシャが、1年前に北極航路の探検の途中で行方不明になった大好きな祖父の航路メモを見つけ、その真実を突き止めようと北極圏を目指して冒険に旅立つ」というもの。誰にでもわかりやすい、シンプルな物語と言ってもいいだろう。


高畑勲監督も「女の子が頑張る姿を追いかけ、それに応じて周りの人たちが変わっていったり、状況が好転したりする」「ただそれだけの話といえばそうですが、この単純さがすごく大事」とやはり、そのシンプルさこそを絶賛している。

【参考記事】高畑勲監督がなぜ劇場公開されないのかと思った作品「Long Way North」上映会 - GIGAZINE

この少女または少年の旅立ちという物語の始まりこそ、子どもから大人まで楽しめるストレートなエンターテインメント要素であり、『天空の城ラピュタ』や『もののけ姫』などのジブリ作品に通ずるもの。働く代わりに住む場所を提供してくれる女性の存在は、『魔女の宅急便』のおソノさんも連想させた。ジブリ作品ではないが、少女が北極を目指す様をリアルに綴ったと言う点で、テレビアニメ『宇宙(そら)よりも遠い場所』を思い出す方もいるかもしれない。

その過程では思いがけないトラブルもあるし、時には恐るべき事態にも陥るが、それでも善意ある人の助けや、はたまた本人の努力もあって事態は好転していき、周りの人間関係が変わり、それぞれが成長していく。まさに、万人が楽しめるドラマが紡がれているのだ。

2:リアリティも追求した、豊かなアニメの表現

本作のもっとも目立つ特徴は、やはりその絵柄。輪郭線がなくシンプルで、同時に絵画のようなあたたかみと美しさがあり、日本のアニメとはまったく違う魅力を存分に感じられるだろう。


物語や絵柄がシンプルなぶん、「ごまかし」はきかない。誰もが楽しめるエンターテインメントであるためには、アニメとしてのクオリティー、細部のディテールこそが重要になってくるはずだ。しかし、その点でも『ロング・ウェイ・ノース』は抜かりはない。例えば、リアルな船上の様子を作り出すために、有識者に意見を求めるのはもちろん、実際に船に乗り込んでリサーチをしている。



その甲斐あって、実際の本編を観ても、船内の様子には「本物そのまま」な印象があり、波が打ちつけた時の船の揺れにも迫力がある。氷山や吹雪などの表現にはどこか恐怖を感じるし、終盤にはあっと驚くスペクタクルも展開する。さらに、終盤にはシビアを超えて、もはや絶望的と言っていいほどの状況も描かれ、そこでもアニメとしての大胆にして細やかな演出と、キャラクターの切実な心理描写により、良い意味で胸が締め付けられるような苦しみを覚えるようにもなっていた。


つまり、『ロング・ウェイ・ノース』はシンプルな物語かつ絵柄であるのにも関わらず、いや、だからこその、アニメの表現の豊かさに感動がある作品なのだ。「アニメそのものの感動」も、言うまでもなくジブリ作品に通ずるポイントだ。

3:「女性らしさ」の押しつけから抜け出す物語

冒険に旅立つ前、貴族である少女サーシャの置かれた状況、というよりも19世紀当時の「女性らしさ」を押し付けられている様が、説明的な言葉に頼らずに示されていることにも注目してほしい。


例えば、サーシャは祖父の遺物を紹介し「北東航路ができたの、ロシア初の!」などと功績を讃えるのだが、友達は興味がなさそうなそぶりをしている。一方、友達が「皇帝ご自慢のご子息よ!」と言うと、サーシャは「ただの青二才よ」とシビアな物言いをしたりする。サーシャは、友達のように理想の王子様を探すタイプではなく、周りへ辛辣になってしまうほどの「他とは違う自分だけの大切な価値観」を持っていると言っていい。

さらに、サーシャの父親は舞踏会が開かれることに対し、「当然だ、良縁を望んでいる」と言ったり、ドレス姿の彼女に「すっかりレディーだな」などと、悪意なく娘に「女性らしくあるべき」と望んでいることが示されている。さらに、旅立った後もサーシャは船の前でカッチという少年から「(海の落ちそうになったのを助けた)お礼はキスでいいかな」などとからかわれたりもするし、もちろん女性が航海に挑むことも初めは歓迎されない。


そんなサーシャにとって、母から「あなたはおじいさんと似ているわ。いつも周りと面倒ごとを起こしていた。あの感触も、今では懐かしいわ」と話してくれたことは(ちょっと皮肉も込めた言い方でも)きっと嬉しかったのだろう。彼女は、祖父と意志を同じくする、当時の規範的な価値観には合わない人物なのだ。

だからこそ、貴族であるため今まで料理もしてこなかったサーシャが、店の手伝いを1ヶ月も続け、その後は船乗りの一員として活動し、どれだけ絶望的な状況でも諦めないその姿が、感動的に映る。これは、規範的な価値観から抜け出し、たくましい自立心で道を切り開く女性の物語であるのだ。

そうした精神的に強くある、自立した女性像も、『風の谷のナウシカ』や『紅の豚』に通ずるジブリ作品らしさではないか。宮崎駿監督作品がそうであるように、『ロング・ウェイ・ノース』からは女性への敬愛を、存分に感じられるはずだ。

そして、その「女性らしさの押し付け」「それからの脱却」は、レミ・シャイエ監督の次作である『カラミティ』で、さらに明確に示されることにもなる。



こちらは実在した女性ガンマンのカラミティ・ジェーンの子ども時代を描いており、集団の中で少女としての制約に悩む主人公が、少年の姿となり冒険する姿が描かれる。別の少年もまた「男らしさ」に囚われていることが描かれているし、その先には男女に囚われない「自分らしさ」の物語になっていくことも誠実だった。

『カラミティ』もまた、子どもから大人まで楽しめるエンターテインメントであると共に、多様性や相互理解、規範的なジェンダーロールからの解放が尊ばれる現代に、観られる価値が大きい作品だ。ぜひ『ロング・ウェイ・ノース』と合わせて観てみてほしい。

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(文:ヒナタカ)

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