【対談】キティ・グリーン監督が岨手由貴子監督に語る、映画『アシスタント』を撮った理由┃「問題に光があたることで、少しずつ搾取の構造が改善されていくのではないか」
第3回目は、ハラスメントや性的虐待を蔓延させているシステムを描い6月16日より公開の映画『アシスタント』のキティ・グリーン監督と、映画『あのこは貴族』を手がけ、持続可能な映画業界を目指す〈action4cinema/ 日本版CNC設立を求める会〉でも活動する岨手由貴子監督の対談をお届けします。
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写真左がキティ・グリーン監督、右が岨手由貴子監督
名門大学を卒業したばかりのジェーンは、映画プロデューサーという夢を抱いて激しい競争を勝ち抜き、有名エンターテインメント企業に就職した。業界の大物である会長のもと、ジュニア・アシスタントとして働き始めたが、そこは華やかさとは無縁の殺風景なオフィス。
早朝から深夜まで平凡な事務作業に追われる毎日。常態化しているハラスメントの積み重ね……しかし、彼女は自分が即座に交換可能な下働きでしかないということも、将来大きなチャンスを掴むためには、会社にしがみついてキャリアを積むしかないこともわかっている。
ある日、会長の許されない行為を知ったジェーンは、この問題に立ち上がることを決意するが――。
100人の女性たちの、「真実」から紡いだ映画
──憧れの映画業界に就職した新入社員のジェーン(ジュリア・ガーナー)の一日を描いた本作。同僚に厄介な仕事を押し付けられ、会長に気まぐれな暴言を吐きかけられ、直接的な暴力はないものの苦しい職場環境が垣間見えてきます。まずは映画『アシスタント』の感想を、岨手監督からうかがえますか?
岨手由貴子(以下、岨手):非常にすばらしい作品でした。夜明け前に出勤して深夜まで働くというジェーンの一日の流れが、自分自身も身に覚えがある時間だと思い返しながら観ました。冒頭からいわゆる“雑用”とされる些細な仕事を淡々とこなしていく彼女の姿が映されるからこそ、その人間性を信頼できましたし、一方で気まぐれな要求や同僚の態度といった小さな攻撃が、彼女をジリジリと追い詰めていく様にリアリティがありました。じっと耐えている状況と心の内の混乱。緊迫感があり、とてもスリリングな作品でした。
キティ・グリーン(以下、キティ):ありがとうございます。ジェーンと同じ時間を過ごした方から、そのような感想をもらえて嬉しいです。
ジェーンは休日もなく、会社では一番最後まで働いている
岨手:プレスシートに「映画やテレビ業界を経験したたくさんの女性にリサーチを重ねた」と書かれていたのですが、本作で描かれる心理的ハラスメントや搾取の構造というのは、現在のアメリカでどのくらい一般的なものなのでしょうか? というのも、日本の映像業界は諸外国と比べて、こうした労働環境の不健全さが問題視されるのがとても遅く、最近になってようやく議題にあがってきた段階です。そういった問題について話し合うときに諸外国の労働環境を参考に議論を進めることが多いのですが、イメージとしてはアメリカは日本よりもかなり進んでいると思っていました。
キティ:残念ながらアメリカでも、議論されるべき労働環境の問題はまだまだあります。性加害だけでなく、上司の気まぐれな要求や暴言、同僚から押し付けられる厄介な仕事、サービス残業など浮上してきていない問題が山積みではないでしょうか。
岨手:そうなのですね。
キティ:私はオーストラリア出身で、地元の友人やヨーロッパ圏の人々など、国境を越えて100人ほどの女性にインタビューをしましたが、全世界共通で「ジェーンと同じようなハラスメントを受けた」と言うんです。さらに映像業界から広げて、ITや金融といった他の業種の女性たちにも話を聞いたのですが、同じような声が聞こえてきたことに、悲しみと同時に、ものすごく怒りが込み上げてきました。
同じ部署には二人の男性の同僚がいるが、彼女に手を差し伸べることはない
岨手:印象的だったのが、同僚がジェーンに用事があるときに、口頭で呼び止めるのではなく紙くずを投げつけて合図を送るアクション。やっている方はコミュニケーションの一貫のつもりかもしれないけれど、ゴミを投げつけられたら当然傷つきますよね。そうした些細な行為の積み重ねが彼女の自尊心を傷つけていく、という描写が秀逸でした。ひとつひとつは訴えるほどの大きな問題ではないのかもしれないけれど、ちょっとした言動が搾取やハラスメントにつながっていると感じて、私も怒りを覚えながら鑑賞しました。
キティ:私はストーリーにして伝えるのではなく、彼女の感情面からハラスメントや搾取の構造を表現したいと思っていました。いかに彼女は力がなく、尊重されておらず、自尊心を傷つけられているのか──映画の描写は、ほぼすべてインタビューを通して女性たちが語ってくれた「事実」がもとになっています。ディテールを具体的に描写することで、些細な攻撃こそ、不正行為や暴行を生み出してしまう一因になっているのではないか、というメッセージを伝えたいと思いました。
──些細な言動は「ちょっとしたこと」として軽く扱われてしまいますが、決してそんなことはないですよね。
キティ:そうですね。性暴力はなくても、日常的な精神的虐待や搾取が常態化することは、ハラスメントそのものです。また、周りも見て見ぬふりをして、加害を受け入れているという「消極的な傍観者」の存在も問題だと、インタビューに応えてくれた彼女たちは話していました。些細な攻撃を見逃すことは「許す」ということ。その繰り返しが搾取を常態化させてしまうんです。
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