【対談】キティ・グリーン監督が岨手由貴子監督に語る、映画『アシスタント』を撮った理由┃「問題に光があたることで、少しずつ搾取の構造が改善されていくのではないか」
社会全体にはびこる性差別やルッキズム
さまざまなハラスメントに葛藤するジェーン──本作は2017 年 に巻き起こった#Me Too運動をきっかけに発案され、2019年に米国で公開されました。映画公開から4年が経ちましたが、アメリカの映像業界の働き方やハラスメントにまつわる変化を感じますか?
キティ:#Me Too運動が始まった当初は、ハラスメントにまつわる言葉自体がありませんでした。なので、この問題をなんと口に出していいのかわからなかった。しかし、今は様々な議論から言葉が生まれて、ディスカッションできるようになりました。現段階では、問題点を分析して洗い出していき、どう改善していくのか、という具体的な行動をはじめているフェーズだと思います。
会議の後片付けまで彼女が担当する
──本作では、ハラスメントがどのような構造から生まれるものなのか、という問いを投げかけられていたように思います。インタビューや映画製作を通して、構造の問題についてどのような気づきがありましたか?
キティ:そうですね……主人公のジェーンを会社の中で最も力を持っていない「末端社員」にしたのですが、そうした理由はいくつかあります。まず、下っ端ですと雑務を引き受けることが多く、いろいろな部署に話を持ちかけて調整をする仕事が大半を占めます。今回であれば会議の調整、ドライバーとの調整など。そうすると、様々な立場の人たちとの対応を描くことができ、職場環境の雰囲気が伝えられるのではないかと思いました。また、トップの加害性に気づいてしまったとき、入社したばかりで誰にも相談ができない。意を決して、人事部に訪問するシーンがあります。
人事部を訪問するジェーン、だが......
岨手:見ごたえがありました。
キティ:12ページにおよぶ、長いシーンでした。人事部長が彼女に対して「ガスライティング」をする──つまり、彼女自身の言動は虚像ではないのかと話を歪めて、自分を責めるように仕向ける。目撃した出来事を訴えようとしても、誰も耳を貸してくれないどころか、否定されるのです。あまりに無力であることに彼女は自信をなくし口をつむいでしまうのは、権力のない立場ゆえの苦しみだと思います。
岨手:人事部のシーンも、インタビューをした女性たちから語られたエピソードなのでしょうか?
キティ:そうなんです。ほかにも、上司に相談をしても話がうやむやにされてしまうケースは多々聞きましたし、悪い話がたくさんありました。ガスライティングの経験、様々なツールを用いて告発をもみ消そうとされる、内密だったはずの相談内容がバラされてしまう……。
──聞いているだけで心が痛むほど、劣悪な職場環境ですね。
キティ:先ほど「消極的な傍観者」という話をしましたが、やはり周囲の人間も声をあげて、問題を主張していく「積極的な協力者」にならなければ構造の根本は変わらないと思います。女性のボスと話をするシーンがあるのですが、そのボスも“自分のキャリアのために”会長のハラスメントに目を背けている。動揺しながら訴えた彼女のSOSを無視するのは、ハラスメントを行える環境を許してしまっていることになります。自分のキャリアを守ることしか考えていない人々が、構造の悪循環のひとつにありますよね。
──岨手監督は、本作と日本の映画業界の状況を照らし合わせたときに、考えさせられたことはございますか?
岨手:キティ監督も話されていましたが、ジェーンが人事部に相談をするシーンはとても印象深いです。新しいアシスタントの待遇の違いから、会長から性暴力を受けているのではないかと確信し人事部に相談すると「若くて綺麗な同僚に嫉妬しているのではないか」と歪曲されてしまいます。私もこれとまったく同じ状況を撮影現場で見聞きしたことがあります。仕事上の注意をしただけなのに、それを聞いた男性スタッフから「若い子に嫉妬して意地悪しないで」と言われたんですよね。これは女性の発言や仕事ぶりを真剣に受け止めないことの表れだとも感じます。そこには、労働環境の問題だけでなく、社会全体にはびこる性差別やルッキズムも関係するのではないでしょうか。
──岨手監督は「消極的な傍観者」という部分はどうお考えですか??
岨手:日本はまだまだ男性社会なので、決定権のある立場には男性がいることがほとんどです。だからこそ、女性である自分がある程度の決定権がある立場に立ったときに、「同じ女性にどういう声をかけてあげるべきか」ということはいつも考えています。
キティ:山積みの問題を前に声をかけ合う、話し合うということはとても大切ですよね。また、あえて性別の冠をつけますが、私たち女性監督が映画を作り続けることも若い世代に勇気を与えると思います。「改善していくぞ」という姿勢を見せることは、希望になるはずなので。
岨手:そうですね。構造を変えていくために一人の力でできることは限られていますし、専門的な知識が必要な場合もあります。個人でできることと連帯してできることの両軸を考えたいです。
セリフで説明するのではなく、動きで見せる
ベルギーの映画監督・シャンタル・アケルマンの『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』(1975年)岨手:話がずれてしまうのですが、プレスシートで主人公を「現代のジャンヌ・ディエルマン」(シャンタル・アケルマン監督作)と表現されていたのが記憶に残っています。ジャンヌ・ディエルマンは主婦で、家事など何気ない日常が延々と映されることに大きな意味を持っていた作品でした。本作もジェーンの仕事中の動きに焦点があてられています。会話劇ではなく、彼女のアクションを通して表現したことが観る側の没入感につながっているのではないかと感じました。
キティ:ありがとうございます。
岨手:会話劇ではなくアクションで見せることに、どのようなこだわりがあったのでしょうか?
キティ:被害を受けている女性がたったひとりで立ち向かうのは無謀で、その無力感は計り知れません。言葉さえも発せない状況にあるので、コピーをとる、上司のゴミを後片付けするといった細かいアクションで見せることがベストだと思いました。セリフで説明するのではなく、動きで見せることで、彼女に感情移入できるようにしたかったんです。
岨手:なるほど。私が映画を通して感じたのは、彼女に味方がまったく居ないということです。たとえば、上司に話しかけるとき、目の前に立っていてもすぐに声をかけてもらえない。自分からノックをしてもしばらく待たされる。話をする許可がもらえないというアクションが多く、いかに口をふさがれた存在なのかということが“雄弁に”語られていて、素晴らしい演出だと思いました。
キティ:ありがとうございます。この作品をきっかけに私たちのようにディスカッションが生まれて、問題に光があたることでやっと、少しずつ搾取の構造が改善されていくのではないかと思います。ひとりひとりが自分の役割を考えて、傍観者にまわらないことを願います。
左がジェーン役のジュリア・ガーナー、右がキティ監督
Profile
キティ・グリーン1984年オーストラリア出身。デビュー作である長編ドキュメンタリー『Ukraine Is Not a Brothel(原題)』はウクライナの挑発的なフェミニスト運動を追った作品。2013年のヴェネツィア国際映画祭で初公開された後、50以上の国際的な映画祭で上映され、オーストラリア映画テレビ芸術アカデミー(AACTA)賞の最優秀長編ドキュメンタリー賞を受賞した。その補完的プロジェクトである短編ドキュメンタリー『The Face of Ukraine:Casting Oksana Baiul (原題)』は、サンダンス映画祭のノンフィクション部門で短編映画審査員賞を受賞。彼女の最新長編ドキュメンタリー『ジョンベネ殺害事件の謎』は、Netfixオリジナルとして買われ、2017年のサンダンスでプレミア上映、ベルリン国際映画祭で上映された後、AACTA賞の最優秀長編ドキュメンタリー賞を受賞した。グリーンは2017年サンダンス・インスティテュートのノンフィクション芸術部門のフェローシップに選ばれた。『アシスタント』に続く二作目の長編フィクション『The Royal Hotel(原題)』では、ふたたびジュリア・ガーナーとタッグを組んでいる。
岨手由貴子
大学在学中から自主映画をはじめ、水戸短編映像祭やぴあフィルムフェスティバルに入選。2015年に長編商業デビュー作『グッド・ストライプス』が公開。本作で第7回TAMA映画賞 最優秀新進監督賞、2015年新藤兼人賞 金賞を受賞する。2021年には山内マリコの同名小説を映画化した『あのこは貴族』が公開。Netflixオリジナルシリーズ『ヒヤマケンタロウの妊娠』では脚本を担当。現在、ディズニー+で燃え殻のエッセイを元にした連続ドラマ『すべて忘れてしまうから』が配信中。
(取材・文/羽佐田瑶子)
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