映画コラム

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2023年07月11日

『1秒先の彼』ゆる~いラブコメ?SF?清原果耶が見せた“温かさ”

『1秒先の彼』ゆる~いラブコメ?SF?清原果耶が見せた“温かさ”

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本来リメイク作品の記事を書くのであれば、当然オリジナル版も観て、両作品の比較考察などをするべきであろう。

だが、台湾映画『1秒先の彼女』の日本版リメイク『1秒先の彼』を観た筆者は、オリジナル版を観ることをやめた。この山下敦弘監督、宮藤官九郎脚本によるリメイクを気に入り過ぎてしまったからだ。


ハジメは岡田将生でなければならないし、レイカは清原果耶でなければならない。バスの運転手さんは荒川良々、オトンとオカンは加藤雅也と羽野晶紀、舞台は京都以外に考えられない。そして当然、笑福亭笑瓶・本人役を笑福亭笑瓶以外の人間が演じるわけにはいかないだろう。

何でも1秒早い彼・ハジメに密かに憧れ続ける、何でも1秒遅い彼女・レイカ。レイカが生まれて初めて蚊を捕まえることができた時、ハジメとレイカの世界は一変する……。

この物語を単なる「ゆる~いラブコメ」だと思ったら、大間違いだ。

山下敦弘meets清原果耶

山下敦弘監督の作品は、不器用で、上手に生きられなくて、でも純粋で愛すべき人間たちを、一貫して優しい視点で描いている。

『天然コケッコー』の夏帆も、『リンダ リンダ リンダ』のペ・ドゥナも、『苦役列車』の森山未來も、『もらとりあむタマ子』の前田敦子も、みんなみんな観ていると涙が出てくる。どうしてもうちょっと上手に生きられないのかと、もどかしく思いながらも愛おしくなる。全員と友達になりたい(『苦役列車』の森山未來以外)。


清原果耶が各作品で演じる役は、いつも仏頂面で、困り顔で、怪訝そうな目つきで、上手に笑えなくて、笑う時も困り笑いか冷笑か下手くそな愛想笑いで、何か悩みを抱えていて、なんとなく人生を謳歌してなさそうなタイプが多い。

こう書くと、ネガティブ面ばかりのさぞ魅力のない女の子に感じるが、そうではない。彼女の仏頂面は、たまらなく魅力的だ。おそらく仏頂面界隈でもっとも美しい。そのぎこちない笑顔も、大変いじらしい。だからこそ、何かのきっかけで10年に1度ぐらいの心からの笑顔を浮かべた時には、観てるこちらまで感動してしまう。

清原果耶、山下敦弘映画のヒロインにピッタリじゃないか。今まで出ていなかったことが不思議だ。


今作で清原果耶が演じる長宗我部麗華(レイカ)は、何でも人より1秒遅い女の子。徒競走ではみんながスタートしてから1秒後に走り出すし、テストではみんなが6問目を解いている頃にやっと名前を書き終わる。蚊を捕まえたことは人生で1度もないし、カメラ女子なのに動くものを撮るのは苦手。自分のペースで大学に通っていた結果、現在7回生。

このレイカが過去のある出来事から密かに憧れ続けているのが、よりによって何でも人より1秒早い郵便局員、皇一(ハジメ)だ。


そもそもハジメには好きな女性がおり、レイカのことは「いつも郵便局に手紙を出しにくる地味でパッとしない女の子」ぐらいにしか思っていない。タイムラグの端と端にいる2人のタイミングが合うことなど、永遠に来ないと思われたが——。

ネタバレになるので詳しくは書かないが、あることをきっかけにレイカ(となぜか荒川良々演じるバスの運転手)以外の人間の時間が止まってしまう。この作品は「ゆる~いラブコメ」どころか、意外にもSFなのである。

その時レイカは、おそらく生まれて初めて動いている人間(正確には動いている体勢のまま止まっている人間)を写真に撮ることに成功する。その時彼女は、作中初めて心から嬉しそうに笑う。

「良かったね~。神様からのギフトだね~」と、こちらも涙ぐみそうになるが、そうではない。世界が止まってしまった理由は、他にある。



ここぞとばかりにハジメを重そうに引きずって運び、念願の2ショットを撮るレイカ。その際のレイカの本当に幸せそうな笑顔に、筆者は泣いた。……泣いたけれども、果たしてこれは単なる「いいシーン」なんだろうか。動けない人間を“おもちゃ”にしている様は、冷静に考えるとなかなかに猟奇的だ。もしここに性的なアプローチを加えてしまったら、一気に江戸川乱歩的な世界観になってしまうのではないか。

危惧する筆者を尻目に、レイカはハジメと(もしかしたらこれも念願の)添い寝をし、そのままキスをしそうになり……ながらも思いとどまった!それでいいんだレイカ!レイカの「理性」と、山下敦弘監督と宮藤官九郎の絶妙な「バランス感覚」に感謝をした。ギリギリ「ハートウォームないいシーン」に納めた判断が、もう素晴らしい。

笑福亭笑瓶師匠について


今作で、なぜかハジメの恋愛相談(という名の愚痴)をラジオの本番中に毎回聞かされるラジオ・パーソナリティ、笑福亭笑瓶役を演じているのが笑福亭笑瓶師匠本人である。

最初は困惑気味にハジメの話を聞かされていた笑瓶師匠だが、1年が経つ頃には、親身にアドバイスを送るアニキのような存在になっている。

そんな笑瓶師匠にとって、今作は遺作である。笑福亭笑瓶師匠は、今年2月22日に逝去された。



笑福亭笑瓶師匠は、筆者のような大阪人にとっては“近所のおもろいおっちゃん”のような存在だった。「はい、おつり300万円!」とか言いそうなおっちゃんだった。オカンに「あのおっちゃん、最近見ぃひんなぁ」と言ったら「亡くならはったらしいで」と返された時のような、驚きと寂しさと悲しみが、今もある。

だから、こんな愛すべき作品の中に「笑福亭笑瓶本人」として永遠に残ることが、とても嬉しい。

釣られることは、悪いことではない



幾田りらの歌う主題歌「P.S.」の歌詞に、印象的なフレーズがある。

「まるで何もかも違う 生き方もそのテンポも でも君に釣られていくのは 心地良いと思えたんだ」

1秒早いハジメと1秒遅いレイカのタイムラグは、2秒だ。お互いがお互いに「釣られて」、今までの人生より1秒早く、あるいは1秒遅く生きてみたら、2人のタイミングは合うはずだ。

いきなり1秒が難しいなら、0.1秒ずつでもいい。ゆっくりと時間をかけて歩み寄り、いつか2人のタイミングの合う日が来ればいいなと、幾田りらの転がるような歌声を聴きながら思った。

(文:ハシマトシヒロ)

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