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【第74回ベルリン国際映画祭】映画ライター注目作“10選”


2月15日(木)より、三大映画祭のひとつ「ベルリン国際映画祭」が開幕する。今年のベルリン国際映画祭は波乱を迎えており、イスラエルのガザに対する虐殺に明確な反対姿勢をとっていないことからボイコットが発生しているのである。

元東京国際映画祭作品選定ディレクターの矢田部吉彦氏は、ブログの中で以下のようにベルリン国際映画祭を分析している。

今年は昨年のようなクリアな姿勢を取ることが出来ないことは明らかです。歴史的背景から「反イスラエル政府=反ユダヤ主義」であるという曲解を招くリスクを負えないドイツは、激しいジレンマに直面しているのだろうと、僕には見えます。

ベルリン映画祭2024予習ブログより引用

そうした状況の中で集まった映画作品をチェックすると、さまざまなアクチュアルな問題に対し独自の眼差しを向けた作品が多いことに気づかされる。また、三大映画祭の中で最も新鋭監督発掘に力を入れているといっても過言ではないベルリンとして、ここ数年の中でもパワフルな作品が集結したともいえる。

そこで今回は第74回ベルリン国際映画祭注目作品10選を紹介していく。

1.A Different Man(コンペティション)

2010年代版『エレファント・マン』こと『Chained for Life』を放ったアーロン・シンバーグ監督がA24に見出された。

『Chained for Life』は人間の無意識なる差別を批判した作品である。とある撮影現場、盲目の看護師を演じる女性だけが健常者であり、他は何かしらの障がいを抱えている。撮影中は役に徹するも、撮影の外側での会話の中で心理的壁が生まれてくる。撮影クルーも同様に、自分の健常さを誇張するように他の俳優と記念撮影をする。

このように人間はどんなに演技をしようとも、外見で差別的振る舞いをしてしまう場合があると語ったアーロン・シンバーグが、さらに掘り下げたような映画を撮ったようだ。

最新作『A Different Man』は、顔の整形手術を受けた者が自分の自伝的舞台で主演を演じる男に執着するサイコスリラー。主演は『キャプテン・アメリカ』シリーズでバッキー役を務めたセバスチャン・スタンである。

また、『Chained for Life』にて主要キャラクターを演じたアダム・ピアソンも出演している。彼はレックリングハウゼン病を患っており、顔が歪んでいる俳優だ。『Chained for Life』で、強烈な虚空を見つめる眼差しを生み出した彼が今回、どのような演技をするのかも注目である。

2.The Empire(コンペティション)



若きジャンヌ・ダルクがヘッドバンギングしながら尼僧と対立する『ジャネット』の鬼才ブリュノ・デュモン新作はまさかの《スター・ウォーズ》だった。

フランスの片田舎に、空から教会型の戦艦が降り立ち戦いの火蓋が切って下されるといった作品のようである。予告編を観ると、ライトセーバーで戦う場面やTIEファイターが回転しながら墜落する場面のオマージュといったスター・ウォーズファンをにやつかせる場面の連続となっている。

本作が注目なのは、単にブリュノ・デュモンが《スター・ウォーズ》を撮っただけではないことにある。彼の作品のファンであれば「おやっ」と思うであろう、ベルナール・プリュヴォストがいるのである。

彼は『プティ・カンカン』シリーズでおとぼけ警察部長ヴァン・デル・ヴェイデンを演じた俳優だ。今回も同じ役で、宇宙戦争が勃発するフランス田舎町を救うようである。つまり、本作は『プティ・カンカン』シリーズ最新作なのだ。

このシリーズはジャンル映画の解体/再構築を行なっている。1作目『プティ・カンカン』では、デヴィッド・リンチ『ツイン・ピークス』をアレンジした作品へと仕上げた。

2作目『プティ・カンカン2:/クワンクワンと人間でないモノたち』ではボディ・スナッチャーをアレンジし、町の人々が宇宙外生命体に乗っ取られているのに呑気に過ごしている外しの演出が特徴的となっている。

今回は、ハリウッド大作に挑む。果たしてブリュノ・デュモンはどのように《スター・ウォーズ》を調理してみせるのだろうか?

【関連コラム】『ジャネット』解説:ヘドバンする若きジャンヌ・ダルクから見えるもの

3.Dahomey(コンペティション)

初長編作品『アトランティックス』がカンヌ国際映画祭にてグランプリを受賞し注目されたフランス系セネガル人監督マティ・ディオップ

彼女の新作はドキュメンタリーとなっている。フランス植民地時代に略奪されたダホメ王国の宝がベナンに返還をめぐってアボメイ・カラヴィ大学の学生たちが議論する。

略奪したものは返還する必要はあるものの、所蔵管理する体制が整っているか?博物館のあり方を語る上で議論になる話題に対して、どのような意見が出るのか目が離せない一本となっている。

4.Shambhala(コンペティション)

ネパール映画が初めてコンペティション部門に選出された。ミン・バハドゥル・バム監督は仏教哲学と政治学の修士を収めた後、ヴェネツィア国際映画祭に短編映画『The Flute』を出品した。

本作は、ネパール映画として初めてヴェネツィア国際映画祭に選出された。日本では、東京フィルメックスで『黒い雌鶏』がコンペティションに選出されたことで知られる監督である。

8年ぶりの新作『Shambhala』は、ヒマラヤの一夫多妻の村を舞台とした話である。新婚で妊娠中の女性・ペマが新しい生活を迎えようとするが、夫のタシが失踪してしまう。彼女は僧侶を伴って彼を探すため荒野への旅に出るロードムービーだ。

はたして、このままネパール映画初の金熊賞受賞となるのだろうか?

5.Favoriten(エンカウンターズ)

第72回ベルリン国際映画祭エンカウンターズ部門にて作品賞を受賞した『Mutzenbacher』のルート・ベッカーマン新作ドキュメンタリーは、ウィーンのとある小学校にフォーカスを当てている。

生徒の60%以上がドイツ語を母語としておらず、教師をはじめとするリソースが不足する中でどのような授業を行えば良いのだろうか?3年間におよぶ密着取材を行った作品である。

教育現場に迫ったドキュメンタリーといえば、『バッハマン先生の教室』が配信されたことが記憶に新しい。ドイツの移民が多く通う学校を舞台にカリスマ教師バッハマン先生の絶妙な生徒との間合いを魅せていくドキュメンタリーであった。

『Favoriten』ではイルカイ先生にカメラを向ける。どのような教育現場が見られるのか期待が高まる作品だ。

6.Your Burn Me(エンカウンターズ)

マティアス・ピニェイロをご存じだろうか?

日本ではあまり有名な監督ではないのかもしれない。しかし、『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介監督が推している監督である。

実際に、カイエ・デュ・シネマにて2010年代ベストに『ビオラ』、The Film Stageでは2021年のベスト映画に『Isabella』を挙げている。アルゼンチン出身の彼の作品はシェイクスピアをはじめとする古典文学を独特なタッチで再構成している。

今回の『Your Burn Me』は古代ギリシャの女性詩人であるサッポーについてチェーザレ・パヴェーゼが書いた同名の書を映画化したものとのこと。濱口竜介監督作品好きはもちろん、ストローブ=ユイレのような作品が好きな人にとって注目の一本となることであろう。

7.オーガスト・マイ・ヘヴン(ベルリナーレ・スペシャル)

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今年のベルリン国際映画祭の中で注目の日本映画に工藤梨穂監督の『オーガスト・マイ・ヘヴン』を挙げたい。

『オーファンズ・ブルース』や『裸足で鳴らしてみせろ』とメモや録音といった記録を通じて喪失感や感傷的な気持ちを美しく捉えていく新鋭監督・工藤梨穂。彼女の新作は、京都芸術大学時代の同級生と共に作ったロードムービーである。冠婚葬祭の際に、友人や親族などを演じて参加する「代理出席屋」として働く女がある日、夢で見た男と出会う話とのこと。

「代理出席屋」といえば、日本には「ファミリーロマンス社」があり何度か映画化されている。巨匠ヴェルナー・ヘルツォーク監督が撮ったドキュフィクション『Family Romance, LLC』、昨年公開された『レンタル×ファミリー』が記憶に新しい。

喪失を埋め合わせる媒体として「人間」をどのように描いていくのか工藤梨穂の手腕に注目である。

8.At Averroes & Rosa Parks(ベルリナーレ・スペシャル)



昨年のベルリン国際映画祭にて最高賞である金熊賞を制した『アダマン号に乗って』。ニコラ・フィリベール監督は姉妹作にあたる作品を出品した。

パリ・センター精神病棟であるアヴェロス、ローザ・パークスの2棟を舞台に医師と患者の関係性を紐解いていく。

『アダマン号に乗って』では、まるでサロンのように老人たちが集まり、自由に過ごす様子が描かれていた。合理化/効率化のもとで、患者を縛りつけてしまいそうになる現代において理想像を提示した優しい眼差しに心打たれた方も多いのではないだろうか。

本作では、よりお金の話にフォーカスを置き、持続可能で孤独な人々へ手を差し伸べる医療のあり方について模索する内容となっているようだ。

9.Cuckoo(ベルリナーレ・スペシャル)

『Luz』で注目されたティルマン・シンガー監督最新作がベルリナーレ・スペシャルに登場。17歳の少女は家族とともにリゾートへの移住を余儀なくされるが、そこで想像も絶する恐怖が待ち受けるホラー映画だ。

卒業制作作品『Luz』では、警察署に駆け込んだ事故を解明しようとする中で、事件の黒幕が医師に憑依し、催眠療法を使って事件を再現しようとする話を紡いだ。

バーと警察署とミニマルな舞台装置の中で恐ろしくて不思議な空間を作り上げていったティルマン・シンガー。映画学校を卒業した彼のパワーアップした姿に期待である。

10.Turn in the Wound(ベルリナーレ・スペシャル)

アカデミー賞の長編ドキュメンタリー映画賞に『実録 マリウポリの20日間』が選出されたり、日本でも『マリウポリ 7日間の記録』が公開されたりと、ロシアのウクライナ侵攻に関するドキュメンタリーが注目されている。

その中で、意外な監督がこの問題を扱った。『バッド・ルーテナント 刑事とドラッグとキリスト』のアベル・フェラーラである。彼はキエフを拠点にロシアがウクライナに侵攻してからの市民の生活に密着している。

ベルリン国際映画祭サイトに提出された場面写真を確認すると、青い死神のような存在が目に飛び込んでくる。アベル・フェラーラは一貫して、信仰を失いかけた街における信仰のあり方を模索してきた監督。そんな彼がウクライナをどう捉えるのだろうか。

一筋縄ではいかない作品を撮り続けてきた監督だけに独自の観点が見出される予感がする。

(文:CHE BUNBUN)

参考資料

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