©2024 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

語りたい、素晴らしき映画ポスター“5選”


紙媒体が少なくなった今でも、映画ポスターやチラシの力は顕在で、映画館ではポスターが貼られ、チラシがずらりと並べてある。

以前なら持ち帰って一人で眺めたり、誰かに見せて話のネタにしたりするくらいだったが、現在はネットでもチェックや保存ができるので、より宣伝ビジュアルが拡散する機会は増しているといえるだろう。

ただ、好評よりも悪評のほうが千里を走る。特に外国産映画の日本版ポスターは、よく「ダサい」とか「情報過多」だとか「ミスリードだ」と叩かれるケースもしばしば見られる。確かに言われてみればアレとかアレとかあった気もするが、映画は様々な人が関わるため、デザイナーの意向がそのまま通るわけではない。

筆者も映画ポスターのデザイン経験があるので、制作者の気持ちは考えるだけでガスター10が必要になるほどわかる。自分が最も優れていると感じた1枚が、関係者の満場一致で決定することはほぼ無い。

グラフィックデザインの哀愁漂う話はさておき、映画ポスターにおいて、こと悪評は広がりやすいが「このデザインいいよね」と好評が拡散されることは比較的少ないと感じる。少しチェックしてみただけでも、たくさんの素晴らしい仕事があるにもかかわらずだ。

だったら、自分から率先して激賞してみようというのが本コラムの趣旨である。今回は、4月に公開された作品の中から語ってみたい。

1:『オーメン:ザ・ファースト』

■古き良きホラーデザインがマニアにブッ刺さる

© 2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.

1976年に製作されたホラー映画の金字塔『オーメン』の前日譚にあたる『オーメン:ザ・ファースト』は、古き良きホラー映画デザインに現代感を絶妙に取り入れていて、新旧問わずホラー映画好きにブッ刺さるデザインになっている。

早速デザインを見てみると、基本は本国ポスターと同様で、原題である『THE FIRST OMEN』を日本語に置き換え、上に惹句を配置している。

タイトルロゴは紙を切り貼りしたような角のあるフォントが使われており、ど真ん中ストレートなホラー感。いいですねぇ。初代の邦題ロゴタイプは割とマッシブだったが、今作はもう少し線が細く、初代の英題に似せている。中黒のカーニングがやや左にズレている感もあるが、これは手書き感があって適切なバランスだ。

次に、右に配置された部屋の入口に注目してみてほしい。(棺桶にも見えるが)修道女のごときシルエットの影が十字架になっている。これはホラー映画でよくある手口だ。例えば、立っているのがジェイソンなら影はチェーンソーになるし、フレディ・クルーガーなら四本の爪痕になる。ちなみにダニー・トレホの場合はマチェーテになる。

影を悪役の得物にしたり、人間に化けている怪物の正体にしたり、深層心理をイメージさせる物にしたりするデザインは、ホラー映画でなくとも汎用性が高く、影以外でも水面など、表裏や二面性を連想させたい局面で使い勝手がいい。だがそれだけにセンスを要する。

入口から差し込む光は鮮血よりもやや黒めの赤で、上にかけたであろうノイズのようなテクスチャがヴィンテージ感を出しつつ、血飛沫も連想できそうだ。ドア枠の縁にもノイズがかかっていて、このあたりの処理もいわゆる「仕事」の痕跡が垣間見える。

ホラー映画のポスターマナーに則った、優れたデザインだといえるだろう。

関連記事:ホラー映画の金字塔『オーメン』の“名シーン”を振り返る

2:『システム・クラッシャー』

■クレプスキュールフィルムさん!もう最高です!

(C)2019 kineo Filmproduktion Peter Hartwig, Weydemann Bros. GmbH, Oma Inge Film UG (haftungsbeschrankt), ZDF

 『WANDA/ワンダ』『November / ノベンバー』など、美しい小品を連発している小さな配給会社、クレプスキュールフィルムの『システム・クラッシャー』は、シンプルな英題・小ぶりのキャッチコピー・シンプルな構図と、クレプスキュールフィルムマナーともいえる、まるですべての作品が連作になっているようなデザインが印象的だ。事実、これまでのポスターを並べてみれば、その統一感に驚くだろう。

というか、デザイナーとしてこのシンプルさは正直羨ましい。「写真ドーン!ロゴをポーンって感じで簡単な仕事だから」というわけでは断じてない。こんなデザイン難しいに決まってんだろ!写真選定・トリミング・英邦ロゴタイプ・フォントサイズなどなど、繊細で知的な仕事が施されている。

使い古されたクリシェだが、映画もデザインも神は細部に宿るのだ。細部にこだわりすぎると逃げていく神もいるが。

それはさておき、特に白眉なのは今作を含めたすべての作品に共通する色使いで、日本ではほぼ見られないカラーを使っている。モノクロの処理もそうだ。とにかく色のチョイスが巧い。そして、まるでスクリーンを紙面に焼き付けたような仕上がりは、映画に限定せず、紙物デザイン全般としてかなりハイレベルだと思う。

どこか懐かしさを感じるデザインが多いが、それでいて非常に現代的なので、勢い語彙力を消失するが、とにかく「おしゃれ」なのである。「ああ、いいなあ、おしゃれだなあ、おれもこんなデザインしたい、っていうかやったことあるけど却下されたなぁ」と、思わず回想してしまう。

かつて多くのデザイナーが、このような素晴らしいデザインを提出して「もう少しコピーの文字大きくしてくれます?」とか言われて却下されたことだろう。

「このデザインが通る」それだけでクレプスキュールフィルムの作品に対する自信と、観客への信頼が見てとれる。

3:『辰巳』

■今、日本でこれほど「いい顔」を配置できる映画ポスターはあるのか

(C)小路紘史

『ケンとカズ』の衝撃から8年間、熱烈に待った小路紘史の最新作。彼はとにかく「いい顔」の役者を使う。「無駄な顔がひとつもない」と言い換えてもいいのだが、『辰巳』のポスタービジュアルもまた「いい顔」である。

男女が向き合った中心に、顔のラインに沿って筆文字で書かれた「辰巳」のタイトルが配置されている。人物の顔に1mmもかかっていないのがいい。ポスターのタイトル・テキストは基本的に役者に被せることはないが、顔面を全体的にレイアウトする場合、サイズや位置は結構悩みどころで、顔を立てればタイトルが立たず、タイトルを立てれば顔が立たないケースも多々ある。この塩梅が難しい。

フォントカラーは乱れた髪、顔面に付着した血と正反対の白さだ。この白さは、さらしのようでもあり、死に装束のようでもある。おそらく劇中では、なんらかの悲劇が起こるのだろう(未見なので起こらない可能性もあるが)と想起させてみせる。

牽強付会かもしれないが、このくらい想像してもバチは当たらないだろうし、宣伝ビジュアルから「どんな話なんだろう」と予想するのは楽しい遊びだ。

使われている画像はトリミングされていて、本来は男性が女性の髪を掴み、女性は男性の左肩に手を置いている。公式サイトで確認できるが、ポスターの画角はこれが最良だろう。ちなみに男性はバブアーの、おそらくビデイルを着用しているが、これが新品ではなく少しオイルが剥げた感じが出ているのが個人的には最高だ。リプルーフしていなさそうなのもいい。チンピラにはバブアーが似合うんじゃ、という持論が間違っていないか確認するためにも、劇場に足を運ぼうと思う。

ビジュアルに話を戻す。ビリング部分にはオレンジ味のかかったエフェクトが施されている。おそらく可読性を上げるために使われたものだとは思うが、鋭い目つきながらもリアルな冷たさを感じる顔面部分とは逆に、アンリアルな熱をイメージさせるあしらいだと思う。

とにかくバランスがいいし、何より「いい顔」を使えるポスターをやるのは幸せな仕事であろう。もちろん、苦労はあるでしょうけれども。

4:『悪は存在しない』

■なんかもうズルい

©2023 NEOPA / Fictive

濱口竜介作品のポスターやチラシは、基本的に写真を使ったビジュアルが多いが、最近では『偶然と想像』に次ぐイラスト仕様。まるで海外の名作小説が文庫本になり、ヌケのある装丁になったような余裕を感じる。この「物語感」はズルいと思う。

あと、「第80回ヴェネチア国際映画賞〜」が黒文字なのもズルい。「もはや受賞歴は当然なので、金で目立たせなくてもいいですよね」と言わんばかりに控えめに配置しているとは穿った見方。イラストに描かれた植物のカラーを邪魔しないようにしているのだろう。ズルいと思う。

タイトルはシンプルな明朝体で、存在の間に少しだけゆとりがある。自分はこのようなカーニングはあまりしないが、いいなと思った。6文字なので左右対称になり、おそらく劇中にはアンビバレンスな要素があるのではと想像するに難くない。ズルいと思う。

また色使いも、今回紹介したなかではスマホやPCの画面上で見ると最もCMYKっぽい。逆に言うならRGBっぽくないのがいい。

果てしなく雑に説明すると、CMYKとは印刷物の色、RGBとはあなたが今見ている画面の色味である。詳しい解説は省くが、CMYKに近い表現を行うことで、ディスプレイで見ても映画館で実物を見ても、イメージが変わらない。ズルいと思う。

全体的にシンプルだが非常に知的で、十分に確保された天地左右のホワイトスペースも美しい。こういうのをズル……もとい、いい仕事と呼ぶのだと思う。

関連記事:<比類なき傑作>『悪は存在しない』 濱口竜介が紡ぐ、現代の“風の谷のナウシカ”

5:『名探偵コナン 100万ドルの五稜星』

■シリーズを踏襲し、一本筋の通ったポスター

©2024 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

このポスターをひと目見て「なんだコナンか」と思った人はちょっと待ってほしい。あなたは今、瞬時に「名探偵コナンの映画だ」と知覚したはずだ。一瞬で理解できるデザインは、いいデザインである。もちろんコナンのブランド力もあるのだが、この「どう考えてもコナン」感は凄い。たぶん50メートル先から見てもわかる。

歴代デザインに一貫性があるのも、コナンのよさだ。『名探偵コナン 時計じかけの摩天楼』から最新作まで、「デザインの方向性はいつもひとつ!」と言わんばかりに、基本的には似たテンションとテイストで制作されている。

本作では中央に日本刀が配置されていて、全体を律している。コナンの映画は中央にキーアイテム・建物・舞台を配置することが多い。これを「センター配置が好きだからだよ。この地球上の誰よりも」系とするが、例えば本作に最も近いのは『14番目の標的』で、本作と同じく刃物(短刀)が使用され、スペードのエースに突き刺さっている。

真ん中の登場回数としては、建造物も多い。『時計じかけの摩天楼』『瞳の中の暗殺者』では中央にビルがあり、その周囲に登場人物やガジェットが配置されている。『漆黒の追跡者』ではタワーが、『探偵たちの鎮魂歌』ではホテルが中央にある。

また人物をセンターに置いたものも多い。変わり種としては、『水平線上の陰謀』では客船が、『名探偵コナン 天空の難破船』では飛行船が、『絶海の探偵』は護衛艦から射出されたミサイルが配置されている(やや右だが)。

あくまで予想であり、検索するのも野暮だと思うのでやめておくが、名探偵コナンのポスタービジュアルのアイデンティティは『ダイ・ハード』に近似している。またバランス感は生賴範義イズムを、そこはかとなく感じなくはない。

当時のデザイナーがどう考えていたかは知るよしもないが、単なる漫画・アニメの映画化ではなく、きちんと純粋な意味での「映画」として、1作目から真摯にビジュアルを仕上げていると思う。

©2024 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

1997年から2024年までの27年もの間、連綿と積み上げられたデザインは、単純に時間という観点から見てもなかなか真似ができないだろう。ちなみにコナンはティザービジュアルでイラスト調のポスターも登場するが、こちらも素晴らしい。

関連記事:『名探偵コナン 100万ドルの五稜星』を4DXで見るべき「4つ」の理由

というわけで、今回はここまで。また機会があれば羨まし……もとい素晴らしいデザインの映画ポスターやチラシを一方的に褒めちぎりたいと思う。

(文:加藤広大)

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