雲間から差す光の角度が、夏の終わりを少しだけ告げはじめる。
戦後80年――数字はすでに歴史の彼方に消えかけているのに、映画に封じ込められた眼差しは驚くほど生々しく、いまの私たちの胸に触れてくる。
第三弾は、まったく違う立場から“戦争”を見つめた四本を並べたい。
『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』は若い恋の鼓動で、『終戦のエンペラー』は政治の密やかな逡巡で、『陸軍』は母の沈黙で、『二十四の瞳』は教師の涙で、それぞれ同じ時代を照らす。
四つの光が交差するとき、戦争は「遠いこと」ではいられなくなる。
『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』——物語とキャストで観客を連れていく“1945年の夏”

(C)2023「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」製作委員会
家出した高校生・加納百合(福原遥)が夜の防空壕で眠り、目を覚ますとそこは1945年6月。
彼女を助けるのは、穏やかな眼差しの特攻隊員佐久間彰(⽔上恒司)だ。
百合は彼に導かれて軍指定の鶴屋食堂へ。
肝っ玉女将ツル(松坂慶子)、働き者の勤労学徒千代(出口夏希)、そして彰と同じ隊の石丸(伊藤健太郎)、板倉(嶋﨑斗亜)、寺岡(上川周作)、加藤(小野塚勇人)らと出会う。
現代から来た違和感を抱えたまま、百合は何度も自分を助けてくれる彰の誠実さに惹かれていく——だが彼には“飛ぶ日”が近づいている。
物語は、出会いの甘やかさと別れの制度が同居する戦時の街角を、鶴屋食堂という小さな共同体の温度で見せていく。
演じ手の説得力が、この恋に体温を与える。
福原遥は、尖った反発心と一瞬でほどける無防備さを往復させ、百合が“誰かのために生きたい”と願うまでの心の成長を透明に描く。
対する水上恒司は、静けさの奥に覚悟をしまい込む凛とした優しさで、戦時下の青年に現代の観客が寄り添う通路を開く。
食堂の面々は物語の土台だ。
松坂慶子の包容力、出口夏希のまっすぐな眼差し、伊藤健太郎の兄貴分の温度、嶋﨑斗亜の年少感、上川周作と小野塚勇人の生活の手触り。
さらに、現在パートで百合と衝突する母・幸恵(中嶋朋子)が、時代を超えて「親が子に託す願い」を結び直す。

(C)2023「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」製作委員会
監督は成田洋一。
脚本を山浦雅大とともに手がけ、百合と彰の視線、手の触れ方、立ち止まり方——“間”の組み立てで恋と時代を同じ画面に重ねる。
ラストを包む主題歌、福山雅治「想望」が“願うこと”の継続を静かに後押しし、鑑賞後の余韻を長く引く。
「初めて愛した人は特攻隊員でした」という強い宣言は、メロドラマの衝動を使いながら、若い観客にも届く反戦の実感へと変換される。
『終戦のエンペラー』——“10日間”が揺らす、戦後のかたち

(C)Fellers Film LLC 2012 ALL RIGHTS RESERVED
敗戦直後の1945年・東京。
連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサー(トミー・リー・ジョーンズ)は、知日派の参謀ボナー・フェラーズ(マシュー・フォックス)に密命を下す——「10日で、天皇の戦争責任を見極めよ」。
瓦礫の街を歩き、邸宅の重い扉をくぐり、フェラーズは木戸幸一(伊武雅刀)や近衛文麿(中村雅俊)ら要人の沈黙と証言を縫い合わせる。
一方で彼の胸には、かつて日本で出会った女性あや(初音映莉子)の面影が消えない。
任務と私情——二つの“捜索”が、やがて同じ地点へと近づいていく。
キャストの要は、役の「間」をどう埋めるかだ。
トミー・リー・ジョーンズは、豪胆と計算を同居させたマッカーサーの“舞台人”ぶりを体現。パイプを掲げる一挙手から机上の沈黙まで、占領の顔の複雑な輪郭を作る。
マシュー・フォックスは、冷静な取調官の表情と、あやを思い出す一瞬の揺らぎを往復させ、公務と個(パブリック/プライベート)の狭間で擦れる音を聞かせる。
初音映莉子は、言葉少なに“日本”への入口を開く。
彼女の視線と間合いが、政治劇に体温を通わせる。
さらに西田敏行(鹿島)が良心の揺れをにじませ、群像のなかに「日本人の声」を置いていく。

(C)Fellers Film LLC 2012 ALL RIGHTS RESERVED
史実の白黒を断じる映画ではない。
どうやって結論に近づくのか——その歩幅とためらいを見せる映画だ。
10日間のカウントダウンが終わるとき、あなたの中の“戦後”も少し形を変えている。
『陸軍』——物語とキャストで“家の中の戦争”を見せる

(C)1944 松竹株式会社
舞台は福岡。
商家の高木家に生まれた一人息子・伸太郎(星野和正)が成長し、町に徴兵検査や入営の空気が濃くなっていく。
祖父友助(笠智衆)は武の家訓を語り、父友之丞(三津田健)は叶えられなかった軍歴の夢を息子に託す。
台所、座敷、路地、学校——家の内側の些細な出来事が、いつのまにか国家の拍動と重なり、朝の町角までが出征前夜の匂いを帯びはじめる。
物語は戦場を一度も映さないまま、“家庭という最前線”を丹念に歩かせる。
そこに立つのが、家を回し続ける母わか(田中絹代)と、しなやかに家の呼吸を保つ妻セツ(杉村春子)。
そして、家の敷居に軍靴の音を運んでくる仁科大尉(上原謙)——日常の温度を揺らす他者の訪れが、物語をそっと押し出す。
演じ手の説得力が、この“家のドラマ”に体温を通す。
- 田中絹代/わか
口を噤む一瞬、視線の揺れ、喉の奥で飲み込む息。言葉にならない母の感情が画面の中心を静かに支配する。 - 三津田健/友之丞
厳しさの背に小さな敗北感がのぞく。父の誇りと焦燥を、日常の癖にまで染み込ませる。 - 笠智衆/友助
家の「規範」を体現する穏やかさで、一家と国家の導線を観客に納得させる。 - 星野和正/伸太郎
無垢と規律のあいだで揺れる少年の顔が、物語の推進力。 - 杉村春子/セツ
家の奥で火加減を見守るように、硬さと優しさを同居させ、家庭の現実を地に足つけて描く。 - 上原謙/仁科大尉
端正な立ち姿で、外(軍)と内(家)の境目に緊張を走らせる。

(C)1944 松竹株式会社
監督は木下惠介。
戦地を見せずに戦争を描く、省略と“間”の設計が冴える。
撮影の武富善男は路地の湿り気、行列の密度、畳の光沢までを淡く掬い取り、音のないところに靴音が聞こえるような質感をつくる。
音楽は市川都志春。
煽らず、沈黙を抱く。
家の呼吸と同じテンポで、感情の振幅を受け止める。
観てほしいのは、“戦争映画の外側”を歩くあなた。
家の匂い、歩幅、沈黙をたどるほど、時代が日常を侵す仕組みが透けて見える。
結論は語らない——だからこそ、あなたの胸の中で立ち上がる。
『二十四の瞳』——物語とキャストで“学びの時間”を守り抜く

(C)1954/2007 松竹株式会社
瀬戸内・小豆島。
若い女性教師大石久子(高峰秀子)が自転車で岬の分教場へ赴任する日から、この物語は始まる。
教壇の前に並ぶのは、1年生12人=二十四の瞳。
方言まじりの返事、給食の匂い、海風に揺れる窓。
季節はめぐり、子どもたちは背丈を伸ばし、やがて社会の荒波が教室の戸口まで押し寄せる。
先生は「名前」で子どもを呼び、子どもは「先生」を自分の居場所として憶える。
時代がその関係を試すように、学校の歌も、時間割も、島の暮らしも少しずつ変わっていく
——結末は語らない。
ただ、名簿をなぞる声の震えや、雨上がりの道に差す光が、この映画の答えを静かに教えてくれる。
演じ手の説得力が、この師弟の物語に体温を通す。
- 高峰秀子/大石久子
朗らかな新任期から、歳月を刻んだ後年まで。
声色、歩幅、視線の置き方で一人の教師の半生をまるごと生きる。
叱るときの厳しさも、抱きしめるときのやわらかさも、どちらも“教育”であることを身体で示す。 - 子どもたち(12人=二十四の瞳)
幼少期と高学年期を驚くほど似た顔立ちで継ぐ配役が、時間の流れをリアルにする。
弾む返事、ためらう沈黙、ふっと漏れる笑い——一瞬の表情が、その子の人生を確かに映す。 - 島の人々
親や近隣、学校の大人たちが、暮らしの手触りを支える。
生活が物語を運ぶというこの作品の芯を、背景で強く支えている。

(C)1954/2007 松竹株式会社
演出は木下惠介。
原作は壺井栄。
撮影は楠田浩之が小豆島の光と影を白黒の粒子に封じ、音楽の木下忠司は唱歌や静けさの“間”で感情をすくい上げる。
華やかに煽らず、視線と沈黙で語るクラフトが、戦前・戦中・戦後を一続きの生活として立ち上げる。
観てほしいのは、“先生”に名前を呼ばれた記憶を持つあなた。
教室の匂い、手を挙げる勇気、帰り道の笑い声をたどるほど、学びがどれほど脆く、どれほど強いかが見えてくる。
そして、卒業しても続く“教えること/学ぶこと”の灯が、スクリーンの外であなたの中に残る。
結び——四本の“現場”が刻む戦争の手触り
『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』は、百合と彰のまなざしと手の温度で、恋がどのように時代に踏みにじられるかを見せる。
『終戦のエンペラー』は、10日間の聞き取りと一度の会見が、戦後のかたちをどれほど大きく左右したかを、密室の空気で伝える。
『陸軍』は、台所と座敷と路地だけで、家の中にまで侵入してくる戦争の足音を聞かせ、母の沈黙でその不条理を告発する。
『二十四の瞳』は、先生が子どもを“名前”で呼び続ける時間の積み重ねで、学びと暮らしの灯がどれほど脆く、だからこそ強いかを教える。
戦後80年。
抽象ではなく作品そのものが、私たちに戦争の“現場”を手渡してくれる。
若い恋の鼓動、判断の重さ、家の匂い、教室の声——それぞれの現場の手触りが胸に残ったとき、あなたの中の「戦後」もきっと、少し形を変える。
配信サービス一覧
『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』
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『終戦のエンペラー』
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『陸軍』
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『二十四の瞳』
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