映画コラム

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2020年02月07日

タランティーノも愛した和製SFホラー『吸血鬼ゴケミドロ』

タランティーノも愛した和製SFホラー『吸血鬼ゴケミドロ』



1960年代後半の世界的混沌を
SFホラーの形で体現


本作は1960年代後半の特撮映画&ドラマ・ブームの中で松竹が『宇宙大怪獣ギララ』(67)に続いて製作したものですが、その内容はシニカルでペシミズムに満ち溢れたもので、大船調とも呼ばれる同社のアットホームな人情劇のイメージとは真逆に位置するものでもあります(ちなみに本作の制作は大船ではなく、松竹京都太秦撮影所)。

そもそもは人間に乗り移る能力を持つ善玉宇宙人と、宇宙生物ゴケミドロとの闘いを描くというピープロ(『マグマ大使』66や『宇宙猿人ゴリ』71などで知られる制作会社)のTVシリーズ企画だったものが、いつしかゴケミドロを主体とする侵略SF恐怖映画へ移行。

監督には東映から『散歩する霊柩車』などで異彩を放っていた佐藤肇が、また脚本もTV『キイハンター』などの高久進が招かれ、当時松竹の脚本部員であった小説家・小林久三とともにストーリーを構築し、その結果、吸血型侵略宇宙人がもたらす恐怖のみならす、その存在におびえるあまりエゴ剥き出しになっていく人間そのものの醜さまで露呈させていく、当時の日本映画としては珍しく救いのないディストピアSF映画として屹立していくことになりました。

まるで血の海のように赤く染まった空(タランティーノは『キル・ビルVol.1』の中で、この空を再現し、オマージュを捧げています)、まるで自殺するかのように旅客機にぶつかっては血しぶきを上げていく鳥など、開巻早々不気味な雰囲気が醸し出されていきます。

不時着後は、吉田輝雄、金子信雄などアクの強い個性派名優らが体現。

また特筆すべきはゴケミドロに体を乗っ取られる高英夫で、本業はシャンソン歌手である彼の意外な存在感がここで発揮されることになりました。

今の目ではキッチュなB級感覚に満ちながら映えわたる特撮の数々も、作品の資質に大いに見合っていると感じられます。

本作が製作された1960年代後半はヴェトナム戦争を筆頭とする不信感や絶望、混乱などがカオスのごとく世界全体を覆いつくしていた時期でもあり、日本でも学生運動が激化していくといった風潮の中、当時の映画人もヤクザ映画やピンク映画、反体制的アート映画などペシミスティックな思想に裏打ちされた創作活動に邁進していました。

本作もその流れに沿った1本であり、松竹も本作に続いて『昆虫大戦争』(68)なるディストピアSF映画を製作。

「映画は時代を映す鏡」とはよく言われることですが、A級大作よりもB級プログラムピクチュアのほうにこそ、実はそういった資質が自然と盛り込まれていくことも今では周知の事実です。

そしてディストピア型のSF映画やゾンビなどの世界終末ホラー映画が増加している現代も、どこかしら1960年代後半の混乱と似てきているのかもしれませんね。

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(文:増當竜也)

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