映画コラム

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2021年02月04日

『モルエラニの霧の中』レビュー:大杉漣、小松政夫も出演の“七つの記憶の物語”

『モルエラニの霧の中』レビュー:大杉漣、小松政夫も出演の“七つの記憶の物語”



増當竜也連載「ニューシネマ・アナリティクス」

映画をめぐる環境は常にめまぐるしく変わっていくもので、現在は日本全国から発信される映画製作も盛んになってきています。

それは単に地方ロケしたものということではなく、それぞれの地域の有志、地域の映画作家によるものが徐々に増えてきており、その形式もメジャーの枠に留まらずユニークなものになるケースが多くなっています。

東京から北海道に移住した映画作家・坪川拓史監督の『モルエラニの霧の中』も、そうした1本。

何と全7話のオムニバス形式で、上映時間214分という超大作仕様なのでした!?

“霧の街”室蘭を舞台にした小さな自画像



映画『モルエラニの霧の中』は、北海道の“霧の街”室蘭をベースに、7つのエピソード(各30分前後の長さ)=小さな自画像で綴られていきます。

〔第1話]冬の章「青いロウソクと人魚」
(水族館のはなし)
冬季休業中の水族館に勤務するクラゲ担当職員(中島広稀)と、クラゲを盗んで殺し、海に捨てた少年、およびその母(大塚寧々)との邂逅……。

〔第2話]春の章「名残りの花」
(写真館のはなし)
老舗写真館の主(大杉漣)が倒れ、離婚した母に引き取られていた息子(河合龍之介)が20年ぶりに帰省。まもなくして謎の老婦人(香川京子)が写真館を訪れる……。

〔第3話]夏の章「しずかな空」
(港のはなし)
豪華客船の寄港に際しての歓迎の出し物を決めかねている町内会。そんな折、児童合唱団指導者(水橋研二)は、その前任者の夫(小松政夫)から声を掛けられる……。

〔第4話]晩夏の章「Via Dolorosa」
(ピアノのはなし)
「ピアノを海に捨ててほしい」という不可思議な依頼を受けて戸惑う粗大ごみ回収者(草野康太)が、次第にその意味深なピアノに興味を抱いていく……。

〔第5話]秋の章「名前のない小さな木」
(科学館のはなし)
母の再婚を機に街を引っ越すことになった中学3年生の桃子(久保田紗友)が、亡き父の仕掛けたイタズラの答えを見つけるべく科学館の中庭へ……。

〔第6話]晩秋の章「煙の追憶」
(蒸気機関車のはなし)
科学館に展示されている蒸気機関車を整備する元国鉄職員(坂本長利)が、機関車解体に反対するあまり解体業者に怪我を負わせ、退職を余儀なくさせられるが……。

〔第7話]冬の章「冬の虫と夏の草」
(樹木医のはなし)
季節の変わり目になると老人施設を抜け出す元樹木医(佐藤嘉一)。まもなく退色する介護士の七海(橋本麻依)は、その理由を知りたいと常々考えていたが……。

これらはすべて実話を基にしたもので、実際の場所で撮影されるとともに、それぞれのエピソード=記憶の持ち主である本人も映画に登場することがあります。

また本作のキャラクターたちはそのエピソードのみの出演に留まらず、その他の章とも巧みにリンクしながら登場していきます。

地方から“映画”が
発信される時代の到来



本作の坪川拓史監督は、2011年の東日本大震災を機に、家族ともども東京を離れて故郷の北海道室蘭市に移住。

そこは既に彼が知る古里の風景ではなくなりつつありましたが、かつての記憶を持つ人々のユニークなエピソードの数々に触れながら、それらを基にした脚本を執筆し、観光協会に「室蘭を舞台にした映画を撮りたい」と提案。
 
かくして2014年にクランクイン。

途中、資金不足や胆振東部地震の影響などもあって幾度か製作中断の憂き目に遭ったものの、室蘭市民有志応援団の助力にも支えられ、ようやく2018年にクランクアップ。

その間、企画に賛同する俳優たちが多数出演。中でも大ベテラン香川京子が出演を快諾してくれた時は喜びも驚きもひとしおだったとのこと。

こうしてようやく完成した作品は、春夏秋冬の室蘭の風景をノスタルジックに捉えたエピソードの数々から、地方都市に生きる人々の“記憶”というものが“町の自画像”と化して描出される不可思議な作品に仕上がっています。

惜しくも今回の公開を待つこと叶わず大杉漣と小松政夫がこの世を去ってしまいましたが、彼らの記憶もまた本作にしかと刻印されることになりました。

モノクロ&カラーを問わずの映像美に加え、音楽や音響へのこだわりなども作品のノスタルジー性をさらに高めていきます。

かくして、単にその地の観光映画といった域とは無縁の“映画”ならではの情感あふれる作品が地方から発信されることになりました。

既成のメジャーでは作り得ないこうした試みは今後日本各地で行われていくことでしょう。

なお“モルエラニ”とは北海道の先住民族アイヌの言葉で「小さな坂道を下りた所」という意味で、「室蘭」の語源のひとつでもあるとのことです。

(文:増當竜也)

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